治療の為に救急箱を取りに行った際に、一冊の分厚いファイルが足元に落ちている事に僕は気付いた。
 何処かのキャビネットから飛び出したのだろうか・・・青い表紙のファイル。
 僕は何の気なしにそれを拾い上げた。
 辺りは騒然としていて、モノが乱雑に転がっている。


 艦内のあちらこちらに、目を背けたくなるような遺体が幾体も転がっている。
 一歩間違えば・・・僕だってああなっていたのだ。
 それを思った瞬間に身体が小刻みに震え、涙が溢れた。
 だけど、僕も大尉も辛うじて生きている。
 生きているから、もっと生き延びねばならなかった。
 悪いけれど、遺体にかまっている暇はなかった。
 僕は慌てて涙を拭いた。


 救急箱など、この乱雑な艦内の何処にあるのかと思っていたら、壁の中に収まっているので容易く取り出せた。
 大尉曰く、「救急キットは壁の中にあるはずだ。赤十字のしるしが付いている所を強く叩け。そうすりゃ・・・システムに支障が無ければ出て来るから」との事で、思いっきり拳で叩いたら、プシューっと言う音がして、壁が横にスライドして大きな救急箱と担架が出て来た。
 僕は取りあえず救急箱を取り出して抱えると、青いファイルを小脇に挟んだ。


 急いで大尉の所に戻って救急箱をリンザー大尉に手渡した。

 僕は打撲傷と擦過傷と、左腕の肘辺りに軽度の火傷を負ったぐらいで、外用薬を塗れば簡単に治りそうな程度の怪我だった。
 しかし、大尉のそれは僕とは比べ物にならないぐらい重傷だった。


 爆発の時に飛んできた破片で、右腕の肘の下からが、すっぱりと切断されていた。
 破片が高速で飛んで来たので瞬時に切断された為に筋肉が収縮して、出血や痛みが少なかったと大尉は言っているけれど僕には大量出血に見えた。
 こんなに大量の血を見た事が無いので、眩暈を起しそうだったが、僕は大尉の治療を手伝った。


 まず、冷却スプレーで患部の痛覚を麻痺させる。
 それから消毒用アルコールのビンを開けて患部に直接ぶっかけて消毒をする。
 大尉自らそうしたのだが、何とも荒っぽい。
 それから、「ゼリー・パーム」と呼ばれる保護フィルムで患部をピッチリと包み込む。
 そして、僕はそれがはがれ落ちないようにテーピングで固定した。


 「ふう・・・見事に切断されているな。きっとこれからは義手になるのだろうな」
 「・・・あの・・・痛みませんか、大尉?」


 肘から下を失ったのだから、幾ら冷却スプレーで痛覚を麻痺させたと言っても、麻酔ではないから相当痛むのではないかと僕は思った。
 
 だが、大尉は、「大丈夫だ。神経も上手く切断されているし、このスプレーのお陰と、あと、こいつも役に立っている」と、無事だった方の手で、 医療用の保護フィルムを指差した。
 医療用の保護フィルムは、特殊素材で出来ており、患部を保護するだけではなく、痛み止めの機能も兼ね備えているのだという事を、僕はたった今知ったのだった。
 僕はそれでも、痛み止めを飲んだ方がいいかもしれないと、救急箱をあさってみると痛み止めの錠剤の箱が見つかった。
 けれど、錠剤の箱には「水、またはお湯で飲む」と書かれていたので、僕はどうしようか迷った。


 改めて艦内を見渡す。

 色々なモノが転がっていて、足の踏み場もない。
 転がっているモノの中には“物”ではなくて、目を背けたくなるような遺体もあったし、僕はそれらを踏み越えて給湯室に行く勇気は無かった。
 第一、給湯室まで辿りつけたとしても、水やお湯が出るという保証はない。


 「どうした?痛み止めは無いのか?」
 「あ・・・あるにはあるのですが・・・」
 「ん??」
 「あの・・・『水、またはお湯で飲む』と書かれていて・・・。この場には水もお湯もありませんから・・・」


 僕が途方に暮れると、「まぁ・・・水は無いが、これがあるから・・・一応飲んでおくか」と、大尉は医療用のアルコール瓶を取り上げた。

 ワインやビール等の飲料用のアルコールじゃない。

 僕は心底驚いた。


 「え・・・それを飲むんですか!!?」
 「あぁ・・・僅かだが残っているからな。それにこの救急箱には数本入っている」
 「あの・・・変に薬が回ったりしませんか・・・」
 「効き目が早くなるならその方がいい。・・・とにかく飲んでしまおう」


