血の上の教会 | LEOの散策記

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血の上の教会とは農奴解放令(1861年)を出した「解放皇帝」アレクサンドル2世が、1881年3月1日、この地で暗殺されたことに由来する。建物は1907年に完成した。ソ連時代はジャガイモの倉庫として利用され「ポテトの上の教会」と呼ばれていたようです。この教会はモスクワの前出の「聖ワシリー大聖堂」をモデルとしています。中世ロシアの伝統的な建築様式で「世界一美しい教会」として世界遺産に登録されています。ネフスキー大通りからグリボエードフ運河に沿って歩くとすぐ前方
に確認することが出来ます。


運河沿いを歩いて来ると非対称に見えますが隣の公園側からの望むとシメントリーであることが判ります。