宇宙暦798年(帝国歴489年)3月9日。
銀河帝国軍の要であり、“難攻不落”と謳われていたイゼルローン要塞を自由同盟軍が陥落させてから約2年。
もしも奪取後、同盟が帝国との間に少しでも早く、穏便に和平交渉でも持ち込んでいたら・・・。
150年の長きにわたって繰り広げられた不毛な戦争の歴史は、少しは違った様相をみせたのだろうか・・・。
鉄壁だと思われていた強固なイゼルローン要塞を陥落させたのは、ヤン・ウェンリーの知略故であった。
ところが、成功した同盟政府と軍の高官達は“すぐにそれを忘れ去って”しまったのである。
恰も、自分達が陥落させたかのように、己を過大評価したのだ。
実際に要塞を陥落させたヤンの苦労を全く思いやる事もせず・・・。
そして、些か調子に乗り過ぎた彼等は、後先考えず、“民主主義”と言う名の正義を振りかざし、専制君主制の圧政から苦しむ銀河帝国の民衆を開放するのだと言う信念の元、銀河帝国領の奥深くへと侵攻を開始したのだった・・・。
だが、当初の思惑とは大きく外れた侵攻作戦は、逆に同盟市民に多大なる犠牲を強いる結果となった。
戦争はタダではない。
度重なる軍備に資金を注ぎ込んだ結果、みるみる内に同盟の国力は弱体化していった。
しかし、表面上は取り立てて変化が無いように見えた。
だから、この上なく性質<タチ>が悪かった。
同盟の危うさにいち早く気付いていたのはヤンや、軍の上層部でも、ごく一部の人間だけだったのである。
ヤンが気を揉む間に、「救国軍事会議」なる軍事クーデターまでもが勃発・・・昨年の話である。
その茶番で、首都ハイネセンの防衛網であった軍事衛星の『処女神<アルテミス>の首飾り』を全壊させる事になったのだった・・・。
首都防衛の要として、ハイネセンを取り囲むように配置してあった、『処女神<アルテミス>の首飾り』と呼ばれる12個の軍事衛星。
この首飾りを完全に破壊してしまったのは、クーデター鎮圧に乗り出したたヤン艦隊であった。
自ら進んで破壊したのでない。
必要に迫られての破壊であるが、12個の防御の攻撃衛星の全てを破壊する必要があったのか・・・と考える者達もいた。
もしや、ヤンは来るべき“ヤン政権樹立”の為に、邪魔な衛星を排したのではないだろうか?
・・・そんな不穏な噂話を、フェザーンからもたらされた同盟政府は、自分達の図星を突かれてひどく慌てた。
一応、“民主主義”を謳っている手前、一軍人が、強大な力を得る事は確かに好ましくはない・・・。
“疑心暗鬼”に陥っていた政府高官や有識者達の連中は、ヤンのこれまでの功績に報いるどころか、“悪い芽”ならば、出来るだけ早めに摘み取ってしまった方が得策だと思い込んだのである。
そして、とうとう、ハイネセンの「政治屋」達が、イゼルローン要塞司令官のヤン提督をハイネセンに緊急の呼び出しをかけた。
大事な時期に司令官を呼び出す・・・。
それは、イゼルローン要塞に赴任する全ての将兵達に、同盟政府への不信感を抱かせるには十分であった。
提督は首都星ハイネセンへの出立に際し、旗艦「ヒューベリオン」ではなく、規模の小さな巡航艦「レダ2」を選んだ。
また、部下達が気を利かせて護衛に付けてくれた10隻の駆逐艦も、ヤンはイゼルローン回廊を出る宙点<ポイント>迄に留めおいた。
ヤンは反逆の意思などない事を、政府に暗に知らせたのである。
ヤンの行為の意味をあとで知ったイゼルローンの将兵達は、ヤンにそこまでさせる同盟政府の馬鹿どもに対して大憤慨してしまった。
大っぴろに口にはしなかったが、政府へ敵意無しと配慮しなければならない提督を不憫に思った。
彼等は政府に対して、ますます不満を募らせていった。
司令官と副官が首都に出向いて不在の間、要塞司令官代理を任されたのはアレックス・キャゼルヌ少将である。
