おはようございます
案の定、今夜も目が覚めちゃいましたw
今日、3/11 あの悪魔のような地震から
丸5年が過ぎました
昨晩、寝る前に、東北に住む知人からメールを頂き
この日が来ると、怖くて寝れない。とありました
私は、地震研究もしていたので、一般の方よりは鈍いのかな
そりゃ あの日、あの時 多少なりとも恐怖はありました
丁度電車に乗っていて、駅に停車中揺れ始めたんですが
本当に、電車が脱線横転するんじゃないか?と思うほど
揺れました
ドアが開いていたので、隣りに座る見知らぬ女性が
電車から飛び出そうとしたのを制止したのを覚えてます
電車は鉄の箱ですが、ホームは落下物などあり危険ですよね
ふと、初めて直面する大地震に研究者として悪い癖がw
先ほどの女性に座っているよう念を押し、私はホームへ降りました
ホームに立ち、揺れの方向、大きさなどを体感し
震源地は何処か? 避難すべきか? など探っていました
すると、目の前にある看板を止めているボルトが切れ
ピン! ピン! と飛んで行くww
あんなの当たったら、ただじゃすまないww
研究所で過去の記録された地震を再現してるのとは
大違いな現象がありました
研究所では、その揺れを再現することはあっても
現物建物が壊れていく瞬間など見れません
試験的な建物を使って揺することはあっても
現物の兆候を見るのは初めて
慌てて電車内に戻り、避難したわけですが
ふと見ると、斜め前に外人さん
その外人さん、驚きと笑いが一緒なんですね
声もなく口が開き、目が点になってる
外人にとっては地震など、ほぼ無縁でしょうから
驚かれたと思います
3度の大きな揺れの後、車内放送があり
・停電になったこと
・停電すると、電車のドアは閉まって閉じ込められること
・駅員が避難場所誘導を始めたこと
この3点を放送していました
電車って、電気が止まるとドアが閉まってしまうのね
初めて知りました
広域避難場所に向かう途中
・信号機が止まり、渋滞している道路
・自動販売機が停止していること
・商店も停電となり、店じまいをしていること
・空は東西に割れたような雲
避難後30分ほどして・・・
急激な気圧変化があったのでしょう
突然、突風が数回吹き荒れ、余震が続きます
空を見上げると、太い飛行機雲のような
真っ黒い雲が筋状に伸びてきて
いきなり、雪を降らしてきた
これ、横浜市内での体験です
広域避難場所って名ばかりで
ただ広いだけ
雨風を凌ぐものなど、何もない
このあたり どうなんでしょ
災害から逃れても、身体を保護する手段がない
このあと、近隣の美術館の方が来て
指定避難場所ではないが、雨風だけは凌げる という理由で
開放して下さった
美術館の職員の方々、自宅や家族が心配だろうに
帰宅せず、避難した100人ほどの方々に
夜が明けるまで 出来る限りのことをして下さった
停電なので、海中電灯をかき集め、情報収集と館内放送
たぶん近くの食料品加工会社へ連絡し、
暖かいおにぎりと味噌汁まで手配して下さった
そう・・私も帰宅難民になったのです
翌朝、動き始めた電車で、早朝の横浜駅へ移動するも
その先のJRが動いていない
西口の通路はダンボールを敷き、そこで寝ている人が
延々と続く
こんな光景は初めて見た
しかし、あれだけの大きな揺れにも関わらず
壊れた建物など見かけないが 1箇所だけ
西口商店街の某大型スーパー近隣のアスファルトが
割れていたが、単に道路と建物基礎の間が割れたに過ぎない
横浜でも震度5~6を記録しているハズだった
やはり、日本の耐震技術は凄い
後になって、西新宿の高層ビル郡の揺れ
横浜ランドマークタワーの揺れを動画で見たが
思わずニヤリとしてしまう結果だった
西新宿は兎も角、横浜ランドマークの動きは
計算通りだった
計算による論理値と実際の災害に大きなズレがなく
作れてしまう事に 改めて驚いてみた
いくら、耐震設計!と言っても、すべて理論です
実際に、今回のような大きな地震に遭遇しないと
わからないこともあります
と・・・・今回は マジメに書いてみました
さて・・・寝ましょうかね
時刻は 4:30
最後に
地震を止めることは出来ません
しかし
地震に備える事は出来ます
現状では、日本中すべてが いつ地震が発生しても
おかしくない状況です
東海、東南海、南海が騒がれていますが
いまや日本中どこでも、地震発生の兆候があります
それが火山性、大陸プレートであれ、起こりうる状況です
そのカギを握るのは、太陽の活動・・
長くなりそうなので またの機会に
おやすみなさい