気持ちにゆとりがある時に、同じような体験をされている方のブログを閲覧している

 

昨夜は”いいね”して下さった方のブログを拝見。

 お母様が闘病されて2か月、現在は療養病棟に入院されているとのこと。

 夫とは違う病名だけど、救搬されて間もない時期の心の機微が共感された。

 

 また同じような病態になった時に、救命措置はするのかを問われた時、

 ”今聞かなくてもいいでしょ” と傷口に塩をぬられる気持ちだった。

 

 気管切開した夫の姿を見た時、”これで本当に良かったのか”思い悩み苦しんだ。

 五体満足で大事に育ててくれた夫の両親にも申し訳なくて...

 

 更に胃瘻手術をした後は、”夫の体をこんなに傷つけて、穴を開けてしまったこと”

 に、これで本当に良かったのだろうか...

     生きるための選択をしたけれど、結果、夫を苦しめているんじゃないか...

 自問自答し、極度の不安と緊張で平静では居られなかった。

 

 同じような受け止め方をされた文章を読みながら ”皆な同じ気持ちなのだ”と

 安堵した。

 

 すべてが、夫に生きてほしい! そのための選択だった。

 

 命の危機の夫を守りたかった。

 

あの時は、すべてが精一杯だった。

 

自分に出来ることはないかと考え、祈祷しに行こうと思い立ち、翌朝の始発に乗って川崎大師に行った。

まだ寒い3月、祈祷が始まる9時まで外のベンチで一人待った。

毎年、初詣に夫と2人で来ていた思い出が蘇り、ずっと涙していた。

 

後で知ったのだけど、急変して49日以内に、神社仏閣に当人の罪汚れを清めたまえ

払いたまえ、罪汚れをお許し下さい。とお参りすると良いと書かれた物を読んだ。

無知識だったけど、自分の行動は良かったのだと慰められた。

その時頂いたお札は今も自宅の部屋にあり、お守りは病院の夫のベッドに掛けてある

ベッドにお守りを下げている方は多いと感じる。多い人は幾重にも。

 

救命病棟では毎日が危機的状況だった。

体は張ちきれそうなほどパンパンに腫れたり、

熱発が続き40度以上の熱が出たり、熱が出ているのに院内が停電だったり...

尿が出なかったり、便が出なかったり、肺炎になったりと...

 

いろんなことがある度に、これで良かったんだろうかと自責の念に悩み。

 

始めは、今の状態を夫は望んでいるだろうか...と悩み

 

この状態が生きていると言えるのかと 夫の尊厳はどうなのと考えぬいた。

 

比べちゃいけないかもしれないけど、

世の中には、生まれながらに障害を持って、今の夫と同じような病態の方もいらっしゃる。

その子を親や周囲は、生きてくれてありがとう 頑張ろうねと励まし見守り続ける。

 

夫は自発呼吸がある。

 

夫は生きているのだとしっかり受け止められて、毎日毎日可哀そうと泣いてばかり

居たけど、自分がしっかりして心配かけないようにしなきゃ!と一緒に生きて行く

覚悟が出来た瞬間のような気がする。

 

思いを連ら連らと書いてしまっているけど、

今振り返ると、救命病棟でも、一般病棟でも、療養病棟でも、ICの際に

 「自立尊重の原則」「与益最大化の原則」「不 加害原則」「正義・公正原則」

を軸に説明した医師は居なかった。

 

いろんな経験をした今だから、説明が不十分だったと思うのかもしれない。

 

延々と書きそうなので、これで止めます。

 

さ お風呂入ろう 温泉ニコニコ