 大尉は、顔色一つ変えずに、医療用のアルコールで痛み止めの錠剤を飲み込んだのだった。



 「われ降伏す。負傷者あり、人道にもとづいて救助されたし」


 救難信号で連絡し、救助隊が来るまでの間には・・・凡そ30分はかかったであろうか。
 その間・・・僕は大尉と他愛無い会話をしていた。


 大尉は、身体に毒なはずがないなどと言って、救急箱に入っていた数本の医療用の消毒アルコールのビンを全て開けて飲んでいる。
 そんな物を飲んで身体は大丈夫なのだろうかと僕を驚かせはしたけれど、大尉は「これを飲んだぐらいでは死なんよ」と全く動じない。
 僕はこの人がいて本当に良かったと思った。
 だって、僕だけではどう対処していいか分からない事も、僕よりも14歳の年長者である彼はデューレン8号の副長だった事もあってか、実に堂々としていて、とても頼もしく、パニックになりそうな僕の心を落ち着かせてくれたのだった。
 僕が大声を上げて叫び出さなかったのは・・・大尉がいてくれたからだった。
 そして、幾ら大人ぶってみたところで、僕はまだ12歳の子供でしかないのだと思い知らされた。
 尤も、あと5日もすれば13歳になるのだけれど。


 「僕・・・自分の事を大人だと思っていました。周りも“子供とは思えないほど大人びている”と言ってくれていたし・・・。だけど、怖くて膝がガクガクするし、何をどうすればいいのかさっぱり分からないし。本当に大尉は凄いと思います。とても落ち着いていて・・・やっぱり、26歳って凄く大人なんですね」


 僕には26歳の大尉がとても大人に見えた。
 だから、素直にそれを言ったつもりだったのだけれど、大尉はおかしそうに笑った。


 「26歳は・・・まだまださ。上の連中には“若造”だの“青二才”と呼ばれるからな。“ひよっこ”扱いされている。俺が落ち着いていられるのは・・・卿がいるからかも知れんぞ?」
 「そうなんですか・・・。でも、やっぱり12歳なんて子供です・・・。大尉が“ひよっこ”なら、僕なんてまだ“卵”ですらないかも・・・。何だか、恥ずかしくなって来ました・・・」
 「そうだな。言っちゃ悪いが、12歳ってのは、俺からすりゃ・・・“坊や”だな」
 「あぁ、だから、さっき、僕が『降伏するんですか?』って聞いた時に、“坊や”と言ったんですね?」
 「あぁ、まぁな・・・」


 どうも、何かしら話でもしていないと間がもたないというか、僕は気が変になりそうだった。
 大尉がそれに付き合ってくれていたお陰で、何とか平常心を保てていた。

 やがて、僕は思い出したように、先程拾って来たファイルを手にしてパラパラと捲った。


 「あ・・・これ・・・」
 「・・・ん、どうしたんだ?」


 僕の呟きに大尉が反応した。
 僕は、急いで大尉にファイルを差し出した。
 差し出されたファイルを目にした大尉は大きな息を吐いた後で、乾いた笑い声を立てた。


 「これは・・・この補給艦デューレン8号の航海日誌だ。全く・・・お笑いだな。皮肉にも・・・こいつは無傷ときたもんだ」
 「えっと・・・航海日誌なんですか・・・あの、これはどうすればいいのでしょうか?」
 「どうすればって・・・こいつの事か?」
 「はい」
 「俺の手はこのとおりだ・・・利き腕を失ってはさすがに字は書けんからな」
 
 僕が戸惑うと、大尉は「あ~・・・そうだな。他に無事な者は殆どいないのだ。それならば、卿が書けばいい。そうだ、そうしろ」
 「え??」
 僕は二の句が継げないほど驚いたが、医療用のアルコールをゴクゴクと水を飲むみたいに豪快に飲みながら、大尉は、「いいか?今日起こった事について、取りあえず何でもいい。卿の思った事を書けばいいさ」と、僅かに笑みを浮かべて言った。
 「はぁ・・・思った事を・・・大尉の意見を書かなくて良いのですか?代筆なら出来ますが・・・」
 「代筆ね・・・それじゃ、卿の意見は書けんだろう?とにかく、書いてみろ。坊やじゃないんだろ?」
 大尉は笑いながら僕の顔を見た。
 僕は恥ずかしさのあまり、「その・・・“坊や”というのは・・・その・・・」と下を向く。
 けれど、大尉の笑顔に僕が気持ち救われたのも事実で、僕は幾分かホッとして日誌に目を落とす。


