黒肥地のフルーティロードから少し入った高台に上相良氏の山城であった鍋城址がありますが
この高台には平安時代から長運寺が建てられていたそうです。
しかし住職が放火(1367年)寺院は全焼。小川に移し(1383年)長円寺と改められました。
鍋城内には西光寺を建立(1460年)しましたが、のちに廃寺となり長円寺に仏堂・厨子を移転。
長円寺は現在長運寺跡薬師堂として地域の人に祀られています。

入り口には小さいですが茅葺の山門があります。

茅葺のお堂も山門も今では見る事も少ないですよね。
簡素なお堂で見逃してしまいそうですが貴重なお堂だと思います。
お堂の中には県指定の厨子と薬師如来があります。

立派な厨子の中に、穏やかな顔の薬師如来さまがおられます。

衣が胸のところではだけ、ゆったりとした表現で室町時代に見られ院派仏師の作だそうです。
院派仏師の特徴は右膝の衣が波打っているところと
台座に「やとい柄」というのが見られるそうです。
お堂の中には他に十二神将のうちの何体かありました。
このお堂の床にも中山観音と同じような独楽の跡が見られました。
お堂のすぐ近くに住んでらっしゃる私の弟と同級生の方も参加されていましたので
「ここで遊んだ?」と訊きましたら「よ~う遊んだ。泥だんごば天井に投げて遊んだ!」
と言うので、天井を見ると・・・なるほど
泥だんごの丸い跡がいっぱい付いていました
薬師堂の敷地内には、もう一つ小さなお堂があり中には西光寺の厨子があります。




お堂に祀られているのは、四天王です。
人吉球磨地方には毘沙門天像が多いと言われました。
薬師さまにしても毘沙門天にしても現世利益の信仰が当時流行したのではないかということです。
お寺は絶えても受け継がれ、地域の皆さんが大事に大事にお祀りしておられてきたので
こうして永く残っているんだなぁと篤い信仰心にありがたいものだと感じました。