頼景館跡の次は、県道沿いの青蓮寺に到着です。
http://blogs.yahoo.co.jp/usapi4423jp/MYBLOG/yblog.html?fid=0&m=lc&sk=0&sv=%C0%C4%CF%A1%BB%FB
1295年に三代頼宗が頼景とその夫人青蓮尼の菩提に創建しました。
裏手に紅梅が咲いていました。

70人の大所帯なのでお堂に入るのも時間がかかるので、
その間にとっくり型のお墓「のんべえ墓」を見に行きました。

案内してくれたのは同級生です。私達が中学生の時にできたそうで、噂を聴いて観に来たそうです。
「よ~知っとんね~。」「遊んでばっかりおったでじゃろ。」
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1295年に三代頼宗が頼景とその夫人青蓮尼の菩提に創建しました。
裏手に紅梅が咲いていました。

70人の大所帯なのでお堂に入るのも時間がかかるので、
その間にとっくり型のお墓「のんべえ墓」を見に行きました。

案内してくれたのは同級生です。私達が中学生の時にできたそうで、噂を聴いて観に来たそうです。
「よ~知っとんね~。」「遊んでばっかりおったでじゃろ。」
さてお堂に入ると、有木先生の話が始まっていました。後ろから阿弥陀さまを覗くと
その厳かで静謐な様子に思わずはっと息を呑む美しさです。

脇侍の観音菩薩、勢至菩薩も優しいお顔です。

観音菩薩は蓮台を持ち、今まさにお迎えに来られて、さあどうぞと身をかがめておられます。
亡くなられた人をお浄土にお連れしてくださいと赤い糸を阿弥陀さまと小指に結ぶ所もあるそうです。
三十三間堂の仏像も造った鎌倉時代院派の仏師法印院玄の作です。
その厳かで静謐な様子に思わずはっと息を呑む美しさです。

脇侍の観音菩薩、勢至菩薩も優しいお顔です。

観音菩薩は蓮台を持ち、今まさにお迎えに来られて、さあどうぞと身をかがめておられます。
亡くなられた人をお浄土にお連れしてくださいと赤い糸を阿弥陀さまと小指に結ぶ所もあるそうです。
三十三間堂の仏像も造った鎌倉時代院派の仏師法印院玄の作です。
鎌倉後期に造られた155センチの大きな地蔵菩薩像も奉られています。

上を見ると、優美な曲線の海老虹梁も見え、とても綺麗です。

お堂の床には、子供たちが独楽を回して遊んだ跡が残っています。

裏手には古塔碑群があります。

初代頼景(蓮寂)のお墓の地輪には梵字の横に「蓮寂」と掘ってあるのがかすかに判りました。


さて次は大久保阿弥陀堂です。

小さな阿弥陀堂ですので、外から拝みます。

なかなか立派な賀吽坊の作の仏像です。
1559年に起きた「獺野原(うそんばる)合戦」で戦死した400人の13回忌の供養に建てられたお堂です。
近くにはお殿様が通ったとされる殿様道もあり、いわば当時のメインストリートだそうです。

上を見ると、優美な曲線の海老虹梁も見え、とても綺麗です。

お堂の床には、子供たちが独楽を回して遊んだ跡が残っています。

裏手には古塔碑群があります。

初代頼景(蓮寂)のお墓の地輪には梵字の横に「蓮寂」と掘ってあるのがかすかに判りました。


さて次は大久保阿弥陀堂です。

小さな阿弥陀堂ですので、外から拝みます。

なかなか立派な賀吽坊の作の仏像です。
1559年に起きた「獺野原(うそんばる)合戦」で戦死した400人の13回忌の供養に建てられたお堂です。
近くにはお殿様が通ったとされる殿様道もあり、いわば当時のメインストリートだそうです。
次に向かうのは東光寺薬師堂です。

バスから降りると土砂降りでした。
こんな雨の中のお堂も趣きがありますね。

中には平安時代末期と見られる薬師如来、鎌倉時代末期の脇侍の日光・月光菩薩、四天王のうちの二天、
前には一二神将立像、更に、男女神もおられ、とても賑やかです。
近くには岩壁に磨漄梵字が彫られた小高い山が見えます。

冬場は比較的登りやすいそうですが、夏場はマムシに注意だそうで、ちょっと躊躇します。
眺めて、あそこげな、というだけで私は満足です。

バスから降りると土砂降りでした。
こんな雨の中のお堂も趣きがありますね。

中には平安時代末期と見られる薬師如来、鎌倉時代末期の脇侍の日光・月光菩薩、四天王のうちの二天、
前には一二神将立像、更に、男女神もおられ、とても賑やかです。
近くには岩壁に磨漄梵字が彫られた小高い山が見えます。

冬場は比較的登りやすいそうですが、夏場はマムシに注意だそうで、ちょっと躊躇します。
眺めて、あそこげな、というだけで私は満足です。
この大雨の中、「内城(うちじょう)」も回りました。

上相良家9代頼観が城主で、上相良最後の城郭です。
切り立った崖の上にあり、お濠が掘ってあります。
先ほど見た青蓮寺背後の台地の北端に位置するそうです。
ここまでで午前中の見学は終わりですが、全部黒肥地地区でした。

上相良家9代頼観が城主で、上相良最後の城郭です。
切り立った崖の上にあり、お濠が掘ってあります。
先ほど見た青蓮寺背後の台地の北端に位置するそうです。
ここまでで午前中の見学は終わりですが、全部黒肥地地区でした。
これから、昼食を摂るために中原にある太田家住宅に向かいますが
靴の中が濡れたようです。みんなもズボンの膝から下がびっしょり濡れています。
2月とはいえ寒くなくって良かったです。
しかし太田家の座敷に上がるので靴下は脱ぐことになるでしょう。
はい、本日はここまでです。続く。
靴の中が濡れたようです。みんなもズボンの膝から下がびっしょり濡れています。
2月とはいえ寒くなくって良かったです。
しかし太田家の座敷に上がるので靴下は脱ぐことになるでしょう。
はい、本日はここまでです。続く。