宇宙暦791年(帝国暦482年)9月・・・。


 この年、士官学校を卒業したマクシミリアン・ルビッチは、難攻不落と謳われている銀河帝国軍最前線の基地のイゼルローン要塞の駐留艦隊に配属になった。
 この翌年、自由惑星同盟と名乗る叛乱軍との第5次イゼルローン要塞攻防戦で善戦し、多くの同僚達が味方の要塞砲の巻き添えになる中、要塞への生還を果たして中尉に昇進した後、首都星のオーディンへ帰還する。
 そして、当事、後方勤務から艦隊司令官に就任したばかりの、エーベルハルト・フォン・フォーゲル中将の副官となったのだった。


 フォーゲル中将は、30代後半で、自身が子爵家の嫡男という身分だった。
 それまで大した実戦経験もない彼が艦隊司令官に抜擢された理由は幾つかあったが、後方勤務が長かった為、子爵家の家名を継ぐのに相応しい役職を・・・と、彼の周りや、勿論、彼自らが求めた為の、超越人事が働いた為であった。
 つまり、将来フォーゲル子爵家を継ぐ為の、明らかな“箔付け”の人事であり、経験も少ないのに艦隊司令官に抜擢されたのだ。
 そこで、実戦経験がある副官が幾人か候補に上がったのだったが、ルビッチが平民にも関わらず選ばれたのは、彼の故郷の惑星に関わりがあった。


 “ディンケルスビュール”と言う名の辺境惑星を治めている領主は、ディ-ゼル男爵であったが、フォーゲル子爵家の親戚であった。
 ルビッチが士官学校に入学する際、辺境故に定期便が無い為、ルビッチは領主を頼った。
 ディンケルスビュールの若者の殆どは懲役制度で軍に入る物が殆どで、士官学校に入る者は珍しかった為に男爵は「見上げた若者だ」と、男爵家の艦がオーディンに行く際に、ルビッチは一緒に乗せてもらったのだった。
 勿論、オーディン到着までその艦の下働きも受け持ったが。
 そして、男爵の紹介状を持って士官学校に入学したのだが、それは平民としては極めて珍しい経歴である。
 そんな経歴があったので、フォーゲルはルビッチを副官に任命したのであった。


 宇宙暦796年(帝国暦487年)2月のアスターテ星域会戦・・・。
 開戦当初、銀河帝国軍の布陣は、自由惑星同盟軍のほぼ半数でしかなかった。
 下手をすれば「戦死」と言う、極めて困難な戦況。
 当初は、フォーゲル中将は撤退を仄めかすシュターデン中将に賛成していたが、結果は大方の予想を覆し、撤退せずに各個撃破の策を打って出た帝国軍の圧勝となった。



 この会戦の総指揮官は大将であるローエングラム伯ラインハルト。
 まだ若い大将の手腕は、他の指揮官達の意表をついていた。
 包囲されているように見えた帝国軍が、まさか各個撃破をしてくると思っていなかった同盟軍の間隙を突いての圧勝。
 ラインハルトは、皇帝フリードリヒ四世の寵愛を受けているグリューネワルト伯爵夫人の弟なので、門閥貴族達からは、「スカートの中の大将」だの「金髪の孺子<こぞう>」だのと揶揄されていたが、とにもかくにも、大将閣下の作戦案が当たって、帝国軍は今のところ・・・勝利していた。
 負け戦を予想していたフォーゲル中将はホッと胸を撫で下ろした。
 そして、中将の厚意で、艦橋の要員全てに白ワインのグラスが手渡された。
 中将はグラスにゆっくりと口を付けた。


 「ところで・・・ルビッチ。卿は我らの勝利を予想していたか?」
 「いえ、全く予想しておりませんでした。ですが、司令官閣下の作戦は、逆転の発想かと思われます。・・・敵の裏をかいたのですから」
 「なるほど、逆転か・・・。鮮やかな手腕であったな。私も・・・姉の寵愛だけで成り上がったのかと思っていたが・・・巷の評価とは少し違うようだな」
 「・・・と言われますと?」
 「卿も知っておろうが、私はこの会戦に合わせて後方勤務から艦隊司令官になった。今回の会戦の後は軍務から退く予定だが・・・。それでな、今回初めて大将閣下の手腕を目にしたのだが、姉の寵愛があるからとの理由だけでこれほど昇進出来る訳が無い。第一、このような意表を突いた指揮となると凡人には考えもつくまい。シュターデンには申し訳ないが、彼は大将憎しで少々頭が固くなっているのではないかと思う。・・・ただ、私自身は大将閣下に闇雲に盲従するつもりもないし、かと言って、あのシュターデンの肩を持つつもりも毛頭ない。・・・故にな、一歩下がって中立の立場でいようと思うのだ。ルビッチ、卿はそれをどう思う?」
 「・・・中立ですか。それが宜しかろうと小官も愚考致します」


