元来、おかずっ食いの私はご飯無しで何年も生きてきました。
しかし病院へ入院し、久々にふりかけを食べたら美味しくて美味しくて。
ふりかけを、た~っぷりかけて、それをすくうように少なめご飯を口に運んでいたら、看護士さんに「塩分とりすぎ」「高血圧になる」との指摘を受けました。
確かにここ数日、顔のむくみが気になっていたけど、大して深く考えてませんでした。
明日からふりかけゴハンをやめ、また『おかず+お菓子』にしようかな。
(どちらも不健康です!)
夕べ、病室を共にする方(78)が、一晩で騒動を三回起こし、三回目にしてベッドごと看護士さんの目の届く部屋へ連れていかれました。
静かになったのは午前二時。病院の夜は長く、午後九時には消灯ですから、午前二時までの同室の者の忍耐といったら、たまったものではありませんでした。

とはいえ、静かになってホッとしたものの、その方の様子を思い起こし、我が身にも起こりうると思うと、なんともいえない気持ちになりました。

若いうちは、慣れた自宅以外で起床しても、『寝惚け』などと可愛い短時間の錯覚はあっても、すぐに寝入る前の事と目覚めた状況を一致させることができます。
しかし、これは出来て当然の事ではないようです。環境に適応する力がきちんと働いているようです。
夕べの騒動の方(78)は、昼間はそれなりに現実にそった言動でしたが、真夜中の騒動で移動される際には、今どこにいるのか認識できずに、老人施設の名前を出したり、病院と認識できたり混乱してました。
昨夜の騒動は『排泄』に関してでした。今回、病院では夜中に動かずに済むようにオムツでしたが、無理に動き、オムツを外してどうにかしようとして、どうにもできず暗闇で呆然としてました。もしかしたら、過去に入居していた施設では自力でトイレに行っていたのではないでしょうか。病院にいても施設にいる認識になり、尿意を感じで一生懸命トイレに行こうとしていたのかもしれません。
素人ですから学のある方がご覧になったら間違いだらけの解釈かもしれませんが、私はこれを考えていたら、睡眠の妨げが何もなくなったのに、頭が妙に冴えて、朝方まで眠りにつけませんでした。
老化は誰にでも訪れます。自分はまだ・・なんて思っいるそこのアナタ。当事者になっても、そう思い続けているかもしれませんよ。私も然り、です。
数日前に入院した自我の強い年配の方(78)が、我が家のごとく留守の方(夕べ入院した新人さん)のベッドサイドの物まで無断で手を伸ばして使うので「やめましょうよ」と言ったら「あんたはうるさい!前の入院の時はみんなで貸し借りしたものだ!」とすっかり嫌われ、それを身内の者(70代?)に話したら「よかったねぇ(^o^)」と笑顔で返されました。「そんな面倒くさい人に寄ってこられなくなったんだから良かったじゃん」とのこと。身内の一言でほっとして『年の功』というものを、しみじみ感じました。だいぶ救われましたm(__)m