 「あの・・・でも、僕が書いて・・・その・・・問題はありませんか?」
 「ないね。実際に書けるのは卿だけだろうが?そして、それを今迄敵だった・・・司令官に渡すのさ。あの真赤な戦艦のな。いいか、ありのままを書け。嘘や偽りを書かずにな。実はな、昨日までは・・・そいつは、副長の俺が書いていたのさ」
 「そうだったんですか・・・」
 「特別に俺が許可する。俺の代理で書いてくれ・・・卿の体験した事をありのままに・・・。何もかも、包み隠さず書くんだ。卿が感じた事を正直な気持ちで書けばいい」
 「はい・・・書かせて頂きます」


 僕はゆっくりと頷いて、大尉から借りたペンで、航海日誌に、これまでの経緯を書き始めたのだった。




 救助隊によって助け出された僕と大尉。
 僕等以外にも数人助け出されたけれど、殆どが昏睡状態で、生き延びる確率は極めて低いらしい。
 結局、何とか命を長らえたのは僕等だけだった。


 僕は日誌を書いて・・・今、自分の置かれている状況を初めて客観ししてみた。


 モーデル子爵家。
 これが僕の生まれた家だ。
 僕の家は門閥貴族の一員と言う事になっている。
 今回のリップシュタット盟約で副盟主となられているリッテンハイム侯に倣って、この崇高なる内戦に参加するのだ・・・と父は言っていた。


 父は僕よりも先にガルミッシュ要塞入りをしている。
 僕は・・・幼い頃に母を亡くし、一人っ子なので、父しか身寄りがいない。
 だから、父は僕のガルミッシュ要塞への配属を特別に取り計らってもらえるように、侯爵に希望されたのだ。
 侯爵のそばにいさえすれば、表立って戦いの中に身を置かなくても済む。
 だから安泰だと父は考えていたのだろう。
 僕の父はリッテンハイム侯の取り巻きの1人なので、多分・・・侯爵と一緒にいるはずだった。


 僕が宇宙の片隅で、潰走した侯爵の旗艦の「オストマルク」の砲撃によって殺されかけたと知ったら、僕の父は何と思うのだろう?
 まさか、補給艦隊が・・・味方に壊滅的打撃を蒙るなんて・・・酷い話である。
 父は、跡取りである僕が死んでしまっても、貴族としての誇りを貫いて、貴族連合軍を支持し続けるのだろうか?
 正直言って、僕は貴族連合軍には勝ち目はないような気がして来ていた。


 考えたら、ローエングラム公や、キルヒアイス上級大将は、幼年学校開校以来のずば抜けた成績で卒業している為、幼年学校生にとっては憧れの存在で、かくいう僕だって、あのようになりたいと思っていた。
 本当の事を言うと・・・僕にとって、あの2人は憧れの存在で・・・。


 僕は・・・父のように、貴族だから偉いとか、貴族だから他者を踏みつけても良いとはとても思う事が出来なかったし、少なくとも、まだ幼い皇帝とは言え、先帝の孫に当たる皇帝陛下を擁している点で、ローエングラム公の側に大義名分があるのは・・・明らかだった。

 僕はまだ子供だったから親に従うしかないのだけれど、もし、どちらの側に付くか、僕自身に選択肢があったなら、僕は迷わず・・・ローエングラム公の側に付いただろう。
 それが出来ない歯痒さが・・・悔しくもある。
 僕は父に意見すら出来なかったし、上等兵待遇でガルミッシュ要塞に配属になったのは、僕の父がリッテンハイム侯の取り巻きの1人だったからだ。




 先程の知らせで、ガルミッシュ要塞で爆発が起こったらしい。
 それも、リッテンハイム侯のおられた部屋辺りで凄まじい爆発が起こったという・・・。
 その部屋にいた者は殆ど亡くなったそうなので、父も侯爵と共に亡くなったのだと僕は思った。


 僕の書いた日誌は・・・既に敵の・・・いや、僕達を救ってくれた艦隊の司令官に届けられていた。
 そして、僕は、救助に来てくれた艦隊の司令官が、キルイアイス上級大将だと聞いて、何故か興奮していた。
 あの・・・憧れの、上級大将が僕の書いた拙い日誌を見て下さる。