 その後、当初の予定通り、フォーゲル中将はすぐに除隊して、家督を継ぎ、フォーゲル子爵として新たな一歩を踏み出す。
 それに伴いルビッチ中尉も子爵の推薦状を得て大尉に昇格・・・晴れて、副官の任を解かれた。
 ・・・その翌年に起こったのが、リップシュタット戦役である。


 当初、ルビッチ大尉は、貴族連合軍の艦隊司令官の1人であるシュターデン中将の副官を拝命した。
 理由は、元フォーゲル中将の副官だったから・・・だった。
 ところが、ルビッチは拝命直後に重度の胃潰瘍となり、軍病院への入院を余儀なくされ、シュターデン中将の副官は、門閥貴族出身の、士官学校を出たばかりの新任士官が受け持つ事となった。


 そして、多くの門閥貴族達はオーディンから脱出し、ブラウンシュヴァイク公の下、ガイエスブルク要塞に終結。
 因みにフォーゲル子爵は、アスターテ会戦でラインハルトの手腕を目にしたばかりだったので、本当に中立を決め込んで、当初はどちらの側にもつかなかった。
 そして、戦役が始まるや否や、いち早くローエングラム陣営に与し、子爵家が取り潰される事を寸でのところで免れた。

 
 一方、病を得たルビッチ大尉は、治療に専念し、リップシュタット戦役当時は軍病院の白い壁の中で生活し、戦役終結と同時に退院した。

 紆余曲折あったが、ルビッチ大尉は、宇宙暦798年(帝国暦489年)1月・・・。
 彼はローエングラム陣営に迎えられ、ケンプ大将の副官となった・・・。







 このところの忙しさは尋常ではない。
 食事、睡眠、トイレ、シャワー等の、『生理的現象』以外は殆ど軍務という忙しさであった。
 何しろ、やるべき事は山積み・・・睡眠もタンクベッドを使用して2時間程度という、ギリギリのラインなのだった。
 オーディンでも要塞の中の作業でも、とにかく、忙しさは激しくなる一方だ。
 まるで戦闘中・・・いや、むしろ、戦闘の方が昂揚感があるだけマシかもしれない。
 食事も「かき込む」という表現がシックリくる凄まじさだ。
 駄な時間を作らない為、味気無い固形食糧を齧りながらの作業等は本当に余裕が無く、なんとも味気ない。
 さすがの私も驚いたが、誰一人文句も言わなかった。


 どんな前線でも、貴族の上官ならこんなに忙しかったらとっくに怒り出し、部下に理不尽な振る舞いをしたりする。
 自分だけでも豪華な食事を要求したり、女を暗黙裡に連れ込んでいたり・・・というのを、私は経験上知っていてた。
 あのフォーゲル中将とて、食事には煩かったし、いつの間に連れ込んだのか、司令官室に金髪美女がいた事もある。
 しかし、ケンプ閣下の場合は、自身も皆と同じ食事をされ、しかも文句を言う事もない。
 それを見て、ルビッチは、今までの上官が如何に傲慢であったかを思い知らされた。



 今年1月のリップシュタット戦役後・・・。
 次がどうなるか不安だった私も、漸く、カール・グスタフ・ケンプ大将閣下の副官を拝命してホッとしていた。

 閣下は艦隊司令官として、統率力も勇気も非凡であり、なおかつ、公正明大な人格者だった。
 考えてみれば、初陣から後、貴族の上官ばかりであった私が、初めて仕える平民出身の将官だった。
 元々、空戦隊の出身で撃墜王だったケンプ大将閣下は、実にさばさばした性格だ。
 暗いところが微塵も無いのも、今までの上官には無かったもので、私にとっては、とても有り難かった。


 さて、ここのところの尋常ではない忙しさの発端は、シャフト技術大将の発案のせいであった。
 彼がローエングラム元帥閣下に提出した作戦案が、とんでもないシロモノだったのである。

 最初、閣下から作戦内容を聞いた時、集められた幕僚の誰もが、あんぐりと口をあけてしまった。
 皆、質<たち>の悪い冗談だと思い、苦笑しかけたほどだ。
 だが、閣下は冗談はお嫌いではないが、このような席で軽口を叩かれるような人では無かった。
 皆、そう理解していたからこそ、「・・・言っておくが、これは冗談ではないのだぞ。それだけは肝に銘じておけ」と閣下が作戦計画書を手にされると、水を打ったように静まり返ったのである。


 リップシュタット戦役の貴族連合軍本拠地だった・・・ガイエスブルク要塞。
 ローエングラム元帥閣下を身を挺して守り、キルヒアイス上級大将が暗殺者の手によって斃れた、血塗られた・・・あの不吉な要塞。
 それを武器として使う案自体は大した事ではない。
 が、元帥閣下はあの要塞を自分の周りから放置したかったのでは?と、私は愚考していた。
 だが、本当のところはどうなのだろう?


