僕の乗っていた補給艦隊を・・・味方の貴族連合軍の艦隊が攻撃した。
 副盟主のリッテンハイム侯の旗艦「オストマルク」の退路上に、味方の補給艦隊があって、それが邪魔だと言う理由で攻撃したのだ。
 まさか、味方の艦隊から攻撃されるなんて思ってもない所に無数のミサイル。
 しかも統一された艦隊運動の中で発射された訳ではないので、無秩序に発射されたミサイルの前に、補給艦隊は咄嗟には退避も出来ず、集中砲火を浴びて、なすすべもなかった。
 縦横無尽に飛んでくる砲弾の前に、あっという間に壊滅してしまった。


 補給艦デューレン8号の中で辛うじて生き残ったのは、右腕を失ってしまった副長のリンザー大尉と、上等兵待遇でガルミッシュ要塞に配属が決まっていた幼年学校生の僕だけだった。
 僕は軽度の火傷や擦り傷程度の怪我で済んだ。
 それを見たリンザー大尉は、自分の腕の応急手当てが終わった後で、「その程度の怪我で済むとは、本当に卿は運がいいな。もしかしたら、俺は卿のそばにいたのでこの程度で済んだのかもしれん」と笑ってくれて、助けが来るまでの間、泣きそうになる僕の心を癒してくれたのだ。


 何故、僕みたいな子供がガルミッシュ要塞に配属するのかと言うと、そこには父であるモーデル子爵が貴族連合軍の副盟主であるリッテンハイム侯と共にいたからだ。
 僕の父は、侯爵の取り巻きの1人で・・・。
 だから、もうじき13歳・・・まだ12歳だけど・・・の僕はこの宇宙にいると言う訳だった。


 辛うじて助かった僕等を救ってくれたのは、貴族連合軍に相対するローエングラム侯が率いる陣営であり、直接僕達を救ってくれたのは、ローエングラム侯の腹心と言われる、キルヒアイス上級大将の艦隊だった。
 そのキルヒアイス上級大将に僕は呼び出された。



 僕にとっては、実はキルイアイス上級大将は昔からの憧れの存在で・・・。
 だけど、今回の内戦の事を考えると、恐ろしさから、とても上級大将閣下の顔を直視する事が出来なかった。
 まずは極度に緊張していた事、それから、現在の僕の置かれた立場が非常に微妙な事だった。


 僕と一緒に、輸送艦のデューレン8号から救出された、この輸送艦の副長のリンザー大尉は平民だが、僕は・・・幼年学校の生徒である。
 幼年学校の生徒の大半は貴族階級で、ごくたまに平民階級の子もいたけれど、大抵は大貴族の口利きがあったり、軍や貴族にコネのある大企業主の子弟だったりで、何のコネもない平民は幼年学校には入れない。
 そして、僕は上等兵待遇でガルミッシュ要塞に赴任するところだった。
 それだけならば・・・普通は大した事は無い。
 幼年学校の上級生になると、従卒や給仕役で将官の下に奉仕の形で付いたりする事は結構あるのだ。
 それでも、大抵、軍属として赴任する生徒は14歳や、卒業間近の子達ばかりで、まだ13歳にもならない僕が上等兵待遇で・・・というのはかなり異例なのだった。


 今回の内戦の為に、幼年学校生の中から急遽50人程度が上等兵待遇であちこちに赴任させられたのだが、その殆どが門閥系の貴族の子弟であった。
 僕が最年少で、僕の一期上だとリッテンハイム侯の親戚であるミュンスター子爵の息子のカールや、フェザーン駐在大使のレムシャイド伯爵の甥のレオンハルトなどがいたし、それよりも上級生もいた。
 僕はモーデル子爵家の嫡男で、しかも、父はリッテンハイム侯とかなり近しい存在・・・一般的に取り巻きの1人と言われている。
 だから、ミュンスター子爵の息子達とは学年は違うけれど顔を合わす機会は多かったし、誕生パーティー等の時に、ミュンスター家のお屋敷へ招待された事もある。
 ミュンスター子爵にはカールよりも3歳上に姉がいて、リッテンハイム侯の息女のサビーネ様とは仲が良いらしく、侯爵家でのパーティーの話なども聞いた事があった。
 そのパーティーには僕は行かなかったが、父は参加しており、とても壮大なモノだったそうだ。
 とにかく、こんな感じで、この戦役での副盟主であるリッテンハイム侯との繋がりを考えると、現在の僕の立場は非常に微妙で・・・。


