あそBOYとして活躍していた蒸気機関車の修復作業が終わり、
ボイラーの火入れ式が行われたそうです。
「SL人吉号」と生まれ変わって、来年4月から熊本~人吉間を走ることになるそうで
またその雄姿を観る事ができるかと思うと、とても楽しみです。
このSLは、大正11年生まれで、昭和50年の肥薩線を最後に引退したそうなので
うさぴーが高校1年の春休みにクラスで行った矢岳ピクニックの時に乗ったのは
このSLかも?(いえ、大正時代に乗ったわけではありませんので、念のため。)
小学6年生の学年お別れ遠足でも矢岳に行きました。
矢岳駅で降りて、比較的なだらかな丘を登り、矢岳高原に着くと
そこでお弁当を広げて、その後は急斜面での草スキーに興じたものです。
SLに乗って窓を開けて車窓を楽しんでいると、
「トンネルがあるから窓を閉めて!」と誰かの声。
・・・何???とそのままにしていたら
煙が窓から入ってきて「うっへ~!」慌てて窓を閉めたものです。
いつも乗るディーゼル車より、車内がクラシックな印象でした。
63年には「SLあそBOY」として阿蘇を走っていましたが、
老朽化により17年間で運転を終了していたそうです。
高校1年のピクニックの時には、淡い想い出があります。
その当事憧れていたIくんも一緒でした。
Iくんは文学青年で、詩をよく書いていました。
その上、スポーツマンで、成績も上位でした。
もちろんカッコ良かったんです。
クラスで一番仲の良かった女の子も、実はIくんが好きという事を知って
控えめなうさぴーは、自分の胸の中だけに留めておこう、と
想っているだけ、見つめているだけでした。
何故か、私たちのグループと一緒に登ってくれ
途中私の水筒を持ってあげる、とIくんが声を掛けてくれたのに
友達に気兼ねして、「重くないし、いいよ」と断ってしまったのです。
「・・・ああ、持ってもらえばよかった!何で断ったの?私のバカ!」と
すごく落ち込みながら歩いて行ったのを覚えています。
2年になる時にクラス替えで別のクラスになり、
それからの接点はありませんでしたが、
高校3年間、ずっと片想いのままで終わってしまいました。
SLといえば、そんな事を想い出してしまひます。
来春は、胸に染みる汽笛を聴きに行きたいと思います。
ボイラーの火入れ式が行われたそうです。
「SL人吉号」と生まれ変わって、来年4月から熊本~人吉間を走ることになるそうで
またその雄姿を観る事ができるかと思うと、とても楽しみです。
このSLは、大正11年生まれで、昭和50年の肥薩線を最後に引退したそうなので
うさぴーが高校1年の春休みにクラスで行った矢岳ピクニックの時に乗ったのは
このSLかも?(いえ、大正時代に乗ったわけではありませんので、念のため。)
小学6年生の学年お別れ遠足でも矢岳に行きました。
矢岳駅で降りて、比較的なだらかな丘を登り、矢岳高原に着くと
そこでお弁当を広げて、その後は急斜面での草スキーに興じたものです。
SLに乗って窓を開けて車窓を楽しんでいると、
「トンネルがあるから窓を閉めて!」と誰かの声。
・・・何???とそのままにしていたら
煙が窓から入ってきて「うっへ~!」慌てて窓を閉めたものです。
いつも乗るディーゼル車より、車内がクラシックな印象でした。
63年には「SLあそBOY」として阿蘇を走っていましたが、
老朽化により17年間で運転を終了していたそうです。
高校1年のピクニックの時には、淡い想い出があります。
その当事憧れていたIくんも一緒でした。
Iくんは文学青年で、詩をよく書いていました。
その上、スポーツマンで、成績も上位でした。
もちろんカッコ良かったんです。
クラスで一番仲の良かった女の子も、実はIくんが好きという事を知って
控えめなうさぴーは、自分の胸の中だけに留めておこう、と
想っているだけ、見つめているだけでした。
何故か、私たちのグループと一緒に登ってくれ
途中私の水筒を持ってあげる、とIくんが声を掛けてくれたのに
友達に気兼ねして、「重くないし、いいよ」と断ってしまったのです。
「・・・ああ、持ってもらえばよかった!何で断ったの?私のバカ!」と
すごく落ち込みながら歩いて行ったのを覚えています。
2年になる時にクラス替えで別のクラスになり、
それからの接点はありませんでしたが、
高校3年間、ずっと片想いのままで終わってしまいました。
SLといえば、そんな事を想い出してしまひます。
来春は、胸に染みる汽笛を聴きに行きたいと思います。