くまモンが多良木に来た日にブルートレインたらぎのすぐ横のえびす広場では
「伝統芸能まつり」が開催されたのでした。
町内それぞれの臼太鼓踊りや棒踊り、銭太鼓踊り、球磨神楽が一堂に会して見る事ができる
とても素晴らしいお祭りです。
 
このお祭りに先立ち、前日は「歴史回廊 たらぎセミナー」が開催され
臼太鼓踊りなどの民俗芸能のことについて宮崎公立大学 松永 敦先生の講座がありました。
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臼太鼓踊りは球磨郡一帯から宮崎県全域に伝わる太鼓踊りの総称で、
送り盆に舞われる念仏踊りが風流化(笠や飾りをつけて華やかに)したものだそうです。
『打っ立ち晴れ』がするように飾りをつけたものらしいですが、
原型は輪踊りで、新盆を迎えたお家のお墓で舞われていましたが
一方向を見て踊られるものは、人吉城下の人に見せるための芸能の踊りではないかということです。
 
踊りの披露の前に、準備中の石蔵の中も覗いてみました。
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準備中の若いお兄さんの後ろ姿にふらふらと!?ついて行ったのです。
 
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中では臼太鼓、兜がずら~っと並んでいます。
兜の飾りの材質や大きさによって大将とかの位があるようです。
 
さて、伝統芸能まつりでは中原地区の臼太鼓踊りの披露からスタートでしたが
中原地区は太田家住宅もある集落で、幸野溝ができて新田村として一帯が栄えた場所です。
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向こう側にブルートレインが見える中を源平合戦を表現した勇壮な踊りを舞われます。
太鼓踊りは各地域の神社のお祭りの時に奉納される踊りなので良く目にする踊りなのですが、
次に舞われたのが輪踊りでした。
 
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この踊りの時に、確か謡いを唄われたんだったと思いますが
謡いを聴いたのも初めてでした。
初盆を迎えたお家のお墓や庭で輪になって踊られたのではないかと思います。
とても素晴らしい踊りでした。
 
次は大久保地区の銭太鼓踊りです。
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婦人会の方々が竹筒に銭を入れて音が鳴るものをくるくる廻しながら踊られていたものが原型のようです。
今は銭は入っていないと思いますが、何を入れてあるんでしょうね?
 
くまモンの踊りの後は、伏間田地区の太鼓踊りでした。
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各地区の衣装の色、臼太鼓の紐の色などが違っています。
鉦打ちは子どもが担当しますが、中原地区の鉦打ちは紋付き袴の男装束でしたが
伏間田地区は振袖の女装束です。舞うのはどちらも男の子です。
地区によっては男の子が少なくて女の子が舞うのも見た事がありますが
振袖で男の子が着るのは何か由来があるのでしょうか?
球磨村の太鼓踊りでは大人の人が浴衣を着ている写真がありました。
 
棒踊りや神楽、上槻木の太鼓踊りの披露もありました。
上槻木の太鼓踊りは、他の町内の太鼓踊りと違って、背負い飾りをつけた宮崎の流れを汲むもので
中秋の名月の日に演じられる十五夜踊りなんだそうです。
町長さんも踊られるという事でしたが、残念ながら用事があったので見る事ができませんでした。
 
現在多良木町では太鼓踊りが5つ残っているようですが、
踊り手が少なくなって、とうとう廃れてしまった地区もあります。
 
セミナーで松永先生がおっしゃったことで、
高齢者、古老の文化力を引き継いでいく事で、福祉・介護の形も変わるんではないか?
伝統芸能を残すことは、若い人も残ることになり、披露する場があることが大切である。
また、若い人が残るかどうかには電車などの公共交通機関があるかどうかもポイントであると言われました。
 
伝統芸能を通しての地域振興、交通機関、それから高齢者の福祉の形など
活用し伝承されるべき「むら」の在り方など考えさせるべきものがたくさんあり
一堂に会しての伝統芸能まつりはそれぞれの地区の励みにもなり
伝承していくためにとても有意義な素晴らしい発表の場だったと思います。
 
p.s.多良木町のHPに伝統芸能まつりの様子が載せられていました。