ヤンより6歳年長で、彼が士官学校時代、学校の事務局次長だったデスクワークの達人で、後方勤務のみで将官になった稀有な男である。
要塞防御指揮官のシェーンコップ少将は、ヤンをハイネセンに送り出すのが不本意だったようだ。
その為、自らヤンの護衛に付こうと志願していたが、これはヤンによって止められてしまった。
そして、ヤンから、キャゼルヌの補佐を言い渡される。
ヤンは、この時期に要塞防御指揮官が前線を離れる事を危惧していたである。
4月8日。
哨戒任務中の戦艦「ヒスパニオラ」・・・。
艦長のジェラルド・ギブスン大佐率いる哨戒グループは、数日前から回廊内の哨戒を続けていた。
「全く・・・。ユリシーズのお陰で面倒くさい事になったな・・・」
昨日からの哨戒任務はいつもとは趣が異なっていた。
本来、哨戒に出る筈の戦艦「ユリシ-ズ」を中心にしたグループのアクシデントが原因だった。
グループ内の幾つかの老朽化が進んだ艦で相次いで通信機器が故障し、急遽、それらの整備点検が行われる事になった。
哨戒任務には「通信機器」は必要不可欠。
これらが肝心要の場面で故障したのでは話にならぬ・・・と言う訳だ。
その為、大事を取ってユリシーズ以下、要塞に居残る事になったのだ。
その結果、ユリシーズとの交代の為に要塞に戻って来たギブスン達が続けざまに哨戒任務を言い渡されたのだ。
とんだとばっちりである。
今は、ヤン提督と美人の副官のフレデリカ・グリーンヒル大尉が、共に要塞に不在・・・非常時なのだ、と、上層部から説明を受けた。
それ故、万が一、敵と遭遇した時の事を考えると、哨戒するにしても、緊張の度合いが大き過ぎる。
「今は、手を抜かずに哨戒任務を続ける事が肝心なんだ」
上層部にそう言われたら、従わねばならない。
・・・しかし、続けざまの哨戒任務とは腹立たしい。
(せっかく・・・官舎で両手足を延ばして高いびきで寝られると思ったのに・・・)
ギブスンは憮然とした表情で、指揮下にある巡航艦「コルドバ」に連絡を取った。
巡航艦「コルドバ」の艦長、ウィリアム・オースティン中佐は彼の士官学校時代の同期である。
決して心弱い男ではないのだが、やはり、続けざまの哨戒勤務は身体にこたえるのか、かなり機嫌が悪そうだった。
「・・・大体な、ろくに休憩も取らさないで続けざまに任務か。本当に最悪だな。それに何か嫌な予感がするな・・・」
「・・・おい、弱気な事を言うな。・・・ともかく、仕方ないんだから」
ギブスン大佐は、自分がグループを率いている手前、士気に関わる!と思い、オースティンを宥めすかした。
「分かってる・・・ただ、文句を言わなきゃやってられない気分だ」
「まぁ、気持ちは分かる。俺だって腹が立っている」
ギブスンが腹立たしげに言った為、オースティンは首を竦めた。
彼等は補給と軽い休憩の後、僅か2時間後にはすぐに要塞を後にした。
それにしても、要塞内にヤン提督が不在とは・・・。
たったこれだけの事で、将兵達が不安を口にする。
自分自身も多少の不安を感じながら、ギブスンは、顔を顰<しか>めると大きな息を吐いた。
「それにしても・・・ビルの奴、『嫌な予感がする』とか言っていたな・・・。上の者が不安を口にしては指揮に関わるのに。宇宙に出てまで言ってなきゃいいがな・・・」
艦橋内の指揮シ-トの上。
ギブスンは苦々しく呟いたが、可聴すれすれだった為、幸いにして誰も気付かなかった。
ウィリアム・オースティン中佐は、ギブスン大佐の士官学校での同期である。
普段は豪胆そのものだが、彼が弱気なセリフを吐く時はろくでもない事・・・即ち戦場で危機に瀕するのだ。
尤も、幸いにして戦死だけは免れていたが、2人は今まで、本当に大変な目に遭っていた。
アムリッツァ会戦でもそうだったし。
しかし・・・多分、今までで一番最悪だったのはアスターテ会戦だったんじゃなかろうか?