 本来なら、その場で銃殺されても仕方が無いのではないか?とさえ思っていた。

 貴族連合軍の中にあっては、リッテンハイム侯と近しい事は垂涎の的で見られるのだが、こんなのは・・・ここでは弊害にしかならない。
 ローエングラム侯の陣営としたら、リッテンハイム侯や僕の父の様な存在は、ハッキリ言って目の上のたんこぶだろう。


 とにかく、僕は恐ろしくて顔を上げる事が出来ない。
 僕は小さな野鼠みたいに縮こまって、ずっと下を俯いているしかなかった。
 膝がガクガクしているのが分かるが・・・震えをどう止めて良いかすら分からなかった。
 思わず息すら止めてしまい、咽そうになって慌てて呼吸を整えたけれど、やはり顔は上げられなかった。


 不意に・・・キルヒアイス上級大将が僕に声を掛けて下さった。
 耳から入って来るのは・・・物腰の柔らかい声だった。


 「先程リンザー大尉から聞いたのですが、君のお父上のモーデル子爵は、副盟主のリッテンハイム侯とはかなり親しいそうですね?」
 「え・・・はい。父は・・・確かにそうです。ですが、僕はその・・・」


 そこまで言って、その後に続く言葉が容易に出て来ない。
 僕は続けて言うべき言葉を飲み込んでしまった。
 不用意な事を言ってはいけない・・・僕は咄嗟に身構えた。
 どうしていいか分からなくて、下ばかり見てしまう・・・。
 緊張して・・・本当にどうしていいか分からない。
 取りあえず、墓穴を掘りたくは無いので黙っているしかなかった。


 「緊張しているのかな?でも、何か言いたい事があるのでしたら、今のうちに言っておいた方がいいですね。それから、ゆっくりと顔を上げて下さい」


 そう言われて僕は飛び上がり、恐る恐る上級大将の顔を見上げた。
 本当に背が高くて・・・真赤な髪の毛・・・。
 そして、僕に向けられた笑み。


 「あの・・・」
 「ここには2人だけしかいないのですから。そう・・・ゆっくりと深呼吸でもしましょうか」
 
 上級大将閣下はにこやかに微笑まれた。
 僕はその言葉を受けて・・・ゆっくりと深呼吸をして・・・そして、閣下に向き合ったのだった。

 僕は上級大将閣下の顔を知っている。
 幼年学校の講堂に飾られている、歴代の首席卒業者、次席卒業者の写真でしか見た事が無かったのだけれど・・・。
 この人は次席卒業者で、ローエングラム侯の片腕であり・・・実を言うと、僕の憧れる人なんだと改めて認識した。


 幼年学校生の中では、ローエングラム侯とキルヒアイス上級大将のどちらも人気が高かったが、僕は平民なのにその優れた才能で今の地位を築いている上級大将の方に、より好感を持っていた。

 そして、あのローエングラム侯の片腕と評される人だから、ちょっと怖い感じの人なのかな?と思っていたのだけど、その声音は優しさに満ち溢れていた。
 そして柔和な顔立ち。
 
 「少しは落ち着いたみたいですね。さて・・・と。君自身は、今回のこの内戦を・・・どのように考えているのかな?」
 「僕は・・・その・・・父とは違います」
 「・・・と言うと?」
 「幼年学校始まって以来の成績を収めていた・・・現在、元帥閣下のローエングラム侯と・・・あの・・・キルヒアイス上級大将閣下は・・・皆の憧れの存在で・・・。えっと・・・僕もその1人でした。ただ・・・家ではそんな事を言う事など全く出来ませんでしたが・・・。もしも・・・僕にこの内戦に際して選択肢があったのなら、元帥閣下の側に付いただろうと思います。これは、命乞いの為に言っているのではなく・・・本心からそう思います。そ・・・それに、皇帝陛下を擁し奉っておられる点で、ローエングラム侯の陣営には大義名分がありますが、貴族連合軍には残念ながらそれがありません・・・」


 僕はそれだけ言って、また下を向いた。
 一気に言ってしまった為に、口の中がすっかり乾いてしまっていた。
 その事はあの航海日誌にも書いていたし・・・上級大将閣下は多分、目を通されているはずだ。
 変な事は口にしていないはず・・・僕はパニックになりかけていた。


 内戦の前に、自分達はどうなるのだろうと、学校の寮内で友人達と話し合っていた事を僕は思い出していた。
 皆・・・それぞれ色々考えていたが、結局・・・親に従うしかなかったのだ。