 僕は今後どうなるか分からないけれど、何か大きな事をやり遂げたような・・・そんな気分になっていた。


 リンザー大尉は、上級大将のところに行ったまま戻らない。
 ほの暗い病院船の船室の中でたった1人・・・僕は不安に駆られる。
 僕の処遇はどうなるのだろう??
 一体これからどうすればいい??
 考えれば考えるほど・・・不安が大きくなっていった。


 やがて、通信が入った。
 大尉からだった。


 大尉曰く、これからキルヒアイス上級大将が僕に会って下さると言う事だった・・・。
 大尉は、「悪い事は言わん。今後の事は上級大将にお任せした方がいい」と。
 僕もそう思った。


 今は不安で不安で、何も考えられないけれど、少しでも光が見える方に進みたい。


 スクリーン越しの大尉に向かって、僕は大きく頷いた。


 「すぐに・・・行きます!」




Das Ende




 100のお題より、「日誌」です。
 
 輸送艦デューレン8号で生き残った、コンラート・リンザー大尉と、コンラート・フォン・モーデル少年。
 原作で、あと5日で13歳になるとの描写でしたので、12歳で戦場に行かされたのですね、若いコンラート君は。
 幼年学校って確か15歳までの少年が通っていたはずなので、こんな年で戦場に行かされるなんて、本当に可哀相です。


 そう言えば、ファーレンハイト提督の旗艦の「アースグリム」に配属されていた彼の従卒の少年も13歳ぐらいでしたね。
 銀河英雄伝説って、子供が極端に出て来ないので、幼年学校だの、士官学校の生徒役に、当時の若手の声優さんを起用してましたね・・・石田彰さんとか。
 エミール・フォン・ゼッレなんかも、置鮎龍太郎さんだったし。


 そう言えば、その当時は一緒に仕事をしていなかったマネージャーさんに「随分若い役をやってたんですね」って言われたと、DVDのインタビューで言ってましたっけ・・・置鮎さん。
 元々、銀河英雄伝説の大ファンだった彼は、夢にまで見ていて、お姉さんに「あんた寝言で何とか艦隊がどうとか言ってたで~!」ってツッコミいれられたそうです・・・オカシイ。
 他の声優さんは、2、3分しか収録されていないインタビューなのに、置鮎さんだけ5分ちょっともあって、どんだけ好きなんだ、銀河英雄伝説!!ってぐらい語ってましたね。
 エミールにキャスティングされて、「あ、名前がある。エミール?あ、皇帝に仕えるんや~!!」ってなったらしいです。


 それはおいといて・・・。
 大尉に坊や呼ばわりされて、自分にはコンラート・フォン・モーデルって立派な名前があるって言い返すくだり。
 あぁ、この子は門閥系の名門貴族の生まれだもんね・・・って思いましたね、率直に。

 そして、どうするか聞かれて、どうしたらいいか分からないって答えるコンラート君。

 人道的に的に救援を求めましたが、味方に攻撃されるなんて、この輸送艦隊の面々は本当に気の毒です。
 原作には敵を救うのが人道なら、味方を殺すのをなんと呼ぶのか?とありますが、やっぱり「殺人」でしょうね。
 戦争とか、戦闘と言うレベル以前の問題です。
 それも、リッテンハイム侯の乗った、旗艦の「オストマルク」の退路上に輸送艦隊があって邪魔だから攻撃したなんて。

 呆れてモノが言えません・・・本当に。


 コンラート君は拾ってくれた艦隊が、キルヒアイス艦隊で良かった・・・これで救われましたよね。
 彼の口利きで、アンネローゼに保護される事になったのだから、キルヒアイスに感謝しなくては・・・。


 この後、キルヒアイスはアンスバッハによって殺されてしまうのですが、コンラート君の話が無ければ、本当にツライわよね、2巻って。

 因みにこの話は・・・地下鉄に乗っている時にテキストメモに打ち込んだモノを元に書き上げた話です。
 何の資料もないまま書いたので、メモを見ながら、原作を開いておかしな所をチェックしながら書きました。

 どうしてもこの2人の絡みを書きたかったので、書けて本当に良かった・・・。


 因みにこのお題は・・・学園関係のお題の中にあったので、多分、日直さんの学級日誌とかで書くのが普通なんだろうけど^^@
 あ・・・でも、何でも良いのですよ、日誌なら。


 そんな訳で、輸送艦デューレン8号の航海日誌の最後のページは、コンラート・フォン・モーデル少年の手により書かれたのでした。