日曜日に雨が降ってから寒さが一気に進みました。
昨晩は風も強く、雪でも降るんじゃないの~?と言っていたら阿蘇では本当に雪が降ったそうです!
紅葉も一気に彩りを増した事でしょう。

紅葉狩りにと乗り込んだいさぶろう・しんぺい号は、矢岳駅へと進んでいきます。
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小学校の秋の遠足や高校のピクニックで矢岳牧場に行った時に降り立った懐かしい木造の駅舎です。
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ここはSL人吉号が第1回めの定年を終え展示されていた場所です。
現在はD51のみが展示されています。
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SL人吉号をこの矢岳駅に里帰りさせたいものですが、山の勾配がきつく無理だそうですが
ディーゼル車で牽引等で補助したらできるのではないかと署名活動を行うとの話も耳にしました。
ぜひ実現しD51と再会させてみたいと想うのは私だけではないと思います。
更に故郷くまがわ鉄道(旧湯前線)も走ってもらいたいです。

矢岳駅は肥薩線の中で一番標高が高く、宮崎県境ににある駅です。
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駅の近くにうっすらと紅葉が始まっていました。
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矢岳駅の先に最長の矢岳第1トンネルがありますが、
トンネルには「いさぶろう・しんぺい号」の由来となった
肥薩線開通工事当時の逓信大臣・山縣伊三郎と鉄道院総裁・後藤新平の筆による石額が見られます。
矢岳側に伊三郎書「天険若夷」天険、夷(い)の若(ごと)し(天下の険しい難所を平地のようにした)真幸側に新平書「引重致遠」重きを引きいて遠きに致(ち)す(重い物を引いて遠くへ至ることが出来る)とあります。
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明治38年に着手された人吉~吉松間の工事は難航を極め、
明治42年11月21日矢岳第1トンネルが開通し青森~鹿児島間を結ぶ日本縦貫鉄道が完成しました。
肥薩線はその日から今年で100年を迎えます。
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矢岳トンネルを抜けると、列車は日本三大車窓を見るため山の上で停まります。
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この日は霞んでいて、霧島の山々もシルエットにしか見えませんでした。
晴れていれば遠く桜島も右手奥に見えるそうです。
おそらく冬の晴れた日にはよく見えるのではないかと思います。
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川と橋と街並みを見たらえびの市京町あたりが見えるようです。
さらに列車は真幸駅へと進んで行きます。