先日、「一言多いよ」と注意されました。 言われたとき、少し心に引っかかりました。 私は、相手にたくさん説明したいわけではありません。 ただ、その人とお話ししたいのです。 用事があって声をかけて、必要なことを伝える。 そこで終わればいいのだけれど、もう少し話したいと思って、つい一言付け加えてしまう。 相手のことを聞いてみたり、ちょっとした出来事を話してみたり。 私にとっては、人と交わすそんな何気ない言葉も大切なのだと思います。 だから、「一言多い」と注意されたとき、少し寂しい気持ちにもなりました。 私は、人と話すことが好きなのだと思います。 仕事でも、用件だけを伝えて終わるより、その人と少し言葉を交わしたい。 そんな何気ないやり取りから、人とのつながりが生まれるような気がしています。でも、私は人と話すときに、すごく迷うことがあります。 「これを言って、その人にとってよかったのかな?」 と考えてしまうのです。 話す前にも、 「今、話しかけても大丈夫かな?」 「これは言ってもいいのかな?」 と迷う。 そして話したあとにも、 「あれは言ってよかったのかな?」 「余計なことだったかな?」 と考える。 人とお話ししたい。でも、相手の負担にはなりたくない。 その間で、私はすごく迷います。 今回「一言多い」と注意されたことで、その迷いがさらに大きくなったところもありました。 「やっぱり話さないほうがいいのかな」 そんなふうにも考えました。 でも、だからといって、 「もう余計なことは話さないようにしよう」 とは思いたくありません。 それでは、人と話すこと自体が怖くなってしまいそうだからです。 私はこれからも、人とお話ししたい。何気ない会話を楽しみたいし、人とのつながりも大切にしたい。 ただ、今回のことから、もう一つ考えるようになりました。 私は話したいと思っているけれど、 相手は今、話せる状態なのかな? ということです。 相手が忙しく仕事をしているときには、私との会話が嫌なのではなくても、今は話をする余裕がないことが あります。 私がもう少し話したいと思っていても、相手には目の前にやらなくてはいけないことがある。 それは、私への気持ちとは別のことです。 だから、 「話したい」と思う自分の気持ちも大切にしながら、相手の時間も大切にする。 その両方ができたらいいな、と思いました。今、忙しそうかな。 少し話せそうかな。 忙しそうなら、今日は用件だけにしておこう。  そして、またゆっくり話せそうなときに話せばいい。 「今、話さなくてもいい」 そう思えることも、私にとっては大切なのかもしれません。 そしてもう一つ、練習してみたいことがあります。話したあとに、 「言ってよかったかな?」 と何度も考えすぎないことです。 相手のことを考えることは大切です。 でも、相手がどう感じたかを全部自分で考えても、本当のところは分かりません。 「私はあの人と話したかったんだな」 まずは、そんな自分の気持ちを認めてみる。 そのうえで、相手が忙しそうだったなら、 「次はもう少し短くしてみよう」 それくらいでいいのかもしれません。 人と話したいという気持ちは、なくさなくていい。ただ、自分が話したいタイミングと、相手が話せるタイミングは、いつも同じとは限りません。 今回、「一言多い」と注意されたことは、私にとって自分のことを知るきっかけになりました。 私は人と話したい。 でも、その人にとって言ってよかったのか、とても気になる。 だから迷う。 そのどちらも、今の私なのだと思います。 今回の私の「心をゆるめる練習」は、 「今じゃなくてもいい。そして、話したあとに考えすぎなくてもいい」 と思ってみること。 人と話したい気持ちは大切にする。相手の様子も見てみる。 そして、うまくできなかったと感じても、自分を責めすぎない。 そんなふうに、少しずつ人とのちょうどいい関わり方を見つけていきたいと思います。そしてこの先、一つ一つそういう経験を積んで、自分なりの人との関わり方のワザを分かっていって、それを踏まえて、もっと色々な人に会って、色々なお話をしてみたいと思っています。