ミスチルの新作が届いた。本当にキリンくらい長く首を伸ばして到着を待っていたのだけれど、正直好調とは言い難い今の自分のコンディションで胸を張って聴いていいのかどうか迷うところがあった。
ミスチルの歌は、何でもない日々を健気に頑張って、何とか明日に光を見出そうと直向きに生きる人に向けて響く歌が多い。毎朝うだつの上がらない頭を何とか持ち上げて、渋滞を切り抜け、人間関係に頭を悩ませながら、仕事を終え帰路に就く。その帰りの車(若しくは電車)の中で聴こえてきた時にどんな良薬よりも生きる為のエネルギーとなる。
今の自分は果たして頑張ってるって言えるのか⁇聴きたい好奇心を目の前に、そんな自問自答による足踏みをしてしまう。でも、とある人に言われた。「こんな時だからこそ思いっ切り堪能すればいいやん」と。それに、桜井さんが言う「現時点での最高傑作」を聴く前に死ぬ訳にはいかない。
予備知識はあった。ロンドンでのレコーディング。先行発表されていた数曲から聴こえる真新しい耳障りのサウンド。これまでとは一新された予感。
1曲目の「DANCING SHOES」ってどんな曲だろう。曲の並び的にギターバリバリのハードでポップなナンバーだったら嬉しいな。勝手な予想も聴く前の至福の楽しみ。発売から2日遅れでAmazonから届いたCDを開ける(どっから開けるんだこれ?と一時、悩む)。久々に立ち上げるPCにCDをセット。スタンバイオッケー。いざ。
聴こえてきたのはダウナーなギターリフ。深海?DISCOVERY?この時点で予想を裏切られる。こうきたか!その後のサビへの開けた展開は爽快。韻の踏み方も相変わらず軽快。ステップを踏む桜井さんが脳裏に浮かぶ。個人的には歌詞云々よりもリズムを楽しみたい曲。だけどサルバドール・ダリで韻踏むのは驚いた。(さすが氏名・住所で韻踏むお方)Aメロとサビは同じコード進行?手元に楽器がないから確かめられないけど、だとしたら全く違う雰囲気に感じるのはすごい。もし「TOUR 202× SOUNDTRACKS」があったとしたら一曲目は迷わずこの曲で。暗転した照明からサビで一気にステージ上を照らす光景が見えるよー。
「Brand new planet」への繋ぎもバッチリ。今作は曲の並びが綺麗で、それもあってすごくコンセプチュアルな印象を抱かせる。ミスチルの新曲と有村架純という(個人的)夢コラボを楽しみにドラマ観てたからこの曲にはその印象もあったりする。「Documentary film」のとこでも書くけど、この曲も言葉と言葉の空白の使い方が贅沢。言葉を詰め込みすぎず、シンプルな言葉だけを選んで聴き手に想像を委ねる。(星と星を繋ぐ星座の線を描くのはリスナーの役割、ってまさに桜井さんが言ってたやつやん)パート毎にパターンの変わるリズム、ここぞのタイミングで鳴る少し歪んだギター。転調後のサビでピークを迎え一気に聴き終える展開に否の打ちどころなし。長くなるし誰も興味ないからここには書かないけど、個人的にこの曲に背中押される形で、もしかしたら人生の転換期を迎えるのかもしれない。正直その手の話を聞く度に「人生の大事な岐路を曲なんかで決めていいの⁉︎」って思う部分がこれまであった。ただ自然に、結果論だけど、今このタイミングでこの曲と歌詞が聴こえてきたことは、偶然という必然だと思いたい。
シングルで発売された時に、歌い出し後のドラムの音と、1番サビ後のギターの音が気持ちよくて癖になるほど聴いた「turn over?」。さすが海外でレコーディングされたからか、曲展開は古い洒落たフィルム映画が捲られていくよう。メロディーも今作の中で最も練られていて(と個人的には思っている)短い曲の間に大サビまで詰め込まれてるから、短くても聴き応えは充分。リズムパートのパーカッションの音色が新鮮。懐かしさと新しさの共存かな。カラオケで気持ちよく歌えるキー設定もありがたい。
