The Mission―どうせなら楽しんじゃおう大作戦― 4 | usatami♪タクミくんシリーズ二次創作小説♪

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タクミくんシリーズの二次創作です。
usatami のこうだったらいいのにな~♪を細々と綴っております(〃ω〃)
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伏せられた瞳の長い睫が淡く桜色に色付いた頬に影を落とす。
微かに浮かべられた柔らかな微笑み。一瞬後それは消え失せ、眉を引き絞り堪えるような切なげな貌へと変わる。
その貌にギイは思わずこくり、と固唾を呑んだ。
そんなギイの熱い視線の先で圧倒的な艶を放ちながら終曲へと雪崩れ込む託生。託生の白く細い指が指板の上を軽やかに駆け抜けて。魂を注ぎ込む熱さで弓を操る。
ラストの速いパッセージを弾ききっての静寂――――
まだ熱気の残る余韻のなか託生の荒い呼吸音が微かに響いている。
ギイは・・・言葉が出なかった。

託生の演奏を聴くのは久しぶりだった。
なかなか逢うことさえ難しい二人だ。逢えた時にはお互いを確かめ合う、その為にほぼ全ての時間が費やされていた。
ごく稀に、ゆとりのある時に託生がバイオリンを奏でてくれることもあったが、それは耳馴染みの良い小曲で。
今日のこの曲は己の限界に挑むような、そんな難曲である。
それを技術的にも表現的な面でも見事に弾きこなしてみせた託生。
その姿はあの、音楽のことに関しては妥協するという言葉は辞書にすら載っていないだろう、とんでもなく麗しい幼馴染みに“世界で通用する”と太鼓判を押させたのも納得できてしまうものだった。

「凄いな!託生!今すぐ本番でもいけるんじゃないか?」
拍手と共に口に出た言葉に呼吸の乱れを整えた託生がはにかんだ微笑みを浮かべる。
「ありがとう、ギイ。でも、まだまだ。もっと細かいところを詰めたいんだ。」
この演奏でも満足していないらしい託生が、少し遠くを挑む眼差しで呟いた。と、思ったら。
「ギイは僕のバイオリン、好きじゃなかった?」
視線をギイへとピタリと宛てて心配そうに訊いてくる。藪から棒な質問にギイの方が驚いてしまう。
「えっ?何でそうなるんだよ?さっきも言っただろ?凄い演奏だったって。」
「・・・でも、ギイの貌・・何だか苦しそうだよ?」
バイオリンと弓をピアノの上に丁寧に載せて、空いた掌でギイの頬にそっと触れてくる託生。その宝物を触るかのような優しい手つきにギイの心までふんわりと包み込まれる。

自分しか知らないと思っていた託生の貌。
夢見るような柔らかな微笑みも、切なげなあの表情も。全てがギイだけのものだと思っていた。
そんな託生の魅力が伴奏者である城縞は当然のことながらコンクールの審査員、その聴衆、ひいてはこれから先託生が立つことになるだろうステージに係わる全ての人々の前に余すところなく晒されてしまう。
託生にコンクールに挑戦したい、と打ち明けられた時から覚悟はしてきたつもりだった。
だが、どんなに覚悟を決めようとも嫌なものは嫌なのだ。そんな気持ちが表情に出てしまっていたらしい。
いつもぼんやりしているくせにギイのことだけには鋭い託生だから。そんなギイの葛藤をそれとは知らずに気付いてしまったようだ。
頬に寄せられた美しい指先に己の掌を重ね、包み込む。
「バイオリン弾いてるときの託生、可愛くて色っぽくて・・・そんな託生を俺以外の奴等にも見られちまうんだって思ったらすっげー嫌だと思ったんだよ。」
ギイは真摯な瞳で託生の瞳を見詰めながら本音を伝えた。

可愛いとか色っぽいとか、自分に対してそんなことを言ってくるのはギイくらいのものだ。それだってギイの欲目だと思うのだが。はっきり言ってギイは心配性過ぎると託生は思うのだ。
だが。
託生はギイの薄茶の瞳を見詰め返す。いつもは包み込むような暖かさで託生を見詰めてくれる大好きなギイの瞳。でも、今のギイの瞳はジリジリと焦がれる程に熱くて――。
ギイの心の叫びが伝わってくるようで。
託生はギイの掌に包まれた指先をそっと引き抜いてギイの後頭部に柔らかく廻す。指先に触れるギイの髪の毛の感触が可愛い。そのままゆっくりと引き寄せつつ、自分も精一杯の背伸びをする。
ほんの一瞬触れただけの、掠めるようなくちづけだった。
けれどもはずかしがりやの託生からの精一杯のキス。

「僕がこういうことしたいって思うのはギイとだけなんだからねっ。」
真っ赤な顔で俯いて小声でポソポソっと言っている託生に押さえきれない愛しさが溢れてくる。
華奢な躯をぎゅぅっと抱き締めてより深いキスを求めた。
初め逃げようとした託生だが、ギイの甘い誘いに追い詰められて。
互いの舌を絡み合わせる濃厚なキスの終わりには脚の力が抜けてギイの逞しい腕に支えられる有り様だった。
「もうっ。ここは練習室なんだよ!コンナトコロ誰かに見られちゃったら・・・!」
支えられたままギイを睨んでくる託生だが。
恐らく本人は睨んでいるつもりなのだろうその瞳は甘くトロリと蕩けたハチミツのようで。
あぁ!堪らなく可愛いっ。
腕のなかに在るその躯をまたもやきゅっと抱き締めて、今度はちゅっと軽いキスで何とか我慢したギイは、ドアに嵌められた小窓の方をチラリと見てから、にこやかに言った。
「大丈夫さ。大体、ここはコンクールまでは託生専用だって皆知ってるんだろ?わざわざ覗くような奴はいないさ。」
「そっか。それもそうだね。」
ギイのその言葉に託生は柔らかな笑みで、納得したように応えたのだった。