ともに、第4艦隊所属であった。
多くの戦友がそこを墓場としてしまったのに対して、彼等が何とか生きているのは、エドウィン・フィッシャー提督の幕僚だった事だ。
もしもあの時、パストーレ中将の旗艦「レオニダス」の乗務であったら・・・と思うと、今でも背筋が凍りつく。
確かオースティンはあの時も、ただ1人、戦いに対して懐疑的だった。
「今回は珍しく兵力増強。しかも2倍の兵力だから楽勝だな!」
ギブスンを含めて誰もが楽観的に沸いていた中で、たった1人、オースティンだけが作戦への不安を口にしていたのだ。
・・・理由を聞いたら、「あ~何となくね」ではあったが。
「まさか、今回も・・・」
いや、ただの哨戒任務なのに、後ろ向きな考えなど出来るか・・・と、ギブスンは、慌ててかぶりを振った。
一方、巡航艦「コルドバ」の艦橋。
艦長のオースティン中佐の機嫌は頗る悪い。
今まで、渋々戦場に出た時はろくな事がなかったからだ。
自分は決して気弱な方ではないが、今回の哨戒任務では、何か起こりそうなイヤな予感がしていた。
アスターテ会戦以降、験かつぎの為に伸ばしっ放しにしている髭を無意識のうちに引っ張っていた。
この髭のお陰で、童顔で貫禄のない無い顔が年相応に引き締まって見えるので重宝している。
艦橋内に目を向けると、ベテラン・オペレーターのマクレガー大尉の側に、にきび面の若い士官の姿。
(あぁ、確か新任の・・・バーンズ少尉だったな)
イゼルローン要塞が帝国軍に睨みを効かせている間は、ハイネセンの近くで、タラタラと新兵の訓練が出来る。
同盟軍はアムリッツァでの手痛い敗戦、そして、軍事クーデターの痛手からも殆ど立ち直れていない。
今や、ハイネセンの防衛を担っている第一艦隊以外で、まともな軍形式を保っているのは、イゼルローン要塞と駐留艦隊だけと言っても良い。
そして、バーンズは、ハイネセンでの訓練を終えた後に赴任して来たばかりの新兵だった。
新兵が要塞に赴任して早々に哨戒任務・・・しかも、殆ど休憩も無しに続けざまと来た・・・。
「まさしく、人的不足の現れだな・・・」
オースティンは口の中で小さく呟いた。
ハッキリ言って、何もかもが腹立たしい。
だが、部下に八つ当たりなどもっての外・・・溜め息をついたオースティンはシートから立ち上がった。
「・・・どうだ、何か変化はあるか?」
オースティンは、新任のバーンズに何やら教えているマクレガーに声を掛けた。
何かをして気を紛らわしたかった。
「いえ、艦長。今のところ、何の変化もありません」
明るく答えるマクレガー。
彼のこの明るさに救われた気もするオースティン。
少しだけ笑う事が出来た。
「そうか・・・。しかし、この宙域は狭いようで結構広い。・・・くれぐれも油断だけはするなよ」
「了解」
マクレガー大尉は不意に傍らの少尉に、「哨戒中に変化を見つけたら、まず何をするか?」と聞いた。
シミュレーション用のモニターを前に、緊張しているのか、少尉の声はしどろもどろだった。
「は・・・発見後、直ちに上官への報告、及び、周りに知らせて、艦隊の中での上位艦から、大至急、要塞へ情報を伝えます」
「間違っちゃいないが、まるで教科書どおりだな」
「でも、そう習いましたが・・・」
緊張して声が強張っている少尉。
そばで見ていた、オースティンはこんなに緊張していて大丈夫なのだろうか?と不安に思いながら、指揮シートに戻る。
「お前な・・・ガチガチだぞ?ほら、肩の力を抜けって。お前、今日で任務に就いて1週間だろう?もう、いい加減慣れてもいいんじゃないか?」
「は・・・はい!」
「いいか?敵が近づいている事は、このシミュレーション上では、きっと周りの艦も気付いている筈だ。いちいち、上位艦に連絡している間に戦局が悪くなる事だって有りうる。だから、先に要塞に知らせてもいい。他の艦も連絡するだろうしな。艦長の判断で・・・多分、そうなりますよね?」
指揮シートに座った途端に突然振られたオースティンはさすがに面食らったが、「そうだな・・・」と、僅かに苦笑して頷く。
「・・・で、報告した後、本艦の行動は?」
オースティンは今回の哨戒に当たって、司令官代理のキャゼルヌからの厳命を思い出した。
