将棋女流タイトル8冠のうち6冠を保持する福間香奈6冠の発言が話題になっています。ことの発端は、将棋連盟が作った新しい規定。「タイトル戦の日程に出産予定日の6週間前から産後8週間までの期間が一部でも重なる場合は、対局者を変更する」という規定です。これに対して、福間6冠が「妊娠か将棋かどちらかを選ばなければいけない」「第二子は無理だと絶望的な気持ちに」「人間の尊厳にかかわる」といった発言をし、「妊娠・出産と将棋を指すことが両立してできるような制度」になるよう、規定の見直しを求めたとのことです。このことに関する私の意見を書きます。
私は福間6冠の全面擁護はしかねます。しかしながら、将棋連盟の決定過程には大きな問題があると思います。福間6冠の要望が公表されると、いったん規定を作っておきながら、「専門家の見解等を参考に」「より柔軟に当事者の意思に沿った対応が行える仕組みを検討している」というコメントを発表しました。う~ん、「検討している」なら、新規定を先に発表するべきではありませんでした。
まず前提条件ですが、出産等による棋士の不利益をできるだけ回避するように努めるのは当然のことです。これは大前提。一方で、将棋(や囲碁)のタイトル戦は年間のスケジュールがあり、日程の変更は容易ではありません。また、タイトルに挑戦しようとする棋士たちの中に出産にかかわる人はいないのか、それをコントロールして棋戦に備えている人はいないのか、タイトル保持者の事情だけでタイトル戦の時期を動かしていいのか、といった問題が連鎖して出てきます。となると、福間6冠の要望をできるだけ叶えたいと願いながらも、実務的な問題や公平性の観点から、この問題の解決策は容易に見つからないのです。
こうした難題に取り組む場合、組織にとってより重要なのは、「結論」に至る「過程」です。私が所属する組織であれば、おおかたの納得のいくメンバーで協議体を作り、そこで作った原案(場合によっては複数の案)を提示して、その後にパブリックコメント期間を設け、意見の集約を時間をかけておこなっていくことでしょう。そもそも福間6冠の意見は重要ですが、その福間6冠と戦う立場の女流棋士たちの意見はどうなのか。また、棋戦を運営するスポンサーや新聞社の意見はどうなのか。そういう意見集約の過程(手続き)を経ることなしに新しい規定を策定してしまったところに、今回の大きな問題があると私は思います。言い換えれば、「将棋連盟VS里見6冠」のような形になってしまうこと自体が組織としての問題だということです。
この件についての将棋ファンのコメントを見ると、福間6冠に共感しつつも、「日程をタイトル保持者の都合で変更するのは難しい」「妊娠中はいったんタイトルを返上し、復帰後にタイトル挑戦権(スーパーシード権)を与えたらどうか」「暫定王者制度を作るのが落としどころか」といった意見が多く見られます。私もそのあたりが妥当なように思います。
関連する別の件ですが、将棋連盟は過去に「AIの不正使用」を理由に棋士のタイトル戦出場をとりやめさせました。そのときにも思いましたが、人を処分・断罪するのには絶対ともいえるような万全の証拠固めが必要です。ところがこの件は、将棋連盟が結局「AIの不正使用」を証明することができず、タイトル戦出場をやめさせられた棋士に対して、将棋連盟が慰謝料を支払うことで和解するに至りました(金額非公表)。それと今回の出産に関する新規定とに共通しているのは、過程を軽視して先に結論を出してしまうということです。
私は福間6冠の要望をすべて叶えるのは難しいと思っています。しかしながら、いきなり「出産予定日前後14週間とタイトル戦が重なったら出場棋士交代(つまり出場権を剥奪される)」となったら、「はい、わかりました」といえるはずがありません。将棋連盟には「結論に至るまでの過程を重視する」姿勢をもっと見せてほしいと感じました。
将棋のことばかり書きましたが、実は囲碁の日本棋院にも同様の懸念を感じることがありました。日本棋院の経営が危機的な状況にあることは周知の事実です。そこで日本棋院は棋士の新規採用数を減らす決定をし、公表しました。日本棋院の経営になんらかの強い対策をとらなければいけないことは誰もが認めるところですが、いきなり「棋士採用数の削減」が発表されたように感じられました。そして、「現在の所属棋士の削減が先にではないか」「将棋には引退制度があるのに囲碁は本人任せ」「棋士志望者の夢を奪うことは囲碁界の未来を狭めることだ」といった多方面からの反発が聞こえてきます。この件も前述のように、過程をもっと重視した意思決定の手順がほしかったと思います。現状のままでは数年後に日本棋院が通常の運転資金すら確保できなくなる、ということが発表されています。それなら複数の財政再建策を提示して棋士、スポンサー、一般ファンから広く意見聴取をおこなったり、それ以外の再建アイデアを一般公募したり、といった手順をとってほしかったと思います。
将棋と囲碁では事情が大きく異なり、財政的には囲碁界の方がはるかに深刻な危機に直面しています。しかし、どちらもファンあっての業界です。結論に至る「過程」を大切にし、広く意見を聴取するような姿勢を持ってほしいと切に願います。
※このブログはできるだけ週1回(なるべく土曜日)の更新を心がけています。
(12月16日追記)
私がこのブログを書いた3日後になって、将棋連盟から発表がありました。妊娠中の対局が不戦敗になる規定を削除し、新規定に関する検討委員会を立ち上げるそうです。う~ん、だから書いたじゃないですか。発表してから指摘を受けて変更するのではなく、結論を出す前に広く意見を聴取するのが、開かれた組織のあり方だと私は思います。