「な、なんだっ。今のは・・・っ。」
たった今見てしまった光景に脚の力が抜けてずるずるとへたり込む。
長年片想いしてきたバイオリン科助手、葉山託生に漆原は先日大失恋した。彼には井上教授公認で付き合っている男がいたのだ。
ただの噂であるならば想い続けていられたが本人がキッパリと認めたのだ。もはや想うことも出来ない。
だが、忘れることなどもっと出来なくて。
重い気持ちを引き摺って出勤した大学でとんでもない噂が待ち受けていた。
――葉山託生が超イケメンの恋人と仲良く出勤したらしい――
これには漆原も相当動揺した。
超イケメンの恋人?!
ではあの助手、岡田は何なのか?
いくら考えても謎は深まるばかりである。
これはもう、直接訊くしかない。自分にも訊く権利くらいは在るはずだ。
向かったバイオリン科井上教授室。丁度部屋から件の二人が現れる所に鉢合わせてしまった漆原は咄嗟に廊下の陰に身を隠してしまった。
何故そんなことをしてしまったのか・・・。
漆原に気付くことなく目の前を通りすぎていく二人。
噂通り、いやそれ以上に全てが整い、完璧であるとしか表現しようのない青年とその隣を歩くいつも以上に愛らしい葉山託生。
青年の託生を見詰める瞳はどこまでも甘く優しく、託生の青年を見詰める瞳も柔らかく甘やかであった。
それだけで噂は真実であると悟った漆原であるが。先程見た愛らしい託生が脳裏を過る。長年見続けてきた漆原の見たことのないその表情。それが、自分ではなく隣にいる恋人に向けられたものだと分かってはいても、もっと見たいと望んでしまう。
そんな欲望が漆原を動かした。
二人の後を辿り、そして見てしまった衝撃の光景。
甘やかなキスを交わし青年を見上げる託生の妖艶な瞳に目眩を起こしてしまいそうだ。と、次の瞬間、こちらを振り向いた青年の鋭い眼差しに息が止まりそうになる。その眼差しには先程託生に向けられていた優しさも甘やかさも欠片も存在しない。在るのはただ底冷えのする冷たさだけ。
――俺のものに手を出すな。
幻の声が聴こえた。
その冷たい眼光は漆原の脚から力を奪って―――。



「覗きはいけませんよ、漆原先生。」
突然真上から掛けられた声に漆原はビクリ、と肩を揺らした。
恐る恐る見上げると、そこには助手、岡田が立っていた。
「き、君っ。岡田くん。こ、これはどういうことなんだっ?」
漆原は未だ力の入らない脚を何とか動かしてヨロヨロと立ち上がると岡田に喰って掛かった。
「どういうこと、とは?」
岡田の冷静な声に漆原の苛立ちは益々募る。
「き、君はっ、葉山くんと井上教授公認で付き合っているとっ、そう私に言ったじゃないかっ。あれは、嘘だったのか?私を騙したのかっ?」
興奮ぎみに言ってくる漆原に岡田は苦笑しつつ応える。
「まあ、落ち着いて下さい。私は何も騙してなど。先生が勘違いされただけですよ。確かに私は、井上教授の公認の下、託生さんの行動にお付き合いしていますが、恋人としてお付き合いさせて貰っている訳ではありませんよ?」
岡田の言葉に漆原の顔はポカンと間の抜けたものとなる。
どういうことか?
頭に血の上った漆原には理解できないが、とにかく分かるのは目の前の岡田はやはり恋人ではないらしい。すると先程身も凍るような視線で睨み付けてきたあの青年。彼こそが恋人と言うことなのか?
その冷たい眼光を思い出し、知らず身を震わせる漆原に身を寄せた岡田が密やかな声で囁く。
「・・悪いことは言いません。彼と託生さんには関わらない方が貴方の身の為ですよ?漆原先生。聡明な貴方ならお分かり頂けますよね?」
岡田の聞いたこともない静かな迫力を漂わせた声に、漆原は細かく震える腕をもう片方の腕できつく握りしめる。
「・・・・・お前は何なんだ?ただの助手じゃないのだろ?」
震えてしまう声を押し出して訊いてくる漆原に岡田はにこやかに応えた。
「ただの助手ですよ。ですが、業務内容に託生さんの身の回りのチェックが入ってるんです。コンクールに集中する為に周りの雑音を遮るようにとの井上教授の依頼なので。例えば、貴方のような、ね。ですから私は井上教授の個人的な助手で間違いありませんよ。」
そしてその人懐こい笑みを瞬時に消して
「ですが、出来たらこの事は内密にして頂けたら助かります。この業務内容は託生さんには極秘ということになってますので。」
ポーカーフェイスで発せられた言葉は先程の笑顔との落差が余りにも大きすぎて。漆原は知らず無意識にぶんぶんと頭を上下に振る。
その姿に、岡田の顔に和やかな笑みが戻る。
「漆原先生はお話の分かる方で本当に良かったです。では、宜しくお願いしますね。」


ヨロヨロと立ち去っていく漆原の後ろ姿を見送り、岡田は密かに溜め息を吐く。事後処理も楽ではないのだ。仲良きことは大変結構なことだが。
「託生さん、頑張って下さいね・・・。」
託生の愛らしさに壊れてしまった主がくれぐれも練習室などという場で暴走行為に及ばないよう、また、その場合託生が自主回避能力を発揮できるよう切実に祈る岡田であった。