「前方の空間にひずみが発生」
しかし、マクレガー大尉は冷静さを失ってはいない。
彼は、モニターを見つめながら、淡々と報告した。
「何かがワープ・アウトしてきます。距離は300光秒、質量は・・・」
そこまで言いかけて大尉は固まってしまった。
視線を投げかけたモニター画面上で、その物体についての計算がされているものの、俄かに信じ難い数値が並び始めたのだ。
艦のコンピュータには絶対に狂いはないはずだが・・・これは!
驚きのあまり、声が掠れて思うように出ない。
「おい、どうしたんだ。報告を続けろ」
「質量は・・・きわめて大・・・」
「もっと正確に報告せんか!」
オースティンは苛立ちのあまり、思わず怒鳴ってしまった。
「きわめて大」とは、あまりにアバウトで、何が何だか分らないではないか。
モニターを食い入るように見つめるマクレガー大尉。
・・・モニターに映し出されたこの計算と数値が本当の数字であれば、それはとんでもない悪夢であった。
(まさか、まさか・・・信じられない事だ!!)
何度か咳き込んだ末に、彼は漸く声を張り上げた。
「質量、約40兆トン!戦艦などではありません」
「・・・何だと!?」
今度はオースティンが愕然とする番だった。
質量40兆トン!?
一瞬聞き違えたのかと思ったが、顔面蒼白で首を横に振る大尉の様子に、それが現実だと悟る。
一万隻の戦艦で構成された大艦隊ですら、ここまでの質量は無い・・・最悪だ!
それも、艦隊等の集合体の質量ではなく、たった1つの質量がその数値なのだというのだから・・・。
勿論、愕然としてばかりもいられない。
「艦長!これは、計算間違いなどではありません!」
マクレガーが喉を掘るような声で叫ぶ。
オースティンは僅かな身震いの後、イゼルローンへの緊急報告を指示し、更に命令を下した。
「急速後退しろ!時空震に巻き込まれるぞ!」
一方、戦艦「ヒスパニオラ」の艦橋内でも同様の事が起こっていた。
凄まじい振動で、指揮シートから、思いっきり投げ出されるギブスン。
「・・・・・・つぅ・・・・・・一体何が起こって・・・」
床に強かに打ちつけた側頭部を押さえて立ち上がる。
こちらも、相手の質量に愕然として、イゼルローン要塞へ緊急報告するように指示すると、全艦に急速後退を命じた。
とにかくこの場から急いで“逃げる”しかなかった。
「・・・おい!もっとスピードは出ないのか!」
指揮卓を思いっきり叩いて怒鳴る。
だが、航法士官のベレンジャー中尉が、振り向きながら叫んだ。
「これが、ギリギリなんです、艦長っ!」
全艦、エンジンが許す限りのスピードで、異変の生じつつある宙域から必死に遠ざかろうとした。
逃げるしかなかった・・・それも急いで!
「要塞への報告はどうしたか!」
「・・・か、艦長、妨害電波がひどくて、イゼルローンへ情報が送れません!と・・・とにかく後退しないと!!逃げましょう!」
通信士官のブラウン中尉が、真っ赤な顔で喉を掘るように叫ぶ。
必死に通信網を開こうとしているが、計器類が全く役には立たず、この状況では、通信ポッドを使える訳も無い。
悲痛な表情で計器類と睨めっこするしかなかった。
この背筋が凍るほど恐ろしい状況を作り出したのは、目前に突如現れた、アレのせいに違いない。
ギブスンは「悪夢だ・・・」と呟いた。
スクリーンを睨み付けたオースティンは大声を張り上げた。
「な・・・なんという事だ!」
各艦とも必死にスピードを出しているが、時空震の影響の為か、思ったほどスピードは出ない。
最悪の場合は・・・。
今回の哨戒に懐疑的だった彼の全身の血液を瞬く間に凍らせた。
「とにかく後退しろ!出来るだけ遠くに!」
オースティンは眩暈を覚えていた。
全天スクリーンには同型巡航艦の「グレムリン」、「ワイオミング」等が見えるが、どの艦も動きが鈍い。
・・・彼等にも、無事にこの宙域から脱出してほしくて、彼は心の中で祈った。
突如、艦全体が激しく振動する。
「大丈夫か!?」
オースティンはそう声を発しようとした。
しかし、見えざる手が、心臓を握り潰すかのような激痛が皆の身体を走り、苦痛の為に、悲鳴すら出なかった。
そして、マクレガー大尉の操作卓<コンソール>の隅に危なげに置かれていたカップが床に落下。