 放棄された要塞を修復し、輪状に12個のワープ・エンジンを取り付けて同時作動させる。
 そして、それをイゼルローン要塞の前面にワープさせる・・・。
 要は、イゼルローン要塞が難攻不落の要塞ならば、それに匹敵する要塞を造ればいい。
 しかし、新たに造るよりも、既存の物を再利用する方が得策・・・これが、シャフト技術大将が元帥閣下に提出した作戦案だった。
 ガイエスブルク要塞にも、イゼルローン要塞の要塞主砲「雷神の槌(いかづち)<トゥール・ハンマー>」に匹敵する「ガイエス・ハーケン」という要塞主砲が装備されている。
 要塞対要塞の図式で、叛徒共に占拠されっぱなしになっているイゼルローン要塞を取り戻せば良いのだ。
 しかも敵を動揺させ、これを一気に殲滅出来れば、味方の犠牲も少ない筈だ。
 取り戻したイゼルローン要塞がたとえ使い物にならなくとも、苦労してワープさせてガイエスブルクを、そのままの宙域に、第二のイゼルローンとして登用する事も可能だと思われたのだ。

 実際に、ガイエスブルク要塞主砲、「ガイエス・ハーケン」は強力だった。
 イゼルローン要塞の「雷神の槌(いかづち)<トゥール・ハンマー>」に匹敵する威力を持つ。
 だから、ガイエスブルクをイゼルローンの後釜として、帝国軍の拠点にも出来ると、シャフトは自らの作戦案を元帥閣下に売り込んだのだ・・・。


 元帥閣下は最初は無視しようとしたが、確かに、シャフトの言うように、新しく要塞を造る莫大な費用と時間を大幅に短縮出来るので、確かに利点ではあると思い直し、作戦は実行に移される事になり、我々はその準備で目の回る忙しさなのだった。
 それにしても、何と、荒唐無稽な作戦案であろう!


 そして、この作戦の最高司令官に抜擢されたのはケンプ大将閣下で、副司令官を拝命したのがミュラー大将だった。
 同じ大将の中では席次もミュラー大将は一番年若い。




 「この作戦、本当に大丈夫なのでしょうか・・・」


 不安そうな表情を全身に貼り付けて閣下に質問したのは、参謀長のフーセネガー中将であった。
 幕僚の中でも一番生真面目な中将は、不安な気持ちでいっぱいの、幕僚達の代弁者だった。 


 「卿は相変わらずの心配性だな。まぁ、大丈夫だろう。使えない案なら、シャフトの奴が作戦案を提出した段階で切られている筈だ」
 「・・・それはそうですが・・・」
 「あの元帥閣下が許可されたのだ。それなりの・・・の効果があると思っていいだろう。そう思わないとやってられん。俺はシャフトのヤツは大嫌いだ。尊大で鼻もちがならん奴だからな。だが、この作戦は・・・効果はあると思う・・・それだけは認める」
 「・・・まぁ、多少の効果はあるでしょうが・・・」
 「いいか。敵は、あのヤン・ウェンリーだ。奴は難攻不落のイゼルローンをいとも簡単に落したのだ。それに奴は何を考えているのか・・・それが読めないから腹立たしい。アムリッツァでも、妙な艦隊運動を繰り返したりして・・・あやつにしてやられたではないか!」


 閣下は声を張り上げられて、私達をゆっくりと見られた。
 私達は緊張の中で閣下を見つめる。

 “難攻不落”と言われているイゼルローン要塞が敵の手に陥ちた時は、帝国中がその話題で持ちきりになり、一般の平民までもが「銀河帝国は神聖不可侵ではなかったのか?」と大騒ぎだった。
 あの要塞が陥ちるなど考えてもいなかったし、軍関係者は誰もが死を予感したほど凍りついたものだ。
 そして、アムリッツァ・・・私は幕僚ではなかったが、確かにケンプ艦隊は同盟軍の第13艦隊相手に翻弄されたと聞いている。
 その、第13艦隊の司令官が・・・ヤン・ウェンリーだったのだ。


 「誰もが想像のつかぬ詭計の類はヤンの奴の十八番<おはこ>だから、この際、我々も正攻法に拘らない斬新な作戦が必要なのだ」
 「でも・・・」
 「派手にやるのも1つの手だ。時には目くらましも必要だろう。・・・それとも卿は、正面からあの要塞の再奪還が可能だと思うか?」


