石井ポッケランⅡ世のお話
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社交辞令のお話。

私は、社交辞令というのがよくわからない。


「今度、食事にでも行きましょう」と言われたとする。

心からそう思って言ってくれているのか、

その場の挨拶みたいうなものなのか、区別が出来ないのだ。

実際、「あー、じゃ、いつにしましょうか?」と返して困らせたこともある。


判断の基準は、どこにあるのだろう。


一緒に出かけた知人は、訪問先で「また、いつでも遊びに来てね」と言われ、

「ホントに来てもいいんですか?社交辞令だったらそう言って下さいね。

 私、そういうのわからないので・・・」と答えた。

隣で聞いていた私はぎょっとしたものだが、

聞かれたほうは気を悪くするわけでもなく、「ホントに。また来て。」と言い、

知人も嬉しそうに「はい。」とうなずいていた。


これは知人のキャラクターだから許されたのであって、

他の人がやると「空気の読めない失礼なヤツ」ということになりかねない。

面と向かって「社交辞令ですか?」なんて聞かれたら、

相手は「そんなことないです」と答えるしかない。


結局の所、判断の基準は謎のままである。

「欲しがりません、勝つまでは。」のお話。

私はあまり食べ物にはこだわらないタイプ。

おいしいものに出会えば「幸せー」とは思うけれど、

基本的にはお腹がいっぱいになればそれでいい。

ご飯に味噌汁だけでも文句は言わない。


対してダンナはまずいものを食べるくらいなら空腹でいいという。

びっくり発言だ。他に食べ物が無い場合でも、このようなことを言うのだろうか。

「甘い物はおかずにならない」などと、かぼちゃの煮物に文句をつける。

そうやってどんどんはじいていき、

結果的に「おかずが足りない」などと言ったりする。


一体、なにごとか。

世の中には食べ物がなくて餓死する子供もいるというのに。


「毎日、まめ・いも・かぼちゃでも、食べ物があっただけ幸せだった」ってばあちゃんは言ってた。

今の日本人は、平和ボケしすぎだ。

世界で何があっても「日本じゃなくてよかった」みたいなリアクションだし。


話が大きくなりかけた。

要は、我が家でそんな贅沢は許しませんよ、ということだ。

一汁三菜。充分ではないか。

それに、かぼちゃの煮物が甘いわけではない。

かぼちゃそのものが甘いのだ。

我慢して食べるように。

選挙のお話。

かつて無い盛り上がりを見せた、今回の総選挙。

どの候補者もみんな必死だ。

新聞で見たが、街頭演説中の候補者のマイクを

「うるさいから」と言う理由で奪い取ったおじさんが逮捕されたらしい。あっぱれ。


「日本を良くしたい」

その気持ちは良くわかる。

主張に耳を傾ける気持ちもある。

でも、住宅街をひたすらに名前を連呼しつつグルグル廻ることに何の意味があるのか。

「落ちてしまえばただの人なの。お願い、私に投票して!」と聞こえる。そんなつもりはないだろうが。

あれだけ叫ばれれば名前は覚える。

残念なことに「こいつには絶対投票しない」と言う形で。


あと、投票所。

私の住んでいる地域は車じゃないと行けない場所だった。

行ってみれば車は満車。駐車待ちの車は長蛇の列。

投票率が低いのにも納得する。

これほどの時代だ。

将来的にコンビニ投票やらデジタル投票・・・というのは難しいのだろうか。


今の日本は本当に危ないと思う。

ダメなところ、おかしなところがたくさんある。

選挙が終わった今、当選した議員の皆さんに期待するしかない。

どうか、街頭演説で見せたあの情熱を持ち続けて欲しい。

秘書給与を流用したり、議会で居眠りしているヒマはないのです。

オープンオフィスの話。

友人の会社で「オープンオフィス」なるものを実施しているらしい。

社員の家族にオフィスを開放し、普段どのように仕事をしているかを知ってもらう・・・ということなのでしょう。


これって、すごく大事なことなんじゃないかと思う。

私の知っている人の中に、毎日残業で深夜に帰宅するダンナ様にキレて離婚した人がいる。

まぁ、他にもいろいろあったんだとは思うが、

彼女が最後に残した言葉は「サラリーマンってわからない!!」だったそう。

社内結婚じゃない限り、相手がどういう環境で働いているのかを確かめることはできない。


大人でさえわからないなら、子供なんてなおさらである。

子供たちにとって親がどういうふうに働いているのかを知るのは重要だ。

私は実家が自営業だったので、働く親の姿を見てきた。

「こうやって稼いだお金で、自分たちは暮らしている。」というのは、小さいころから解っていたこと。

だから今でも父は絶対的な存在だ。


朝スーツを着て出かけて行き、夜遅く帰って来る。

会社で何をしているのかはさっぱりわからない。

「お父さん、どんなことして稼いでいるんだろう?」

「何をしてるかわからないけど、とりあえずお金をもってくるんだからいいや。」

・・・これでは親の尊厳も薄れるというものだ。


世の会社は「オープンオフィス」を広く取り入れるべき。

働いてる親の姿を見せるだけでなく、

「この会社ではこんなことをしてます」みたいな説明もあるといい。

働くとはどういうことか。目で見て初めて感じることも多いだろう。


そうすればきっと、「お父さんのパンツは一緒に洗濯しないで!」なるんていう娘は、いなくなるはずだ。

号外戦争のお話。

駒大苫小牧が夏の甲子園で二連覇を果たした。

57年ぶりの快挙ということ。素晴しい。


この日、私は仕事で札幌の駅前にいた。

ビルの巨大スクリーンに映し出される甲子園。

道行く人々は足を止め、願いを込めて画面を見つめる。

駅前に響く「あと一球」コール。

空を切るバット、ミットに吸い込まれた白球。

そして歓声に揺れるアルプススタンド。

・・・球児たちの熱い戦いは幕を閉じた。


試合終了から二時間。

駅前の人だかりは消えない。

皆、号外を待っているのだ。

仕事を終えた私は友人と、200人は優に超えるであろう人並みを見守る。


点滅している青信号に駆け込む人を見て、

「あっちで号外が出た!」と勘違いした人が走る。

それを見て、他の200人はなんだかわからないけど走る。

大人200人が、本気のダッシュを繰り返す姿は壮観だ。


人だかりから離れたところで、友人が「私、号外もらったことないかも。」と言った。

「どんなふうに配るの?あそこにいる人は違うの?」

毎日新聞の腕章を付け、号外を抱えたおじさんがポツンと立っていた。

「あー、あれあれ。もらいに行こう!」

あっさり手に入れて振り返る。

地響きを立てて押し寄せる人の群れ。

ちぎれ飛ぶ新聞。

・・・死ぬかと思った。

甲子園にも負けない、熱い熱い戦い。


それにしてもだ。

さっきまで共に優勝を喜び合っていた人たちが、

二時間経てば敵同士。

人間なんてこんなものか。


でも、とりあえずおめでとう、駒大苫小牧。

本当に、感動しました。

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