それは、異様な音を立てて粉々に砕け散った。
それでも当初の目的・・・哨戒任務を、彼等は忘れた訳ではない。
苦しい息の下でも、決してモニターから目を離す事無く索敵を続け、何とか、命からがら、全艦、危険宙域から脱出したのである。
「ワープ・アウト完了・・・無事成功の模様です、閣下」
空間の歪みが正常値に戻り、参謀長のフーセネガー中将は安堵した表情を浮かべる。
そして、指揮席に座る司令官のケンプ大将を仰ぎ見た。
「敵の哨戒部隊はどうした?」
「・・・撤退した模様ですが」
敵の哨戒艦隊は壊滅させられなかったが、ガイエスグルク要塞は、無事にイゼルローン回廊内へのワープに成功したのだ。
銀河帝国軍は、かつて自分達の前線を守る要であったイゼルローン要塞を自由惑星同盟に奪われ、それを再奪取する為に作戦を練った。
そして、こんなはるばるまで、同じ規模の要塞、ガイエスブルクをワープさせる作戦に出たのである。
シャフト技術大将の考案であり、要塞の外周に12機のワープエンジンを取り付けたのだが、まずは成功と言っても良い。
この要塞の主砲である『ガイエス・ハーケン』は、イゼルローン要塞の主砲の『トゥール・ハンマー』に匹敵するほどの威力を持っており、互角ならば、十分な勝ち目はあるのだ。
攻略戦に参加したのは、司令官のケンプ大将と副司令官のミュラー大将である。
要塞の中に旗艦を収容してワープが出来るのだが、最終のワープの段階で、帝国軍の能力<ちから>を見せる為に、全艦隊を要塞の外側に配置して、要塞ごとワープしたのであった。
現在、ケンプの旗艦の『ヨーツンハイム』の全天スクリーンには、真っ赤な巨大な要塞と、貴下の艦隊、そして、副司令官のミュラー大将の旗艦の『リューベック』と、彼の艦隊とか映し出されていた。
「ふむ・・・小物は取り逃がしたか。奴等も索敵員なら、この事を・・・報告しているだろうな」
「多分、パニックになっている事でしょう。まさか、自分達の鼻先に要塞ごと来るとは考えないでしょうし・・・」
「・・・全くだな」
帝国軍のカール・グスタフ・ケンプ大将は、無事にイぜルローン回廊に入れた事に、まずは満足したようだ。
そして、腕を組んだまま、不敵な笑みを浮かべた。
「閣下、副司令官のミュラー大将閣下からの通信です。・・・スクリーンを切り替えますか?」
脇に控えていた副官のルビッチ大尉から、タイミング良く報告が入り、ケンプは大きく頷いた。
「・・・うむ。繋いでくれ。ワープした事は喜ばしいが、それが最終目標ではないからな。気持ちを切り替えよう・・・」
ケンプは、一瞬、ニヤリとした後で、急いで表情を引き締めた。
「おい!要塞との連絡はついたのか!」
ギブスンの問いかけは何度目か分からなかった。
床に打ち付けた側頭部はまだズキズキと痛むが、痛みなどにかまっていられない状況である。
問われる度に、「ま、まだです!!」と、否定的だったブラウン中尉が嬉々とした声を上げた。
「あ・・・艦長、繋がりました!!」
スクリーンに、イゼルローン要塞のオペレーターが現れる。
ギブスンは何とか息を整えて報告を開始した。
きっと、皆、驚くだろうと思いながら・・・。
「本日、0712<マルナナヒトフタ>、本哨戒部隊は、敵要塞、及び敵の凡そ2万隻の艦隊と接触。・・・ワープアウトして出現した物体は、その形状からして要塞であり、“移動型要塞”と思われます」
「移動要塞だと!?」
「要塞の形状は球体、または、それに属するもの。材質は合金とセラミック。質量は概算で40兆トン」
ギブスンここで大きく息を吸い込んだ。
「直径40キロないし、45キロ。その表面は、要塞全体を覆っている訳ではありませんが、真っ赤な流体金属層で覆われています」
「・・・という事は・・・イゼルローンのような要塞・・・?」
「・・・そうです。詳しい状況はまだ分かりませんが、形状と質量から、イゼルローン級の要塞主砲を持っていると考えられます」
「た・・・大変だ!!すぐに司令官代理に報告する。哨戒部隊もすぐにイゼルローン要塞に帰投の事!!」
「・・・了解」
予想していたオペレーターの狼狽振りを見ながら、ギブスンは溜め息を付いて通信を切った。
「全艦、急速前進!要塞まで逃げるんだ!」
先程同様の猛スピードでイゼルローン要塞を目指した。