 詭計の類が嫌いな閣下が、このような作戦に真剣なのが珍しいのだろう。
 フーセネガー中将は暫く思案していたが、要塞主砲の威力を熟知しているから、溜め息を付いてかぶりを振った。 


 「・・・小官如きの愚頭では全く考えつきません。確かに派手にやるのも手でしょうね・・・」
 「そうだろう?」
 「まさか奴等も、我々が要塞ごとワープすると思わないでしょうし・・・」
 「そう・・・そこだ。そこにやる価値はある訳だ」
 「確かに価値はあります。しかし、ワープが成功すれば・・・の話ですが」


 フーセネガー中将はあくまで慎重だった。
 慎重すぎるぐらいに・・・。


 「まぁ、この作戦自体が、あのシャフトの案なのが引っ掛からないでもないがな・・・。でも、決裁したのは元帥閣下だ。それ故にワープは成功してもらわねばならん。シャフトも成功の算段があるからこそ作戦案を元帥閣下に具申したのだろうしな」
 「閣下・・・」
 「・・・奴等にしても、我々がそこまでやるとは思うまいよ」


 閣下はにやりと笑われた。
 こういう顔をされた時は自信がお有りなのだ。


 「敵がパニックに陥ってくれれば、我々の思惑通りで攻撃も仕掛けやすい」
 「引っ掛かりますかな・・・」
 「幾ら、あのヤン・ウェンリーが凄かろうが、そこまでは予測出来まいよ」
 「はぁ・・・」
 「シャフトの話では、要塞の周りに12個程度の巨大ワープ・エンジンを付けるらしい。これで凄まじい出力が得られるそうだ」
 「・・・12個ですか・・・」
 「要塞を動かす事は理論的には可能らしい。後は指揮官の統率力と、この作戦実施能力だろう」


 閣下は含み笑いを浮かべられた。
 作戦実施能力と統率力ある指揮官・・・。
 なるほど、それなら、閣下にぴったりだ。


 「・・・で、閣下が司令官で、副司令官がミュラー大将閣下なのですね」
 「あぁ、そういう事だ」
 「しかし、これだけ大規模な作戦案。我々でやるのは凄い事ですが・・・」
 「何だ・・・他にも言いたい事がありそうだな、フーセネガー」
 「普通に考えると、ここまで大掛かりな作戦となると、ロイエンタール、ミッターマイヤーの両上級大将に話が行きそうですが・・・」
 フーセネガー中将はそんな事を言って首を捻っていたが、自分の失言に気付かれたのか、慌てて「あ・・・申し訳ございません!」と頭を下げた。
 しかし、閣下はそれを咎め立てなさる事はなかった。
 「・・・そう考えるのも無理はない。しかし、有り難い事に、元帥閣下ご自身のお考えの上でのご指名だったのだ」
 「ご指名・・・」
 「それに上手く行けばお前達も昇進は間違いないぞ。・・・きっと、まとまった休暇だって取れるだろう」


 元帥閣下からの勅命だった事が、閣下には大きな喜びのようだ。
 そう言われて我々幕僚も安堵し、やがて全員に笑みが広がった。
 このところ休暇が全く無かったので、それに反応したのは仕方がない。
 中でも、「休暇」という言葉に、一番、反応を示されたのはフーセネガー中将閣下だった。
 大将閣下より3歳年下の中将閣下は、昨年末に結婚されたそうだ。
 だが、忙し過ぎて、新婚旅行はまだらしい。
 結婚式に列席した幕僚の話では、お相手の女性は、中将閣下より10歳も年下なのだそうだ。
 長い黒髪のエキゾチック美人で、大柄で髭面の中将と並ぶと、まるで「美女と野獣」だそうだ。
 ・・・休暇が出たら、きっと新婚ホヤホヤの奥方と旅行に行くのだろうか・・・。


 恋人どころか、片想いを募らせる相手もいない私には何とも羨ましい話だ。
 しかし、今、私に必要なのは、女性にうつつを抜かす事ではない。
 リップシュタット戦役での、貴族連合軍からの投降者という不本意なレッテル・・・。
 これを拭い去る事の出来る最大の正念場。
 私は、この作戦に賭ける上官に付いて行くしかないのだ。



 ガイエスブルク要塞のワープ実験を前に、大将閣下はオーディンに帰還した。
 経過報告の為に帝国軍最高司令官、ローエングラム元帥閣下の元に出頭した際に、元帥閣下より、たったの半日だけだが、休暇が出されて、大将閣下はご家族に会う為にご自分の官舎に帰られたのだ。


 私は元帥府で地上車<ランド・カー>を借り、降りしきる雨の中、官舎に戻ると言う閣下を送って行ったのだった。




後編に続く。