歴史回廊セミナー第2回めでした。
今夜の講師は熊本大学文学部附属永青文庫研究センター稲葉継陽先生で
テーマは「戦国時代の相良氏」でした。


戦国時代(16世紀)には日本の歴史を知る上で大きな変化があった重要な時代で
「いえ」制度、「むら」社会(地域自治会)、城と町を中核とした経済単位(地域社会)、
大名家の形成など、現代の原型ができた時代だったそうです。
今夜の講師は熊本大学文学部附属永青文庫研究センター稲葉継陽先生で
テーマは「戦国時代の相良氏」でした。


戦国時代(16世紀)には日本の歴史を知る上で大きな変化があった重要な時代で
「いえ」制度、「むら」社会(地域自治会)、城と町を中核とした経済単位(地域社会)、
大名家の形成など、現代の原型ができた時代だったそうです。
苗字もを持つ事を明治時代に許されたと思われていますが
正式な文書にはないが、実は戦国時代に「いえ」の成立と共に存在したということです。
中国、韓国には姓は存在するが、苗字はない。
日本ではお嫁に行ったらその苗字を名乗り名を替えるが、中国、韓国では姓なので変わらない。
明治時代の戸籍制度の「いえ」に近いもののようです。
正式な文書にはないが、実は戦国時代に「いえ」の成立と共に存在したということです。
中国、韓国には姓は存在するが、苗字はない。
日本ではお嫁に行ったらその苗字を名乗り名を替えるが、中国、韓国では姓なので変わらない。
明治時代の戸籍制度の「いえ」に近いもののようです。
その戦国時代に人吉相良氏は1448年に球磨郡を統一し
1460年に葦北郡を領有、1504年に八代郡も領有し三郡支配する大名家に成長したそうです。
戦国時代の大名家は武士領主たちが結集して領域を支配する集団で
家臣たちの会議が藩主の意思決定に大きく影響し、合議制的性格を持っていたとか。
これが江戸時代になったらと主君が政治を顧みずにいると「お家のため」に家臣が
「主君押し込め」と言って監禁し「お身持ち良ろしからず。改めなさいませ。」と諫言するようになったりするようになったという事です。
1460年に葦北郡を領有、1504年に八代郡も領有し三郡支配する大名家に成長したそうです。
戦国時代の大名家は武士領主たちが結集して領域を支配する集団で
家臣たちの会議が藩主の意思決定に大きく影響し、合議制的性格を持っていたとか。
これが江戸時代になったらと主君が政治を顧みずにいると「お家のため」に家臣が
「主君押し込め」と言って監禁し「お身持ち良ろしからず。改めなさいませ。」と諫言するようになったりするようになったという事です。
その頃の家臣団組織を「衆」といい、球磨衆の中に外城(とじょう)と言われる今の町村合併が目指している枠組みに近いもので、相良家当主に方を立案申請したり、家督相続への関与をしたりと
相良家の意思決定に影響を及ぼしていたようです。
相良家の意思決定に影響を及ぼしていたようです。
戦乱の世ですので「衆」が分裂し1524~26の争乱では当主も殺害されたとか。
1557~59の人吉、多良木の「うそんばる合戦」争乱では8月16日に400人が死亡し、
それを祀った石碑にも古文書と同じ日付で残っているのを講演の前に確認してきたと言われました。
抗議の意思統一の事を「一揆」といい、その集まる場所は人吉では青井大明神、八代では妙見宮
多良木にあってはおそらく王宮神社であったろう、とのこと。
「一揆」を結ぶのは起請文を2通書き、1通を燃やし、煙が天に届くと神様に願いが聴き入れられたとして、その灰を神社のお水に混ぜ、その水を皆で回し飲みをして、結束したということです。
1557~59の人吉、多良木の「うそんばる合戦」争乱では8月16日に400人が死亡し、
それを祀った石碑にも古文書と同じ日付で残っているのを講演の前に確認してきたと言われました。
抗議の意思統一の事を「一揆」といい、その集まる場所は人吉では青井大明神、八代では妙見宮
多良木にあってはおそらく王宮神社であったろう、とのこと。
「一揆」を結ぶのは起請文を2通書き、1通を燃やし、煙が天に届くと神様に願いが聴き入れられたとして、その灰を神社のお水に混ぜ、その水を皆で回し飲みをして、結束したということです。
三郡を支配したと言っても、その目指す拡張方面はバラバラで
球磨衆は鹿児島方面、葦北衆は出水・天草方面、八代衆は熊本方面で
相良氏は八代城に菊池義武を庇護し、豊福城争奪戦を繰り広げ、熊本城を奪取し肥後一国の統治を狙っていたということです。
球磨衆は鹿児島方面、葦北衆は出水・天草方面、八代衆は熊本方面で
相良氏は八代城に菊池義武を庇護し、豊福城争奪戦を繰り広げ、熊本城を奪取し肥後一国の統治を狙っていたということです。
質問コーナーで「衆」のリーダーとはどんな人達だったか?と最年少者の高校2年生のIくんが質問。
このIくんは人吉市から参加していますが、何と息子うさぶーのかつてのクラスメイトなんです。
去年市房山の神社までの散策にもお母さんと参加していました。
「タガメ」などの生物の研究をしていましたが、歴史にも興味あるようです。
何にでも探究心を持ち、前途有望な学者肌の少年です。行く末は学者、研究者でしょう。
学校の勉強だけでなく、いろいろと興味があるものを深く知りたいと見聞きすることこそ
本当の学問といえるでしょう。Iくんは本当に素晴らしいなと思いました。
このIくんは人吉市から参加していますが、何と息子うさぶーのかつてのクラスメイトなんです。
去年市房山の神社までの散策にもお母さんと参加していました。
「タガメ」などの生物の研究をしていましたが、歴史にも興味あるようです。
何にでも探究心を持ち、前途有望な学者肌の少年です。行く末は学者、研究者でしょう。
学校の勉強だけでなく、いろいろと興味があるものを深く知りたいと見聞きすることこそ
本当の学問といえるでしょう。Iくんは本当に素晴らしいなと思いました。
前回の講義では、レベルが高く挫折しそうな感じでしたが
今回のお話では、戦国時代もぐっと身近に感じられ、とても面白かったです。
次回は来週月曜日。来週あたりから仕事が忙しく残業も入るようですので参加できるが微妙ですが
時間の許す限り参加したいと思っています。
今回のお話では、戦国時代もぐっと身近に感じられ、とても面白かったです。
次回は来週月曜日。来週あたりから仕事が忙しく残業も入るようですので参加できるが微妙ですが
時間の許す限り参加したいと思っています。