コロンさんのお母さまに案内していただいた後、
境内に設けられた国宝青井阿蘇神社歴史文化の祭典の桟敷席へ急ぎます。
青井神社の案内をしていただく前にコロンさんから「場所を取っておいた方が良いよ」と言われました。
さっき正面はどちらなのかとお母さまが主催者に尋ね、良い場所はこっち側だと場所を取ったそうです。
ふ~む!とその深い洞察力に感心したところでした。
事前調査が何事にも必要なんですね!
ここが普段からぽ~っとしている私には足りないところなんです。

取っておいた(とっとっと~)その場所には毛布とホッカイロが置いてあります。
夕方5時15分から始まる祭典は盆地特有の冷え込みを配慮されて用意されているのです。
毛布の半分を下に敷き、残りを膝にかけてスタンバイOK!

先程のOさんが見当たらなくなったなと思っていたら
ぎょ、ぎょっ!!!来賓席に座っているではありませんか!
偉い方にお成りなんですね。代理で来られていましたが、
我々下々の者には比べようもなくお高い地位にあらせられるのでありました(何故か大奥ふうに)。
親しくお声掛けして、すっ、すみませんでした!

祭典は「球磨神楽」から始まりました。
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神楽殿でおくんちの時に舞われるお神楽は見た事がありませんでした。
笛太鼓に合わせて舞われるお神楽は、雨乞い祈願で奉納されたものが起源となっているようです。
国の無形民俗文化財にしていされている球磨神楽は白装束に羽根飾りを被り静かに幽玄に舞われます。

次は「鬼木臼太鼓踊り」です。
鉦打ちを従えて勇壮な兜を被った太鼓が入場します。
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人吉球磨地方の神社のお祭りの時にそれぞれの太鼓踊りが奉納されますが
頭の偵察の様子など源平合戦を表しているようです。
鉦は小学生の男の子が務めます(多良木では女装でしかも少子化なのか女の子が務めていました)。
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祭りの前には、毎晩この太鼓踊りを練習する太鼓と鉦の音が遅くまで聴こえてきます。
中学3年生の時の文化祭で、男の子がこの太鼓踊りを体育館で舞った事は語り草で
当時の先生方は同窓会の時には必ずその話をされます。
体育館で響き渡る太鼓と鉦の音は腹に、いや心に響き渡る素晴らしいものでした。
各地域で受け継がれてきた臼太鼓踊りは熊本県指定無形民俗文化財となっています。

次に演じられるのは「西間建築踊り」です。
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三味線、鐘、太鼓のお囃子に合わせて大工さんが大工道具を使って家屋建築をされるのを
ユーモラスに表現されています。
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棟梁、鋸、かんな、のみ、金槌、左官など七つ道具を使って腰の振りなど、しなが良いです。
ユーモラスな動きに笑いを誘っていました。
(追記:棟梁役の人何処かで見たなぁ…と思っていたら、肥薩線100年記念行事の日に西間下町の鼓笛隊の先頭で旗を持ってらした人ではないかと思うのですが。どうでせう?)

ラストは「球磨の六調子」です。
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唄の歌詞に合わせて、物語り風に踊られます。
昔球磨焼酎のTVCMで、一人で踊られる腰の据わった正調球磨の六調子踊りを見る事が出来ました。
近年は「KUMAKOI六調子」としてアレンジされ、お祭りで各団体の若い人にも踊られますが
今夜は正調です。
最後に六調子音頭を輪になって、お客さんも飛び入りで踊りました。
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六調子音頭は、盆踊りや人吉球磨郡内の小中高の運動会の全校踊りとして必ず踊られるものですから
人吉球磨の出身者は踊れるものです。
私も桟敷席の上から大人しく眺めていましたが、
身体が勝手に動くというかリズムをとって気持ちは一緒に踊っていました。
歌詞には城下町人吉の情景や人情、風土が唄いこまれ、暖かい人情を実感していただいたことでしょう。

こうして第1部が終了しました。
第2部はシンポジュームが行われるようでしたが、
息子うさぶーを迎えに行って帰らなければならなかったので
名残惜しかったのですが、コロンさん、お母さま、それからOさんに暇乞いをして帰ってきました。
この催しは大半が九州各地からのモニターさんが参加されていたのですが、
どんな事を感じられたのか主催者の「九州さがらヒストリア」ならずともとても気になるところです。