相良観音めぐりも続きます。
人吉城址を横に見て、錦町に向かうはずでしたが
途中、この辺にもあったはず、と廻ってみました。
二番札所中尾観音です。
人吉城の裏手からも行けるようですが、
私達は高速道路や、肥薩線沿いの波床公民館の方から行ってみました。
竹林の中の急な坂で母の足を気遣いながらも、ゆっくりと進みます。
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登りきるとうっそうとした木立の中にお堂がありました。
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近くに「源兵衛さん」の看板があり、何だろうと行ってみました。
相良家の墓地の先に幕末の修験者であり、学者でもある平川源兵衛が祀られていました。
一つだけ願いを叶えてくれると云われ、受験の時期には合格祈願のお参りが増えるそうです。

さて、母が一番行きたかったのは、錦町の新宮司六観音。
黄檗(おうばく)宗新宮寺の境内にあるのですが、またまた急な階段。
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こんな階段上がって行ったっけ?と二人とも記憶がおぼろです。
六体の大きな観音さまがずらりとガラス越しに並んでいました。
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靴を脱いでお堂に上がるようになっていましたが
あれ~、土間で靴のまま入っていなかったかな?
15年前に行ったっきりなので記憶違いでしょうか。
次々と巡礼服に身を包み、杖をついた参拝者が来られます。

新宮司六観音を後にして、母とリフレッシュを兼ねてお買い物。
しばし足の痛みも忘れ、物色・・・。

さあ、国道219号線を帰る前に、もう一箇所。
第三十一番札所土屋観音です。
総合グラウンド脇を左折してしばらく行くと見えてきました。
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ここは少しだけ階段があり、上がってみるとお堂の中には、観音さまの絵が飾ってありました。
・・・えっ?
お接待の奥さんに訊ねると、数年前に盗まれ、見つからないそうです。
地域の人たちが大切に守って祀られている観音さんを盗む輩がいるなんて
「罰(ばち)かぶっばい、ねぇ。」と憤りを通り過ぎて哀しくなります。
お堂は5年前に球磨工業高等学校の伝統建築科の生徒が補修してくれたそうです。
早く観音さんが見つかればいいですね。
そう願いながら、この日は、これで終わりにして帰宅の途に着きました。