私には、友達がほとんどいない。
実際に会える友人は、1〜2人、無理やり数えて3人…
しかも皆、こちらから誘わないと、ランチとか行くことができない。
私は、元々自分から誘うことが出来ない人間だった。
断られることが怖くて。。
拒絶を最も恐れていた。
それでも、以前は、友人たちの方から誘ってくれていた。
しかし、時が経つと、
皆誘ってくれなくなる。
こちらから誘わないと会うことが出来なくなる。
やはり人柄が嫌われてしまうのか。
受け身過ぎて、やたら傷つきやす過ぎて、面倒くさくなったのか。。
いつも自分から誘わないといけない人間なんて、好きになれるはずがない。
それが悪かったのか。
いつも、長く付き合うと、相手が離れていくのである。
とても、悲しかった。
人から必要とされない私なんて、存在する価値がない。
生きている意味がない。
存在する価値がない…
とても悲しかった。
うさぎさんを撫でていたら、何故だか涙が出てきた。
私みたいな価値のない人間は、本当にいつ死んでもいいように、荷物を減らしておかなくては。
旦那がいるじゃないかと思われるかもしれない。
でも、旦那は友達と違う。
きっと…神様が、
こいつみたいに肉親のほぼいない可哀想な人生を歩んでる奴に、
1つだけは与えてやろう。
そんな感じで、家賃の心配とかしなくてもいいように、旦那を派遣してくれたのかもしれない。
本当に有り難い限りだ…。
私は、メンタルの病気を長年患っていて、障がい者手帖を持ち、ヘルプマークを身につけている。
心療内科通いを辞めたいけれども、
多分、一生辞められない。
多分、強烈な自己否定感が…
それが治らない限り、良くならないと思う。
断捨離の本を読んでいたら、
「自己否定をやめる」
のようなことが書いてあって、その言葉が本当に嬉しかった。
やめたいと思った。
でも…
こんな60年近く自己否定をしてきたのだ、そう簡単にやめられるものでもなかった。
いつも、心の底のポジティブな声がすると、左脳から、
私みたいな人間、LINEを拒否されまくる人間、
生きている価値がない
のような声が発せられる。
そうした、強くキツい容赦ない心の声は、いつも自分を痛めつけている。
どうしたら、友達のいない、嫌な奴の私を好きになれるのだろう。。
友達がいなくても、辛くならないで済むのだろう。。
心が苦しかった。
若い頃は、
私は1人でも生きていける人間よ、
みたいな感じで、クラスで孤立してても耐えていた。
今の時代だったら、不登校だったと思う。
1人でいいから、
愛し、愛される友人がほしい。
友人とか友達とか書いているが、同じ意味です。
それとも…
旦那がいることに感謝して、
友達は諦める方がいい
そうなのかな。。。
なかなか良い方向へと考えることが出来なくて、
心を整理したくてこれを書いている。
なんだかもう、
わたし という人間をやっていることに疲れてきた。
けれども、自ら死を選ぶことはしない。
苦しいし痛そうだし…
人間はいつかは死ぬのだから、急ぐことはない。
というか、未来の世界に憧れがあるので、生きていたい。
過去には死のうとしたこともあったけれども、今はそう思わない。
でも、、
疲れてきたので、本当に、
荷物を減らして身軽になりたい。
身軽になって、
本当に大事だと思うことだけをしていきたい。。
手帖などの、1ヶ月の予定表
それを見ると、
友人とランチ
なんて、本当に数ヶ月に一度あるかないかだ。
しかも全てこちらが望んでのこと。。
本当に寂しい。。
この寂しさは、きっと消えない。
生きるのは、悲しい。
こんな内容で、ごめんなさい。
今の世の中、戦争に満ちている。
それを考えると、贅沢な悩みなのだ。
生かしていただいているだけで、
ありがとうございます
なのだ…。。
つまらぬ愚痴をここまでお読みいただき、
どうもありがとうございました。
m(_ _)m