くま川鉄道が百太郎溝に掛かる橋は「百太郎橋梁」であると
くま川鉄道の方から教えてもらいましたが、橋梁にも名前が書いてあったという情報も
球磨川の汽笛♪さまhttp://58654.269g.net/
から教えていただきました。
くま川鉄道の方から教えてもらいましたが、橋梁にも名前が書いてあったという情報も
球磨川の汽笛♪さまhttp://58654.269g.net/
から教えていただきました。
裏も表も、上も下も見たはずだったのに・・・と何処に書いてあるのか確かめに行ってきました。
橋梁をくぐって、振り向いたところ。あ~!ありました。見たつもりでしたが見逃していたようです。


右端ではなく、川側の左端のプレートを見ていました。
百太郎橋梁とちゃんとかいてあります。
12㍍もあるんですね。通る時は一瞬でしょうから、
くま川鉄道の人は3㍍くらいですよ、と言っておられました。
橋梁のすぐ上の踏切から見ると、確かに短く感じます。

東多良木駅から来た列車のすぐ下に白く見える板の部分が橋梁です。
あら、この列車、後方が「くま」の「白くま」でした。

国道219号線の陸橋部分に向かって進んで新鶴羽駅に向かっています。
橋梁をくぐって、振り向いたところ。あ~!ありました。見たつもりでしたが見逃していたようです。


右端ではなく、川側の左端のプレートを見ていました。
百太郎橋梁とちゃんとかいてあります。
12㍍もあるんですね。通る時は一瞬でしょうから、
くま川鉄道の人は3㍍くらいですよ、と言っておられました。
橋梁のすぐ上の踏切から見ると、確かに短く感じます。

東多良木駅から来た列車のすぐ下に白く見える板の部分が橋梁です。
あら、この列車、後方が「くま」の「白くま」でした。

国道219号線の陸橋部分に向かって進んで新鶴羽駅に向かっています。
下から見ると長~く見えます。(別の時に撮ったものです。)


新鶴羽駅から東多良木駅へ向かう上りの列車です。
下から見上げると大きいですね。
橋梁の名前が何処に書いてあるのか判ったので、他の橋梁名もよ~く見てみることにします。


新鶴羽駅から東多良木駅へ向かう上りの列車です。
下から見上げると大きいですね。
橋梁の名前が何処に書いてあるのか判ったので、他の橋梁名もよ~く見てみることにします。
ところで、百太郎「溝」というので細い溝と汽笛♪さまも想像されていたということです。
小さい頃から「百太郎」と呼んでいて、私も「川」だと思っていました。
小中学校にプールがなかった頃は、この川で水泳の授業もありましたし、
夏休みもこの川で水遊びを楽しみました。
現在の百太郎の取り入れ口を紹介します。

堰の上の球磨川です。右側が百太郎公園になります。

そして、現在の堰を上流から見たところで、左端にあるのが百太郎溝への取り入れ口です。

取り入れ口を裏から見たところです。ここから百太郎溝が取り入れられます。

そして綿々と錦町原田川まで続くのです。

小さい頃から「百太郎」と呼んでいて、私も「川」だと思っていました。
小中学校にプールがなかった頃は、この川で水泳の授業もありましたし、
夏休みもこの川で水遊びを楽しみました。
現在の百太郎の取り入れ口を紹介します。

堰の上の球磨川です。右側が百太郎公園になります。

そして、現在の堰を上流から見たところで、左端にあるのが百太郎溝への取り入れ口です。

取り入れ口を裏から見たところです。ここから百太郎溝が取り入れられます。

そして綿々と錦町原田川まで続くのです。

人柱に立った百太郎さんのおかげで、完成したという伝説が残る灌漑用水「百太郎溝」。
農業用に作られたこの溝ではありますが、農業用のみならず、
取り入れ口が多良木町にあり、百太郎伝説により付近の住民に親しまれている「川」だと思います。
農業用に作られたこの溝ではありますが、農業用のみならず、
取り入れ口が多良木町にあり、百太郎伝説により付近の住民に親しまれている「川」だと思います。