病院から外出してみた。世の中はもちろん、私のように首の痛さを抱えている人がいるようには見えなく、みんな普通に生活してる。病院ではみんな、どこかしらを痛くしているから、院外の社会で、普通に動けるのが当たり前なことに違和感を感じてしまった。私も退院して不都合のない体になったら、不便のない体に感謝することなく当たり前になっちゃうのかな。
少しずつ、したい動作ができるようになってきた。
食事の後片付けで、自分のお盆と他の人のお盆を片付けられる時、幸せなんだと感じる。
普通に動けるということの幸せ、自分の後片付けだけでなく、人の分まで片付けられるという幸せ、そんな体の状態であるという幸せ。
食事の後片付けで、自分のお盆と他の人のお盆を片付けられる時、幸せなんだと感じる。
普通に動けるということの幸せ、自分の後片付けだけでなく、人の分まで片付けられるという幸せ、そんな体の状態であるという幸せ。
仲良しのおばあちゃんの退院を見送った。
涙がこぼれてしまった。
『またね』はない。
だって病院だもの。
『またね』はよくない。
それでも今日退院のおばあちゃんとは二度出会った。
内科病棟で二晩同室となり、それから一ヶ月後、部屋の引っ越しなどの関係で整形外科と外科の病棟で再度、同室となった。
おばあちゃんは再入院だった。
今度は病院での『またね』が、ありませんように。
涙がこぼれてしまった。
『またね』はない。
だって病院だもの。
『またね』はよくない。
それでも今日退院のおばあちゃんとは二度出会った。
内科病棟で二晩同室となり、それから一ヶ月後、部屋の引っ越しなどの関係で整形外科と外科の病棟で再度、同室となった。
おばあちゃんは再入院だった。
今度は病院での『またね』が、ありませんように。