じゃあ、また明日、と。
部屋の前で岡田と別れて、ひっそりと静まった自室へと帰る。
ほんとは。
ほんのちょっぴり期待していたんだ。
全然連絡のないギイだけど。
もしかしたら、って。
でも、やっぱりそこにギイはいなくて。
密かに期待していただけに、がっかりも大きくなる。
リビングのチェストの上にちょこんと乗った可愛らしいサイズのクリスマスツリー。
前にギイが来た時に楽しそうに出していった。
「ツリーのライトは今度俺が来た時に一緒に点けような。」
僕は別にクリスマスなんて大して楽しくもないけど、ギイがあんまりにも楽しそうで。幸せそうで。
だから僕も幸せだったんだ。
すっかり着替えて荷物も片付けて。
さて、晩御飯作ろっかな。
冷蔵庫の扉をぱかっと開けてぎっしり詰まった食材にびっくりする。
そうだった。
ギイが来るだろうから、と。
詰め込めるだけ詰め込んでたんだった。
コレを消費するの大変だぞ。
っていうか。
「きっと明日は来るよね。」
よし、沢山作っちゃおう。
一応、チキンとかクリスマスのメニューも作れるラインナップだけど一人で食べるのは味気ないし。寂しさが増してしまうような気がして。
ご飯にお味噌汁、なんちゃって煮物と和えものという至って普通の和食を作り上げた。
壁の時計に目を遣れば、時刻は8時少し前。
そして未だに連絡はなし。
しん、と静まったままのスマホを恨めしげに見て。
「もうご飯食べちゃうからねっ。」
ギイには聞こえないことを承知の上で、つい嫌みっぽく呟いてしまう。
食事を終えて後片付けも済んだところで、鳴らずのスマホが鳴り出した。
「もしもしっ、ギイっ?!」
確かめもせずに出たラインの先には。
「あー、ごめんね、託生くん。」
申し訳なさそうな佐智さんの声。
わわわっ、僕ってば。なんて恥ずかしい。
「いえ、僕こそいきなりすみません。えっと、何かご用でしょうか?」
勝手に熱くなる頬を掌で擦りつつ、訊ねると。
「うん。あのね、託生くん明日から大学休んでもらっていいから。仕事始めは予定通りで変わらないからね。」
佐智さんの言葉を脳内で反芻してみた結果。
明日からずっと新年の仕事始めまで休みってことですか?
「それって・・・?」
どうしてなのか。
今日大学を出るまでそんな話は出てなかったのに。
「詳しくは話せないんだけど、託生くんにはコンクールの方に取り組んでもらいたいし。まあ、いいかなって。だから、大学に来ない時もきちんとバイオリンに取り組んでね。」
託生くんに限ってそんなことわざわざ釘を指す必要なんてないんだけど。一応ね。
最後にそんな風に付け加えてくれて。
「あ、ごめん。もう行かなくちゃ。岡田さんには僕から連絡しておくので。託生くん、良いクリスマスと新年を過ごしてね。休み明けの音を楽しみにしてるから。」
忙しい佐智さんは、それだけ言うと通話を終了してしまった。
スマホを片手に立ち尽くす僕。
つまり、総合すると。
休みの間しっかり研究してその成果を聴かせなさい、ということだよね?
でも僕からしたらその言葉は少し意外で。
時折進み具合を見ていただいてたけど、こちらが拍子抜けするほどに誉めてくれるのだから。
佐智さんは僕の感性を大切にしてくれてる、っていくら僕でも流石に分かってきた。
「託生くんには学生時代に全て叩き込んだからね。でも、もしも困ったり悩んだりするようなことがあったらいつでも相談して。」
なんて麗しい微笑で仰ってくれるけど。
つまり、ここから先は自分の感性で楽曲を読み取り自分なりのアプローチでそれを表現していかなければならないということ。
そこに触れることを、佐智さんは頑なに拒む。
「僕は託生くんの中の音楽が大好きだから、余計な混ぜ物は要らないからね。」
そんな風に言って。
「同じ曲を演奏しても僕と託生くんでは当たり前だけど違ってて。でも聴いてて心地いいんだ。それは僕にとって本当に幸せなことなんだよ。」
いつだったかそう言ってくれた佐智さん。
とんでもなく畏れ多いことだけど。
でも、もしも。
もしも、本当に僕のバイオリンで佐智さんが幸せだと思ってくれるなら。
僕の方こそ本当に幸せだな。
けれど今の話からして、僕の音に改善すべき点があるのだろうか?
自分では全く思い当たらないけど。
あんな意味深な言われ方したら心配になっちゃうよ。
僕はそそくさと防音室へと入って、大学で弾いてきた一次の曲を弾いてみる。
うん、やっぱり我ながらいい音出てると思うけどな。
思う通りに弾けてるし。
???
う~っ。
佐智さんの言葉の意味、わかんないよ。
そして気になる~っ。
今すぐ電話して訊きたいけど。
忙しそうだったし。
明日まで我慢、かな。