新市街。ヨーロッパみたいな感じ。こっちは一気に近代化。


彼らをに意識に深く刻んだのは、

ポーランドのクラクフ。負の遺産である、あの場所でのことだった。

ガス室のあった場所で、国旗を背にかけ輪になって泣いている人たち。

その人こそが彼らだった。


私たちはちょうど、日本人唯一の案内人である中谷さんのお話を聴きながら進んでいた。

彼はそっと教えてくれた、彼らがイスラエルの人たちだよ、と。

それから、彼らは忘れられない人たちになった。



でも、本当はもっと前から。

小学校の時にアンネの日記の漫画を読んだ。

その漫画は優秀だった。
隠れ家を楽しんでいる様子から、収容所に連れていかれるまで、

彼女の気持ちなど、本当に同じ気持ちになれるような漫画だった。

なので、なぜかアンネが他人には思えないような気がしていた。アンネがとても好きだった。

アウシュビッツの事はその頃から知っていた。

けれど私の中で、アンネとイスラエルの人がユダヤという言葉で結びついたのは、

実際にクラクフへ行ったあの時だった。


新市街、イスラエルの人たちの市場。
{930FF7BE-F19E-4B8F-83A9-D5DDAC449F5B}
パンが美味しかった!
{BBFA55E1-8C6C-4EC0-9904-964842A92F88}
新市街のイスラエルの人たちの市場。(ipod)

市場であった葉巻おじさん。かっこいい!って言ったら撮影用にカッコつけてくれた、ノリよし!


…という訳で、

わたしなりに複雑な思いを抱えてここへ来た。



イスラエルに行って帰ってきた後も…結局、イマイチ分からないままだった。
分からないままだったなぁ。
…っていうのはね、


関わったユダヤの人が少なすぎた。


イブ爺のとこに来てた、80歳のユダヤのおばあさん。
死海で写真撮ろうぜーっつって言ってきたチャラいけど人懐っこいイスラエルのお兄さん、
あとは、市場のおっちゃん。…それ位だ。

この人たち…普通~の人たちだった。(上記写真)
ちゃんと関わってる感触があった。

どうやら、ユダヤの人たちにも違い?ってのがあるらしい。

普通の?ユダヤ人のひとたち、
それから超正統派と呼ばれる人たち。

彼らは私にとっては、まったく謎の人たちだった。
みんな黒づくめで同じ格好をしている。なんか目も合わせてくれないぞ…


相手にとっても、あたしなんぞきっと謎に違いないが。
…むしろ、
気にすらもされてないのかもしれない。

それで考えた末、違いを排除しようとしなければ、まぁOKなんじゃないかと思った。
私の理解としては限界だった。

…結局、こう思わなきゃいけないほど感触が掴めなかった
ぼけー
分からないから、違和感はすごいし、
どんな顔して、どんな態度で、どんな心持ちで居ればいいのか、なんか全部が迷った。
完全にアウェーだった。なんか異様な違和感だった。(どっちみち他国なんだけど…汗今までにない感じだった。)


嘆きの壁に祈っている人たち。
正装。ずっと昔からこの格好なのかな、確かに畏怖っちゅーか、凄みを感じる。

金曜日。帽子がいつもより気合いはいってる!

ちびっこはどこも変わらん、登るよね、こういうのあれば♪


それでも、
嘆きの壁の広場や、新市街でぼーっと眺めていると、
家族連れで笑ってるとこも見られる。
そういうのを見ると安心する。

(私から見て)妙なカッコしてるけど、
「なんだ同じだなぁー」と、思う。


分かったことは、分からないってのは怖いんだな、って事。
分からないってのは心を閉ざしたくなるって事。

普通のユダヤの人たちは、今まで出会った人たちと変わらなかったって事。

超正統派の人たちと、まったく関われなかったんだな。って事。見てただけだった。
けど、きっと強引に関わればいいってもんでもなくって、難しいなって思ったって事。


クラクフで見た彼らや、アンネや、
今回知った彼ら。
なんだか更に混乱してしまった。

混乱したままにしておこう。スッキリしなくてもいい。
分からない事が分かった、スタートには立った。



女性側から。お祈りしている姿はどの宗教も圧倒される。

手。壁の隙間に何かはさんでいた。

金曜の夜。今までにないくらい本気。気合い入りまくってた。
女性側はみんな歌ったりダンスしたりしていた。
嘆きの壁だけど、なんか嘆いてなかった!…