リビングへと姿を見せた僕におばさんが尋ねてくる。
「・・・っ、ちょっと・・・疲れたから、少し休むって・・・。」
僕の説明におばさんとエリィちゃんと顔を見合わせて。
「ま、いいわ。託生くんがいれば!祠堂のお話、色々と聞かせて。」
「寮ってどんな所なの?」
二人から次々と繰り出される質問に答えながらも。
僕はついさっきのギイの様子を思い出す。
あの後―――。
「悪い。今の・・・忘れてくれ。」
そう言って。
少し休むからと自室に消えたギイ。
忘れるなんて・・・無理だよ、ギイ。
どうしてあんなこと言ったの?
・・・あんな苦しそうなギイの貌・・・見たことない。
ギイは誰よりも優秀だから。
僕なんかが心配しても何の助けにもならないかもしれないけど。
それでも。
僕にも何か力になれることはないのかな?
苦しいことがあるなら、話して欲しい。
そう望むのは間違ってるのかな?
お仕事から帰ってきたギイのお父さんと皆で夕食をという頃。
自室から出てきたギイには先程の出来事を思い出させる様子は微塵も見えなくて。
そこに在るのは祠堂での彼と変わらない笑顔。
「――――祠堂って広いからさ、最初は結構みんな迷子になるんだけど。託生なんてつい最近まで迷ってて。」
って、面白そうに話してるけど、待ってよ!
「迷ってません!ちょっと散歩してただけです!」
「まあ、そういうことにしといてやってもいいけど?」
笑いながらそんなことを言う。
・・・無理、してないよね?
食事後も崎家の人たちに僕のバイオリンを聴いてもらったりして過ごした。
小さい頃、まだ簡単な曲しか弾けない僕のバイオリンを熱心に聴いてくれたおじさんたち。
それは今も変わらず。
優しい表情で僕の演奏に耳を傾けてくれている。
弦の上を静かに弓が滑って最後の音が空間に溶けて消えたあと。
ほぅ、と小さく溜め息を吐いて暖かな拍手が溢れた。
「素敵だったわ!託生さん。」
頬を赤くして沢山拍手してくれるエリィちゃん。
「本当に。ギイも続けてたら少しは弾けてたのかしら・・・?」
チラリ、とギイに視線を投げつつ呟くおばさん。
「俺に適正は無かった。」
それに対してバッサリと言い切るギイ。
「まあ、ねぇ。仕方ないわね。」
―――そんなこと、ないと思うんだけどな。
「随分本格的にやってる様だが、そちら方向に進むつもりなのかね?」
おじさんに問われて。
「今付いている先生には音大受験を勧められてます。」
「どこを考えてるのかな。」
「今のところはまだ・・・。でも、出来れば両親もいるのでこちらの大学でと考えてます。」
まだギイにも言ったことのなかった話。
こういう話になるなんて思ってなかったから。
ギイの反応がちょっと怖い、ような。
「なるほど。・・・確かに君には向いている様だからね。これからも頑張りなさい。」
大きな会社の社長さんであるおじさん。
どれくらい大きな会社なのかとか、詳しいことは何にも知らない僕だけど。
その存在感の大きさは子供の頃から飛び抜けていて。
優しいんだけど怖い、という。
あの頃はそれが何なのかわからなかったけど、今なら解る。
――威圧感。
経営者として妥協しない視線。
些細な事象にもその視線で対してくる、その威圧感なのだ。
その視線で測られて発せられた先程の言葉。
それは本当に音楽、いや、バイオリンのみを学んでいくことになるこれから先の選択肢が間違いでないか・・・自信の持てないままでいた僕の胸に響いた。
「・・・はい。」
霧が晴れていく・・・そんな心持ちで僕は返事をした。