 「・・・そうですか。憧れなどと言われると恥ずかしいものですが・・・」
 「あ・・・でも、本当に、憧れていて・・・!」
 「分かりました・・・。今後の君の身は引き受けましょう。そして、しかるべき方に預けます。全てこちらで手続きを取りますが、出来るだけの事はしましょう。悪いようにはしないので、全てをこちらに任せてもらえますか?」
 「は、はい!!この身は閣下にお預けします・・・。どうぞ宜しくお願いします」


 僕はゆっくりと頭を下げた。
 普段なら、僕はあまり人に頭を下げない。
 そんな事を言ったら、とても偉そうに聞こえるかもしれないけれど、実際・・・そうだったのだ。
 人に命令する側・・・そういう生活が当たり前だと思っていた。
 そんなの、考えたら・・・思い上がりも甚だしいと思う。

 けれど・・・。
 今はそんな事を言っていられなかったし、多分・・・これからは変わるのだろうと、漠然と考えていた。


 「それから・・・。これから酷な事を伝えなければいけませんが、君のお父上は自害されたそうです」
 「え・・・自害ですか?僕はてっきり、リッテンハイム侯と一緒に・・・」
 「いいえ、自害だそうです。部屋にブラスターと遺書があったそうですが、ご遺体を含めて、それはこちらで処理しますので、君に見せる事は出来ません。遺書には短い一文で、『コンラート。私は不名誉な死を選ぶ』と書かれていたそうです。コンラートというのは君の名前でしょう?」
 「はい、そうです。・・・不名誉・・・父にとっては、不名誉だったかもしれません。良かれと思って、全ての貴族の為になると思い込まれて、リッテンハイム侯のそばに絶えずいた人ですから。父はそういう人でした。・・・だから、耐えられなかったのでしょう、この状況に。もっと早くにこうなるという事に気付くべきだったのに・・・それなのに、父は、父は・・・本当に馬鹿です・・・」


 僕が悔しげにそう言うと、キルヒアイス上級大将は穏やかな口調になった。
 本当に穏やかな人を諭す・・・心に響く声。


 「そんな事を言ってはいけませんね。子爵は君にとっては・・・お父上なのでしょう?調べたところ、たった1人の身内だったとか?息子を置いての死。さぞ、つらい死だったと思いますよ。ですから、亡き人の為に・・・今は黙って祈って・・・喪に服しなさい。いいですね?」


 とても静かな口調で言って下さったので、それを聞いた途端に、ずっと耐えていた僕の緊張の糸はぷっつりと切れてしまった。
 上級大将閣下の前だというのに、涙があとから後から溢れ出て止める事が出来なかった。
 僕は慌てて手で涙を拭う。
 止めようとしても・・・相反するように涙は後から後から流れて来る。


 「泣きたい時には・・・思いっきり泣く事・・・いいですね?」
 「は・・・はい・・・」


 僕はそれだけ言ってしゃくり上げた。
 小刻みに震える身体・・・。
 この震えを僕は止められなかった。
 そんな僕を見かねたのか、上級大将閣下は僕の肩に優しく手を置いて下さった。
 肩に感じる温かな手のぬくもり。
 僕の身体の震えは・・・次第に収まって行った。
 上級大将閣下のお優しさに僕は何とも言えぬ気分になったが、同時に改めて、ますます憧れの存在となって行った。


 「それでは、別室で待っていて下さい」


 これで、上級大将閣下との会見が終わった事を僕は悟り、「ありがとうございました」と、深々と頭を下げてから敬礼をした。
 にこやかな笑みを浮かべて、閣下も返礼して下さった。


 父が亡くなって・・・僕には身内が一人もいなくなった。
 母も母方の親戚も亡くなり、父方の親戚も殆ど亡くなっていて、僕にはこれから頼る人がいない。
 父は、どちらかと言うと身勝手な人だったが、僕にとってはたった1人の身内だった。
 そして、僕は・・・天涯孤独になったのだ。


 爵位がどうなるのとか、資産がどうなるのかとか・・・そんな事を考える余裕もない。
 僕は、上級大将閣下に今後の事をお任せして、オーディンへと引き上げる艦の兵士達に混じる事になった。



 リンザー大尉は、オーディンに帰還後に、本格的な義手の手術をするそうだが、今はまだこの場に残るとの事だった。


 僕は大尉と握手を交わし、「左手で握手をするのは初めてだな・・・卿がその第一号だ」と笑っておられた。
 そして、大尉は左手で敬礼も交わす。
 僕も敬礼を返した。
 そして大尉は笑顔で、「いつかまた・・・お互いに元気な姿で会えるといいな」と言って下さった。


