そう言って赤池くんは帰っていった。
帰る前に、僕の家の冷蔵庫をチェックして、余り物の半端な材料で素晴らしく美味しいご飯も作っていくあたりがやっぱり赤池くんだ。
赤池くんの教えに従って、ヘタクソながらも何とかかんとか自炊していた僕に、「まあ、頑張ってるな」との一言。
鬼の風紀委員長の抜き打ちチェックは、祠堂を卒業したというのにドキドキと心臓に悪い。
赤池くんの手料理は相変わらずとても美味しくて。
とても優しい味がした。
――うん、僕、頑張るよ。
僕のこと心配してくれる人がいる。
僕はもう、ひとりぼっちじゃない。
こんな幸せを僕にくれたギイ。
君へと続くと信じる道を迷わず全力で進んでいこう。
そのために、今の僕に出来ること、しなければならないこと。
それは―――?
泣くことでもなければ、自棄になることでもなくて。
ギイを信じて、自分を信じて。
一歩でも、1㎜でも多く前へ進むこと。
ただ、それだけだ。
僕は昼にカフェテリアで無造作に鞄へと突っ込んだままだったスコアを取り出した。
今日、佐智さんにみてもらう筈だった曲。
交換留学生の選考会で弾くことになっている。
ギイに会えるという確証なんてないけれど、それでも少しでも近くに行きたくて、僕はこの話に飛び付いた。
でも、なんとか桜ノ宮坂音大に入学することは出来たけれども、それも多分ギリギリで。
大きなブランクを持ちながらもここに入学出来た、それさえも僕にとって奇跡の様な出来事だったのに。
そんな僕が挑むにはこの選考会は狭き門なのである。
この選考会にパスしたい。
そう強く決意して練習に打ち込んでいた。
そのつもりだった。
でも、もしかしたら。
届かなくても仕方ない・・・僕の強い決意なんて、そんな甘いものに過ぎなかったのかもしれない。
心のどこかで思ってなかっただろうか。
僕にはまだ無理だから。
僕はここまでしか出来ないから。
そんな言い訳を常に用意していなかっただろうか。
僕にはまだ出来ることがある。
投げない。
諦めない。
この先が君に続いていても・・・続いていなかったとしても。
僕は信じた道を、持てるもの全てを注いで進みたい。
何よりも。
いつか、君に相応しいと僕自身が納得できる僕になりたいから。
君のことが好きだと、胸を張って言える僕でいたいから。