インターホンの電子音に、奏太は身を翻した。
ガチャッ、
勢いよく開いたドアの向こうに、章三に支えられた託生が立っていた。
「とうさん?!」
「ああ、悪い。ちょっと飲み過ぎたみたいだ。」
奏太の驚く声に、章三が申し訳なさそうに答えた。
章三の言葉を裏付けるかの如く、くったりと脱力したその身を章三に預けている託生。
そんな二人を見ていたくなくて。
「ごめん、章三くん。とうさんが迷惑掛けたみたいで。後は俺が引き受けるから。」
奏太は章三から託生を奪い取った。
「一人で大丈夫か?寝室まで運ぶの手伝うぞ。」
「大丈夫。俺、とうさんよりデカイんだぜ?全然、余裕。あ、章三くん、上がってってよ。お茶入れるよ。」
「いや・・・、もう遅いからなぁ。」
「そう言わずに。それに、どうしてとうさんがこんなベロンベロンに酔っぱらっちゃってるのか訊きたいし?」
穏和な口調の中の鋭い棘を感じ取って、章三は肩を竦めた。
「・・・・じゃあ、少しだけお邪魔するかな。・・・・番茶、あるか?」
「あるよ。じゃ、入って。」
奏太の促しに、章三は微かに苦笑を浮かべつつも従った。
「・・・・何の話、してたの?」
託生を寝室のベッドに寝かせて。
丁寧に淹れた番茶をダイニングテーブルにコトリと置きながら尋ねてくる奏太に。
章三はチラリ、と視線を向けた。
その視線が奏太の真摯なそれと絡み合う。
真っ直ぐに睨み付けてくるその視線に、章三はふぅ、と息を吐いた。
「共通の友人の話だ。・・・ちょっとわだかまりのある、な。」
「それって・・・とうさんの好きな人・・・?」
「ああ、そうだ。」
ぽつん、と呟かれた奏太の問いに、章三はあえてきっぱりと答えた。
奏太が持つ淡い希望を打ち砕く様に、きっぱりと。
「・・・・・そっか。」
小さく呟いて奏太は押し黙った。
章三を玄関まで見送って、食器を片付ける。
濡れた手をタオルで拭いて。
それから寝室の様子を見に行った。
「とうさん・・・?入るよ・・・?」
そっと声を掛けて扉を薄く開く。
ベッドの上に横たわる託生からは安らかな寝息が聴こえてくる。
あのまま寝入ってしまったらしい。
「あーあ、やっぱ寝ちゃったか。」
ぼやきつつ寝室へと脚を踏み入れる。
「とうさん、服、着替えてから寝ろよ。皺になるだろ。」
無駄とは承知で声を掛けてみるが。
「うーん・・・・。」
やはり無駄のようだ。
ジャケットはベッドに転がす前に剥ぎ取っておいたが・・・スラックスが・・・。
「・・・・皺になるよなぁ。」
そしてきっと明日の朝、託生にぼやかれるのだ。
なんで起こしてくれなかったんだ、と。
果たしてどうしたものか。
真剣に検討した結果。
「・・・しょうがない、よな?」
奏太の指先がベルトのバックルへと伸びていく。
若干、言い訳めいた独り言は誰に対してのものなのか。
でも、確かに仕方がないのだ。
明日の朝、文句を言われるのは嫌なのだから。
そして奏太の中でこれは言い訳が必要な行為なのだから。
カチャッ、
微かな金属音を響かせてバックルを外して、ゆっくりとベルトを引き抜く。
なんら抵抗なく引き抜かれたベルトにほっと息を吐く。
相変わらず安らかに眠り続ける託生の貌をそっと窺って、奏太はゴクッと唾を飲み込んだ。
―――なんか、これってまるで―――
妙な気分になってしまうじゃないか。
いやいや、俺はそんなつもりじゃなくて。
服が皺にならないようにって・・・っ、
頭の中で必死に弁明を繰り返す。
そうだっ、皺にならないように、明日、ぼやかれないように、だ。
確かな理由をもう一度確認して。
震える指先をスラックスのボタンへと伸ばす。
ゆっくり、慎重にボタンを外して。
ジッパーを下ろす頃には、奏太の鼓動は苦しいほどに高まっていた。
寛げられた隙間から下着が見えて、奏太の自制心を吹き飛ばしていった。
そっと指を這わせようとして、寸前で引っ込める。
こんなこと、駄目だ!
奏太の脳内でもう一人の自分が叫ぶ声が聴こえる。
解ってる。
駄目だなんて、もうずっと解ってた。
それでも止められないこの想い。
「・・・・とうさん・・・。」
奏太の小さな呟きは、託生には届かない。
これまでも。
そしてきっと、これからも。
―――ずっと、ずっと・・・永遠に?
それなら・・・っ。
もう、壊してしまえ!