「君と重ねたモノローグ」。シングルの時は正直あんまりパッとしなくて(ごめんなさい)さほど聴いてなかった。この流れで聴くと歌詞をしみじみと味わえる。また付属のBlu-ray見た後だと、アウトロのストリングスの向こうに演奏者たちの姿が浮かんだりしてじっくり噛み締めたくなる。真ん中にあるからかもだけど、この曲から「Documentary film」までの流れがこのアルバムの中核だなって感じる。この曲順が鉄壁であるからこそ終わりを漂わせる印象が強くなるのだろうなと。
「losstime」この曲が一番意外だった。タイトルからしてサッカーに絡めた少し洒落っ気のある曲かなと思ってたら、「Documentary film」への橋渡し的な意味を持つ牧歌調の曲で意外。個人的な初印象はサイモンとガーファンクル。「死」を思わせる言葉が並ぶからこそ「生きたいように今日を生きるさ」のフレーズが沁みる。
YouTubeで先行公開されたMVを初めて観た時はピンと来なかった。たぶんBメロがなくていきなりサビだと分からなかったからだろう。ところが2回3回と聴き曲を噛み締められるようになる頃に一気に好きになった。
冒頭の4行の歌詞に一気に心を掴まれる。なぜって日頃の自分を想像してしまうから。今日通った道。何を思いながらどんな迷いを吐き出しながら通ったか。夢も希望も上手く描けず、ただただ繰り返しの中を過ごす。桜井さんは知る由もないはず(当たり前だろ)なのに、まるで自分の事を監視カメラで見透かしたかのように歌われている。誰も見ていないドキュメンタリーフィルムのはずなのに。「今日は何もなかった」の後の空白のとこで嬉しさと苦しさで息が詰まりそうになる。アレンジを加えたり歌い回しを足すでもなくただ声とピアノの余韻だけがある。個人的にその空白にこの曲の魅力のほぼ全部があると思ってる。(ほかにもそりゃあるんだけどさ)「あぁ、ミスチルファンやってて良かったな」て思わせてくれるポイントがいつもあるのだけれど、今回は圧倒的にそこ。その後「特別なことは何もぉぉぉ〜」と歌い方を変えてくるところがまた新鮮!ワンオクのTakaさんが言うとおり、表現者としてのスキルがまた一段と上がったと長年のファンを持ってしても思う。(上からでごめんなさい)
「泣きそうな僕を」この少し枯れ気味の声質は敢えてなんだろうか。凄い。
終わりを匂わす3曲から「はじまり」の曲へ。始めから終わりまで真っ直ぐに伸びていくイメージ。これもシングル単発で聴くより数段良く、ドラムが軽快で心地良い。桜井さんもインタビューで答えてたけど今回イントロが短い曲がほとんど。「早めに展開していかないと飽きてしまう。僕も含めて。」っていう世相が反映されてる形なのかな。意図的ではないと話していたね。個人的にはイントロ大王小林武史の魔法のメロディーも時々恋しくなるけど、たしかに曲の長さ的にはこのくらいで丁度いい気もする。今アルバムのトータルの長さもね。
「others」を聴くと、ちょうどコロナ禍によって家に閉じこもり始めた4月頃頻繁にCMで耳にしてたこともあって、あの当時を思い出す。かつてないくらいに際立つセクシーな歌声と、ただ淡々と流れる曲調からは、まさかのその後の展開を予測できるはずもなく。勿論浮気の歌だって不倫の歌だって、よもやよもやの同性愛の歌だって、色んな想像ができるだろう。自分は歌の中でなら何だってありだと思う。現実じゃ叶わないような想像を膨らまして、夢見たって希望を持ったって深く落ち込んだって構わないって思う。日頃縮こまった想像の翼を広げさせてくれるから桜井さんのこういう世界観は好きだ。個人的に「アメリカ史紐解く文庫っぼん」の歌い方が好き。あと「無駄のない動きで」ってすごい歌詞だなって思う。自分にこうした経験がもしあったとしたら「その一瞬を君は僕に分けてくれた」ってすごく胸が締め付けられる。今作はアルバムタイトル通りどの曲も映画のサントラみたく背景を感じされてくれるけど、特にこの曲の場面描写は印象に残るなぁ。
