味噌汁に口をつけた託生の目を丸くしてのコメントに、奏太は胸を張る。
「まあね。何しろ章三くん直伝の味だからな。」
「そっか。いつもお世話になってるものね。」
奏太の幼い頃から、託生が演奏活動で家を空ける時には章三の家で奏太を預かってもらっていた。
祠堂の頃からずっと、託生の傍らでその道筋を見守ってきてくれた章三。
彼は今、長く愛を育み続けてきた幼馴染みと結ばれ、暖かな家庭を築いている。
職業柄、奏太といつも一緒に居てはやれない託生に代わって章三夫婦が彼を暖かく迎え入れてくれるこの現状に、託生は感謝して止まないのだった。
「赤池くんに迷惑かけないように。ちゃんと奈美ちゃんのお手伝いするんだよ?」
「はいはい。わかってるよ。」
時間ギリギリのくせに。
なかなか出発しようとしない託生に、奏太は苦笑して頷く。
「ほら、さっさと行けよ。皇さん待ってるぞ?」
「ん。」
奏太の促しに、託生はやっと玄関へと向かう。
その前に。
リビングの一角、チェストの上に置かれた写真立てに手を合わせて。
「・・・・奏太のこと、よろしくね。」
小さく呟いた。
靴を履いて、奏太と向き合った託生の指先が奏太の頭に載せられる。
少し背伸びしてのその体勢に。
奏太の胸がドキンと弾む。
「・・・・じゃ、行ってくるね。」
小さい頃から変わらない"行ってきます"の挨拶。
玄関のタタキに立つ、奏太を託生がそっと抱き締める。
もう昔とは違う、すっかり大人びた奏太に対して変わらない託生に。
奏太は胸の奥をかきむしられるような衝動を覚える。
自分はこの人にとって家族なのだ。
いつまでも変わらない、息子というポジション。
そんなもの、ぶち壊してしまいたくて。
でもそんな勇気もなくて・・・。
託生に気付かれないように小さく唇を噛み締めた。
託生が出た後。
奏太は件の写真立ての前に立つ。
物心ついた時にはもういなかった人。
辛うじてぼんやりと覚えているのは優しい微笑みと綺麗な声。
本当は言いたいこといっぱいあるんだけど。
「・・・・かあさん。とうさんの事、守ってくれよな。」
今はまだ、これだけ。
だけど、一番の願いだ。
無事にツアーを終えて奏太の下に戻ってくるように。
奏太にとっては何よりも大切な願いなのであった。