幸せとは何かを改めて考えたことはなかった

ご飯が美味しい、布団が気持ちいい、風が気持ちいい

そんな瞬間には、幸せだなぁと感じていたことはある

時には人に嫉妬してしんどいこともあった

私は彼とずっと一緒にはいられないが、
仕事のパートナー女史はいつも一緒にいられていいなとか。
パートナー女史は誕生日お祝いしてもらうのに、
私の誕生日はお祝いしてくれないとか。

あれしてくれない
これしてくれない
して欲しい
して欲しい


今日久しぶりに
長らく逢えていない彼氏と
次に逢う予定をlineでやり取りした
その時、自分の顔が弛んでいて
心がぽかぽかしていることに
改めて気づいた

幸せって何かをして貰うとかの行為じゃなくて
こんな風に自分がほわ〜んってなっている
その状態のことかもなとはっとした

取りとめもなく浮かんでくることを書いてみる


幼い頃からの心の傷も

愛する人との辛さや悲しみも

自分に起こる全てのことは

自分を愛するために起きていると気づく


幼い頃は自分を後回しにして親の顔色を窺わなければ生きていけなかった

大人になってもその癖は抜けなかったけど

そうやって自分を差し出して削って生きてきたことで

その反対側にある自分を一番に愛することを

誰よりも感じられるのではないか

光を手に入れるにはその反対側を地獄に刺さなければならない

と何かで読んだことがある

まさに究極の辛さの反対側を最期に味わうまさにその時


「人は愛されるために生まれてきた」


そんなキラキラした言葉が全く信じられないで生きてきた


「人は自分を愛するために生まれてきた」


これが真実なのかなと思う


自分を削って差し出す愛情は依存であり見返りを求める

自分を愛して愛して愛し抜いて溢れ出る愛情でしか他人を愛することはできない


1月の半ば珍しい曜日に逢えた

穏やかな時間を過ごした最後に

御仁が何気なく放った一言に

私の心が折れた


その場では堪えて1週間ため込んだ結果

Line で嫌を伝えることを決意

そして二人は炎上

「もう逢えません」と私

「わかった」「一応、理由を聞かせて」と御仁


2日後に長文を送った


「今まで辛い思いさせてゴメン」「でも理由がわかって良かった」と御仁

「あなたの気持ちを改めて聞けてよかった」と私


初めて本音を言えた気がした

真剣に向かいたいくらい大好きなだけ


急に泣けてきた