その後のレッスンは順調に進んでいった。
(いつもなら必ず数名は現れる突発性自殺志願者も一人も出なかった!!)
・・・というのも井上教授のご機嫌がいつになく素晴らしく良かったからだ。
いつもはレッスン後ゾンビのようになって出て行く学生達も、普段とのあまりの違いに、その幸運を喜ぶというよりは---ある者は不気味そうに、またある者は恐ろしそうに去って行く。
---ですよね~。こんな教授に当たったら僕も同じ反応しただろうなぁ。
ここまで浮かれた佐智さんを僕は今まで一度も見たことがない。
それだけに、僕がやる気を出したことを本当に心から喜んでくれているのが分かった。
それと同時に今までずっと甘えっぱなしでいたことに気付かされたんだ。
ギイと突然離れ離れになったあの時から再開できるまでの日々、僕が諦めることなく進んで来られたのは、ギイを信じていたからというのは勿論だけど、それだけじゃない。支えてくれる沢山の人がいたから・・・。
佐智さんもその一人なんだ。
時には信じる気持ちが脆くも崩れ落ち、絶望に沈み込んでしまいそうな日も、確かにあった。
「託生くん、一緒に弾こう。」
そんな時、佐智さんは誘ってくれる。
高名な演奏家であり、教授でもある佐智さんと僕が一緒に演奏するなどあつかましいにも程がある。
分かってだけど、僕はあえて飛び込んだ。
深く潜り込んだそこで、佐智さんが僕にそっと寄り添ってくれる。
労りや慈しみ・・・佐智さんの気持ちが僕に流れ込んできて・・・僕はまた立ち上がる勇気をもらったんだ。
ギイとの再会を果たした時、佐智さんは自分のことのように喜んでくれた。
けれど、僕は---そこで止まってしまった。
ギイと再会できたことに、また一緒に居られることに満足して留まってしまったんだ。
今回のことで何となくだけど分かった。
佐智さんは僕に歩き続けて欲しいんだ。
遥か彼方にいる佐智さんの所まで辿り着くことを望んでいるんだ。
---身に余る光栄どころの騒ぎではない。
はっきり言って文不相応。過大評価も甚だしい。
・・・以前の僕ならそう言っていただろう。
でも今は・・・ギイとずっと一緒に歩く未来の為に、僕に出来る限りの全てのことを頑張ると決めた今は・・・受け入れることにした。
---他の人に堂々と胸を張って話せるほど開き直れはしないけど。
---どんなに頑張ったところでとても辿り着けるものではないと知っているけど。
でも僕は、前を向いて進んで行くって決めたんだ!