 「はい、その時は・・・大尉の新しい手を見せて頂きますね」


 僕は微笑んだ。

 その僕を見て、「ほう・・・やっと笑えるようになったんだな。最新式の義手を付けてもらう予定だから、きっと驚くぞ」と大尉は言って下さって、僕達は・・・また握手を交わして・・・そして別れたのだった。


 父は「不名誉」だと言ったが、僕はそう思わない。
 きっと・・・これが正しい歴史の流れなんだろう。


 これから僕の行く道には・・・光が満ちていると思いたい。




Das Ende




 100のお題より、「不名誉」です。


 何がどう不名誉なのかを書くべきなのかもしれませんが、モーデル子爵の遺書の中の一文として、その言葉を登場させるだけにとどめました。
 きっと、子爵にとっては、自分がこのような死を遂げなければならない事、リッテンハイム侯が謀殺された事・・・全てが理不尽で不名誉なのでしょう。
 たった1人・・・遺される息子の事を考えなかったのでしょうかね?


 原作には出て来ませんでしたが、キルヒアイスは、コンラート君に面会しているはずです。
 その上で、この子の為人を見て、アンネローゼに預ける気になったのだと思います。


 だってね、幾ら少年とは言え、名門貴族の息子です。
 12歳ならば・・・既に大人と同じような考えをします。
 性格的に、フレーゲル男爵の様な、度し難い性格の持ち主だっている訳ですから、幾ら12歳(もうちょっとで13歳)と言っても、誰かれ構わず助けるなんてあり得ない。
 どうしようもない少年だったら、アンネローゼに預けるなんて・・・恐ろしい。
 何か問題でもあったら大変でしょ?
 それこそ、猛獣や猛禽を世に放つようなモノです。

 彼がありのままを書いた日誌だって目を通しているだろうし、その謙虚な受け答えなどを見て、この子なら大丈夫だと、アンネローゼの元に送ろうと考えたのではないかと。


 ずっと、コンラート君の事を書きたいと思っていたので、カタチに出来て本当に良かったです。

 単体で読んでも話が通じるようには書いたつもりですが、「日誌」と「不名誉」を続けて読んで頂ければより一層深く読めるはずです。

 リンザー大尉との交流もちゃんと書きたかったし。


 実は、リンザー大尉がオーディンに戻って手術して、義手が出来てからの話もあります。
 100のお題に「冷たい手」というのがあって、彼と姉とその娘で構成された話があったりします。

 その話にもほんのちょっとコンラート君が登場します。

 取りあえず、2人のコンラートを描けて本当に良かったです。


 それから、作中に登場したミュンスター子爵の息子やレムシャイド伯の甥ですが、別の作品に登場します。
 ただ、かなりの長編で、それも相当昔に書いた物なので、大幅に手を入れないとアップ出来ません。
 細かい設定も洗い直さないとダメだし。
 実は、ミュンスター子爵の息子のカールは、コンラート君と同じ補給艦隊に配属されましてね。
 乗っている艦は、「パッサウ3号」なんです。
 これでピン!!ときた方は鋭い。
 攻撃された時、1番最初に撃沈したのがこの艦で、原作にはク-リヒ軍曹のエピソードが入っていましたが、カール・フォン・ミュンスターは、この艦に乗っているという設定で書いてましてね。
 そして、この作品よりももっと古い長編があって、こちらも手を入れたいと思ってます。
 ・・・ってか、それをアップしないと、カール君の話をアップ出来ないんですよ、流れから言って。
 あぁ、早く手を入れないとなぁ・・・話が長いならヤなんだけど。


 コンラート君が、キルヒに「パッサウ3号」の事を聞く方向で書いた方がいいかな?とも考えたりしましたが、カールは、リッテンハイム侯の親戚なので、それをさせてしまったら、貴族社会との縁切りにはなりませんので、あえて、「不名誉」では書きませんでした。

 それに、全滅って状況なら、カールは戦死したであろうと、コンラート君自身が気付くはずですし。

 ただ、いつか、カール君の話を早急に何とかして、完全な形でアップしたいです。


 最後に。
 書きながら物凄く緊張しました。

 何故かと言うと、二次小説を結構書いているわりに、ライ&キルを殆ど書いていないし、キルヒアイスに関しては書くのを避けていたと言った方がいいです。

 だから、こんなのキルヒアイスじゃない!!とか、キルヒアイスはこんな事を言わない!!って言われても仕方が無い・・・。
 ただ、キルヒアイスは本当に優しいので、コンラート君にそれが伝わればいいなぁ・・・って。
 手のぬくもりって・・・人の心が分かると思うのね。