この時点では、確かに帝国軍は、同盟軍に衝撃を与える事には成功していた。
ガイエスブルク要塞と遭遇した哨戒部隊の報告は無事に司令部に伝わった。
だが、ヤン不在の時に起こった如何ともしがたいこの事実。
謹厳な参謀長のムライ少将は、「帝国軍は新しい技術を開発させたとみえる」と生真面目に言い、要塞防御指揮官のシェーンコップ少将も腕を組んだ。
しかし、吐き捨てた。
「スケールを大きくしただけのことだろう。それも、どちらかというと、あいた口がふさがらないという類だ」
帝国軍の行動を、馬鹿馬鹿しい見上げた努力と、呆れ顔である。
キャゼルヌは、「意表を突かれたこと、敵の兵力が膨大であること、これは確かだ」と言ったが、「しかし、イゼルローン要塞が現在の同盟軍の要である以上、呆れてばかりもいられない」と困惑気味だ。
第一、ヤンがここに不在なのは事実であって、呼び戻すにしても、ハイネセンからここまでは、実に3、4週間はかかるのだ。
その不在の間、留守番の者達だけで守らねばならず、慌ててばかりもいられず、至急、首都ハイネセンに連絡を取った。
査問会に出席しているヤンの召喚である・・・。
ヤンを無駄にハイネセンへと呼び出しをかけた査問委員達が、要塞の危機に素直に応じてくれれば良いのだが。
「多分、すぐにでも提督を解放するでしょうな。・・・よほどの馬鹿でない限りは。大体、イゼルローンあっての同盟ですからな」
シェーンコップは不機嫌だった。
ヤンを要塞へ送らねばならないのは、軍の上層部だって分かるだろう・・・それでも、開放しなかったら同盟も終わりだな・・・と、キャゼルヌも思った。
キャゼルヌは司令官代理とは言え、自分が「平時」の司令官代理でしかない事を改めて痛感していた。
このままでは、要塞砲同士の撃ち合いになるのは必至であった。
そうなれば、いくら強固なこのイゼルローン要塞とて無傷では済むまい。
そして、次第に現実味を帯びてきたその想像に、皆の背筋が凍り付いた。
イゼルローン要塞は、帝国軍のケンプ提督の目論見通り、上を下への大パニックに陥っていた。
だが、ヤンがハイネセンからイゼルローン要塞に戻って来た時・・・。
まさか、帝国軍が惨敗するとは、ケンプ以下、この時は、帝国軍の幕僚の誰もが、まだ予想だにしていなかった・・・。
THE END
ガイエスブルク要塞と同盟軍の哨戒グループの遭遇です。
今回の主人公はギブスン大佐とオースティン中佐(オリジナル)です。
ギブスン大佐は原作ではJ・ギブスンとあったので、ファーストネームを「ジェラルド」としてみました。
そして、通称は、「ジェイ」。
親友のオースティン中佐は「ウィリアム」にしたので、通称は「ビル」です。
・・・ふふっ!
マイナー・キャラ故のお遊びが出来る訳ですね!
でも、ビルなんて言うと、何だかお気楽なアメリカ映画みたいですが・・・。
あ・・・他に登場するキャラも私のオリジナルです・・・。
今回のは、オリジナルのオンパレードですね・・・それこそ艦名までもが。(ユリシーズ、コルドバ、ヒスパニオラ以外は)
そして、ケンプ艦隊の登場です。
それと、参考になるかと思って見たOVA・・・今回の小説の参考に全くならなかったです。
それよか、逆に腹が立ちました・・・。
だって、OVAで登場する哨戒艦隊ってユリシーズなんだもん!
貴重なギブスン大佐の出番を奪ってしまったのです~!
まぁ、特に重要なセリフがあった訳ではないので、ユリシーズの哨戒って事に変更させられたんだな。
これで、戦艦ヒスパニオラは出番はなくなり、哀れ・・・模型すらありませんです。
ユリシーズのニルソン中佐も好きですが、ギブスン大佐の為に、苦肉の策で艦を故障させちゃいました・・・許せ、ユリシーズよ・・・。
原作だと哨戒部隊は全滅・・・みたいな書かれ方をされてますが、OVAでは、遭遇したユリシーズはしっかりと生き残っていましたので、その部分だけを参考にさせて頂きまして、ギブスン大佐や他のメンバーも、結局、全員を助けてしまいました。
そして、これが、後々、他のお話で生きてきます。(意味深でしょ?でも、たいした話ではないんだな、これがww)
・・・ってな訳で、ギブスン大佐は、「ユリシーズの箱舟大作戦」にちょこっとだけ登場してます。