『敵を発見してもみだりに戦端を開くな。後退してその旨を要塞に知らせればよい』
ヤン提督が不在の今、極力、無益な戦闘は避けるべきだった。
それに、たかだか15隻のこのグループには、火力の強い戦艦はたったの1隻だけ。
それは、士官学校で同期だったのギブスン大佐の「ヒスパニオラ」だけだ。
あとは、巡航艦に駆逐艦。
中には、かなりの老朽艦もあるから、正面からまともにぶつかって勝ち目があるとも思えない。
「・・・後退するしかありません。・・・それも速やかに」
「そうだ。・・・逃げないとな」
「・・・逃げる!?」
驚くバーンズに、マルクレガーは「そう、急いで逃げるんだよ」と笑いかけ、益々バーンズ少尉は目を丸くした。
その様子にオースティンは思わず苦笑した。
それにしても、「後退」ではなく、「逃げる」ときたか・・・。
最近のイゼルローンの将兵達は、「後退」と「逃げる」とを同意語として捕らえている節がある。
こういう事を誰もが平気で口にするようになったのは、多分、ヤン提督の影響だと思われた。
「逃げる」という言葉は、ここでは決して恥ずべき言葉ではない・・・むしろ、その通りになるのは明白だ。
「逃げるなんて言葉、士官学校では習いませんでした」
生真面目に言うバーンズ少尉に、マクレガー大尉は少々呆れる。
だが、すぐに気を取り直した。
「・・・そんなの、どっちだって同じさ。とにかく、俺達は敵を発見したら知らせるのが役目なんだ」
「はい」
「たとえ、敵が戦艦1隻でも戦端は開かない。俺達のすべき事は哨戒任務だし、艦数は象と蟻ほどの大差だ。第一、後方に大艦隊でも控えていたら目も当てられん。状況を的確に判断して要塞に知らせる。そして即、後退。数に関係なく、とにかく後退。・・・急いで逃げる!とね。・・・いいな?」
「はい、了解しました」
どこまでも生真面目なバーンズ少尉だった。
4月8日、9日と、回廊内には何の変化も無かった。
オースティンは、今回の哨戒任務を心配したのは、自分の思い違いだったかもしれない・・・と思い始めた。
連絡を取り合った、戦艦「ヒスパニオラ」のギブスン大佐にも、「何も起こらないな」とからかわれてしまった。
「・・・だけどな、ジェイ。油断大敵だぞ。安心するのは、無事に任務を終えて要塞に辿り着いてからだろうが?」
階級は違っても二人は同期で大親友。
プライベートではお互いに、「ジェイ」、「ビル」と呼び合う仲である。
・・・しかも、この通信は私室にプロテクトをかけて繋いだモノだから、何の気兼ねもいらない。
「・・・まぁな。ビル、確かにその通りだよ」
ギブスンはオースティンと同様に、アスターテ会戦以降以降、伸ばしている髭をゆっくりと撫でた。
童顔ではないが、オースティン同様、貫禄は二倍増しになっている。
二人はエドウィン・フィッシャー少将の信望者だった。
彼のお陰で今の自分達がある・・・と思っている。
アスターテで第4艦隊は見捨てられた・・・と思ったが、当時、准将だったフィッシャーはこう言っていた。
「こうなるとは誰にも予測不可能だ。いいか、生き残った事だけでも良しとしよう。・・・来るのが遅いと、他の艦隊の連中を責めてはいかん」
指揮シートから投げ出された准将閣下は、骨折こそ免れてはいたが全身打撲の大怪我だった。
動くのさえ、かなり辛そうだったけれど、それでも生き残った部下達を叱咤激励し、他の艦を統率し、味方の救援をひたすら待っていた。
閣下が冷静でいてくれたお陰で、多少なりとも第4艦隊の残存部隊は軍としての規律を失う事が無かった・・・と言ってもいい。
会戦の終結後、閣下は暫くは軍入院での療養を余儀なくされていた。
見舞いに行った我々に対して閣下はこう言われた。
「貴官達は軽傷で済んでなりよりだったな。第4艦隊の残存部隊は、正式に新設される第13艦隊に組み込まれる事が決定した。いいか、アスターテの事は過去の事として封印し、これから先の未来だけを見ていけ」
実を言うと、第2艦隊の救援が遅かった事を我々は怒っていた。
しかし、そんな我々を閣下は窘めて下さった。
大怪我の閣下が怒るならともかく、殆ど怪我の無かった我々が怒るのはお門違いもいいところで、准将閣下にそんな事を言わせてしまった自分達を恥じたものだった。
後編に続く。