一気に目の前の現実に視点を戻してくれるのが「The song of praise」。昔めざましテレビのテーマ曲「Happy Song」があったけど、朝のテーマソングは「song」括り?なんてことを思ったり。「君と重ねたモノローグ〜Documentary film」は今作の中核と書いたけど、「Birthday〜The song of praise」は「ザ・ミスチル」な並びだと思う。「青さ」「成熟」「等身大の自分」のバランスを成立させてしまうのが今のミスチルの醍醐味。エレキギターは桜井さんがブルーフラワー持って弾いてると思ってたけど(最後の箇所弾き語りっぽくて凄くライブ感がある)テレビで観た時には田原さんが弾いてましたね。「憎みながら 愛していく」相反する言葉を並べるところが桜井さんらしい。「昔は自分の価値を過信しては 高い空を見上げて過ごした」「違う誰かの夢を通して 自分の夢も輝かせていけるんだ」て歌われてるところは一つの象徴的な箇所だと思う。もう野心的なことを考える必要はない。MINEでも語られてる通りなのかな。自分に置き換えると、そうした転換期はいつ来るのかなとか考える。年齢が自然とそうさせるのか。子供を持ったらそう思うのか。印象に残った言葉だった。けれど「積み上げて また叩き壊して」。変化を恐れずに歩いて行きたい。
一曲目と同じミュージシャンとは思えないほどの振り幅に富んだ展開。そう思わせられる「memories」。極端に言えばRadioheadからのディズニー締め。(個人的解釈です)ネットで「この曲がミスチルの最後だって言われても異論はない」って呟きを見かけたけど、その通りだと納得せざるを得ない。今作を聴いていてふいに初期のアルバムを聴きたくなった。それだけ瑞々しいソングライティングを感じたのかもしれない。歌詞にしても桜井さんの言葉選びが優しい。特にこの曲は柔らかい言葉が並ぶ。だからこそ想いがシンプルに伝わり切ない。
全編を通して音が粒立っていて、これまでとは同じ括りで扱えないくらい別物バンドの作品かとも思った。それだけプロデューサーやアレンジャー、はたまたレコーディング環境の変化がもたらす影響は大きいのだなと感じた。今作を手掛けたスティーヴとサイモンの関わった宇多田ヒカルの直近2作を聴き返したけど、やはりストリングスが際立つ同じ手触りだった。(2作とも傑作だった)
そうしたこれまでにはない、全く新しいアプローチで新作を聴かせてくれる姿勢に本当に感謝したい。自分にとってのミスチルの最高傑作って何だろ‥って考えたけど、結局一番聴いてるのはその時点での最新作なんだよな。作品毎にアプローチの仕方や世相やその時々のメンバーの「最高」が詰まってるから、その作品が発売された頃の自分を重ねて聴ける。30年近くが経った今も常に「最新」で在り続けてくれるバンドにただただ感謝しかない。今回先頭に立ってアプローチを重ねたのが田原さんなのは意外だった。田原さんが語ってたサム・スミスを聴いた。聴いて驚いた。このシンプルな音をどうミスチルに結び付けようと思ったのだろう。確かにSOUNDTRACKSと同じ手触りの音が鳴ってた。めちゃくちゃ良い。空間が心地よい。そりゃ惹かれるわなって勝手に納得した。結果的に凄く成功だったと思うのだけど、UKサウンドにルーツのあるミスチルの音楽は元から相性が良かったのかもしれないね。
MINEの最後に桜井さんが語ってた、「誰かのサウンドトラックでありたい。だけどただそれだけでは終わりたくない」って想いがあるから、まだ走り続けていられるのかもしれないなって思った。
いつかは終わりが来る。それは誰もに分かっていること。けれどリアルに「終わり」を切り取ることで「今あるもの」に光が当たる。そんなメッセージを、このアルバムから受け取ったよ。