託生の視線の先。
長身の、モデルと見紛うばかりのスタイルの男性がこちらに向かって歩いてくる。
近付いてくるに従って男性の美貌がはっきりと認められて、その場の女子たちが落ち着きを無くした。
「やっぱり。託生じゃないか。凄い偶然だな。」
屈託なく笑う男性に、託生は小さく呟いた。
「・・・・・・ギイ。」
その溜め息のような呟きは奏太に電流を走らせた。
―――今、ギイって―――
「あっ、あのっ、もしかして・・・崎義一さんじゃないですか?Fグループ会長の・・・。」
おずおずと、だが、遠慮なく訊く女子に。
「そうですよ。」
柔和な笑みを浮かべて応えたギイだが。
それ以上の質問は受け付けないと無言の拒絶が空気に混じって伝わってきた。
流石の女子たちもその圧倒的存在感と圧力に口をつぐんだ。
「なんか・・・悪かったか?強引に誘っちまって。」
ギイが商用で利用しているという高級ホテルの専用クラブラウンジ。
高層階の眺望を背に、少し気不味げにギイが詫びてくる。
「ん?別にそんな事・・・誘ってくれて助かったし。」
水族館で、ギイの存在に気付いた人たちが遠巻きに集まりだした。
騒ぎになるのではと心配になった託生だ。
折角だからちょっと話そう、と誘ってくれたギイに躊躇なく同行したのだった。
が、まさかこんな高級そうな所に連れてこられるとは。
少しばかり後悔する。
居心地悪くふかふかのソファーへと座り直す託生に、ギイがちくりと言葉を刺した。
「奏太くんはそうは思ってなさそうだったが?」
確かに。
奏太にはえらく反対されたが、最終的にはギイについてきてしまった託生である。
だが、そうしないと収集がつかなかったのだ。
初対面であるにもかかわらず不穏な空気を醸し出す二人に挟まれて居たたまれなくなったということもある。
ふぅ、と溜め息をひとつ。
「なんだろう・・・反抗期、なのかな?」
今まで特に手を焼くこともなく素直にすくすくと育ってくれた奏太だ。
こんなに聞き分けのないのは初めてではないだろうか・・・?
―――反抗期も成長の証、だよな。
自分に言い聞かせる託生の耳にギイの思いがけない言葉が届いた。
「奏太くんは託生にベッタリなんだな。」
言われた言葉に、託生はきょとんと首を傾げる。
「えっ、そうかな?・・・そんなこと、ないよ?」
演奏活動が立て込んでいるときには、ほとんど放りっぱなしだ。
たまに家に居られる時も洗濯物はきちんと分けろとか食器はざっと水で流せとか・・・とにかく文句を言われっぱなしなのだ。
邪険にされてる自信はあるが、ベッタリなんて認識は皆無である。
「そうなんだよ。」
不思議そうに見上げてくる託生に、ギイは小さく吐息した。
「あー。けど、そう言えば・・・。赤池くんに言われたことがあるな。」
「章三が?」
「うん。気を付けろよ、みたいなこと。・・・何を気を付けるんだろう?って思ってたんだけど・・・。」
章三の忠告は残念ながら託生には全く理解できないものだった。
多分、思春期だから扱いには注意しろ的な意味なんだろうと後になって納得したのだが。
―――小春ちゃんなんてまだまだ小さいのに。
やっぱり赤池くんってすごいなあ。
そんな風に思ったものだ。
「・・・・って意味だったんだよね。」
流石、赤池くん!という気持ちで話せば、今度は遠慮なく大きな溜め息がギイの口から吐き出された。