タイトルほど難しいことはなくて・・

私は、死んでもおかしくない、半身不随になってもおかしくない、そんな怪我をしたのに、奇跡的に命も生活も取り戻せました。

入院中「私、死ぬのかな、、」なんて病院のベッドでぼんやり考えた途端、崖から突き落とされたような恐怖感に襲われました。
無重力感と寒気と。
きっと血の気がひいたのでしょうね。
死にたいと考えたことは、生きたいと願ったことよりもたくさんあるのに、いざ『死』が傍にあると、こんなに恐怖に襲われるとは。自分でも驚きでした。

それまで、がむしゃらに走り続けて生きてきました。肉親の愛情に縁遠く、それでも支えてくれる多くの方に励まされ、表面上は自分は幸せだと思い、深層心理ではきっと満たされないものばかりだったのでしょう。

そんな私の人生は、入院によって終わりました。
継続していた人生が・・途絶えました。

仕事も自分の部屋に帰ることも友人との約束も。美容室も習い事も何もかも。
全てストップ。

私は走らなくていい人になりました。

退院して日常生活に戻ったら、皆が無理をするな、と気遣います。これまでがんばれ、と励まされ、頑張ることをやめる勇気がなかったのに・・私は頑張らなくてよい人になりました。

肩の力が抜けました。
生き甲斐も楽しみも休日の予定も、何もなくても虚しさを感じずに生きている、淡々とした毎日になりました。

淡々と生きて、心がとても静かになって、欲が減り、私は思うのです。
生きているのは、神さまが私に死ぬ準備をする時間を与えてくださったのではないかと。
『神さま』は宗教的なものではありません。
私の心にも、あなたの心にも存在し、信じて助けを求められる存在です。

退院をし、ご心配をかけた方々全員に、お礼状を書きました。一人一人、気持ちを込めて。
何十通ものメッセージは苦ではなく喜びでした。

怪我をしてすぐ、この世を去っていたら『ありがとう』も『ごめんなさい』も言えませんでしたから。

あとはまだ私の部屋には、心残りがたくさんあります。秘密もあります。
神さまは、それらと向き合う猶予をくださったのです。

私がいつ『死』を迎えるのかわかりません。神さまが、ほんの少し、片付けの時間をくださっただけかもしれません。
猶予は、明日までかもしれないし、十年後、二十年後、五十年後、もっともっと先かもしれません。
ですから、早く片付けを済ませるつもりでいます。
・・いつ、ここを去る日がきてもいいように。

死にたい・・と浮かぶことは、まだ時々あります。でもその時は、あの病院での恐怖感がよぎります。
『死』は選べるけど避けられない、『生』は得ようとしても得られない。

私は、死ぬために生きていきます。
準備をして。
今、生きていること、それだけで『丸儲け』の人生となったのですから。
いつ死んでもよいように。

準備が全部済んだら・・私は『死』に向かって旅立ちたくなるか、反対に、生まれ変われるような気がしています。
ほんの少しの明るい光です。

あとは、死を選ぶとこの体が滅びます。滅ぼすくらいなら、誰かのために使った方がよほどよいです。
使命感に燃えたりはしませんが、困っている人を少しでも救えるのなら。救える手段を自ら捨てることはないのかな、なんてね。考えてしまいます。

きちん、きちんと毎日を生きていくとと。
死ぬときに心残りがないように生き続けること。
これが、三十代半ばから後半に入った私、ひとりぼっちの私の『死ぬための準備』です。
ささやかだし、大したことないですね。

こんなとこに載せる話じゃなかったけど、誰かに聞いてもらいたい私のヒトリゴトでした。
退院して私は自分の生活を取戻しだした。
通院は続けていて仕事はまだ始めていないけど、やりたいことがやれる毎日。
そんな中、入院中に仲良くしていた方が、気がついたら痴呆が出だしてしまった。
私が入院中にその方は病室が変わり、その危険は肌で感じ取っていた。
だからできる限り部屋を訪れて話し相手となり、防御しようとしていた。
通院して会える時は必ず会って話していた。けど。
通院しても、その方は透析もあり、すれ違いで会えない日々が続いていた。
今日、気がついたら、ぼーっとして意識が濁ったような話し方をする時間があった。
看護師さんに「痴呆が進んでますから無理です!」と、あっさり言われる場面もあった。
半月前まで、あんなに状況が分かる方だったのに。
自分の無力さ、とりかえしがつかない状況に涙が出た。
家族だったら、もう少し介入して側にいられたのにな。
しょせん他人です。
家族の手が少なくても私は手出しできない。

退院して数週間。
リハビリは続く。
会社にはまだ行けない。

快気祝いを届けるため、入院中に何度も病室に来てくださった会社の大先輩(♀)のお宅を訪問した。

大先輩は、私の姿を見てぽろぽろ涙をこぼした。
病院での痛々しい姿から、きちんと身支度した姿に変わった私。
大先輩は心から私の容態を心配してくださっていたのだ。
元気になったことを心から喜び、安堵してくださっていた。

自分は愛情表現が分からないから・・と病室を何度も訪れたことを『過ぎたのでは』と反省していられて。
私は何とありがたいことだろう、何ともったいないことだろう、と、思うと同時に
身の丈に余る愛情を感じて、内心、たじろいでしまった。
こんな私も肉親の愛に縁がなく、愛情を受けることに慣れていない。

大先輩と私は似た者同士なのかな。

このような方をきちんと大切に生きていこう。