「・・・ふむ。体を鍛えるのはいい事だな・・・。最近運動不足だし、俺も何かやってみるか・・・」


 ある日の夕食後・・・。


 立体テレビ<ソリ・ヴィジョン>で、ボディビルの全国大会を見ていたケンプは溜息混じりに呟いた。
 隣に座ってクッキーを摘みながら、淹れ立てのクリーム・コーヒーを啜っていた妻のイレーネ。


 「あらそう?やっても良いけど・・・ほどほどにして下さいね」


 つまり・・・『やってもいい』と、言葉には出しているけれど、心の中では、さほど賛成していないって事だろう。
 その証拠に、笑顔とはほど遠い顔をしてケンプをチラリと見た。


 「なぁ、俺にもそのクリーム・コーヒーを・・・」
 「ダメよ。あなたはブラックにして下さいね。あなたはクリームだけじゃなくて、お砂糖も大量に入れてしま
うんだもの。だから、クッキーもダメですからね」


 先制パンチ・・・クッキーもダメだと言われて、凹んでしまうケンプ。
 実は・・・夕食を食べたばかりなのだが、かなり腹が減っていた。
 イレーネは、最近、太り気味のケンプの為に、ヘルシーな夕食を用意した。


 野菜サラダに、スズメの涙ほどの肉団子が入ったロールキャベツ。
 それからブロートは、ヘルシーさが売りの「ベーグル」とかいう物で、とにかく・・・量が少なかった。

 食べ慣れない食感で、不思議な形だった・・・。


 思わず抗議しかけたが、イレーネは「あなたの為に特別に、わざわざ用意したのよ?」と涼しい顔だった。
 “特別”だの“わざわざ”だのと言われたら、言い返したくとも言い返せない。

 そして、食後に飲みたい甘いコーヒーもダメだと言われて・・・。
 
 「う・・・そんな。疲れが取れるんだぞ、甘い物は・・・」


 もの欲しそうな表情で訴えるケンプに対してイレーネは、氷のような冷ややかな視線を向けた。

 「ええ、確かにその通りね。疲れている時は甘い物は有効でしょうね。でもね、あなた・・・血色が良くて、とても疲れているようには見ないわ」


 そう言って、イレーネは、自分のコーヒーカップとクッキーの皿を持って、居間を出ると、さっさとキッチンへ行ってしまった。


 「・・・全く、何だと言うんだ・・・」


 立体テレビ<ソリヴィジョン>のスイッチを腹立たしそうに消し、妻の行動にブツブツと呟くケンプ。
 夕食だって量は少ない上に、“特別”だのと言って、何も言い返せなくするし・・・。


 「しかしなぁ・・・ボディ・ビルをしたり、ジム通いをすれば、ダイエットにはなるんだよな・・・」


 ちょっと真剣に考えてみたりするケンプ。
 大昔、付き合い始めた頃だが、痩せている人よりも、筋骨隆々のマッチョ系が好きだとイレーネは言っていた
のを思い出す。
 けれど今は・・・それを通り越して、メタボへの池に片足・・・いや、両足を浸しているようなものだった。


 大昔はサプリメント中心の食事だったのでガリガリで痩せ過ぎていたケンプ。
 だが・・・。
 ワルキューレ乗りを辞めた直後から、今までの分を取り戻すようにちょっと食べ過ぎて・・・。
 いや、ちょっとどころか、大量に食べて、腹や腰回りに贅肉が付いてしまった。


 今こそ、自分の肉体を改造して、更に彼女のハートを鷲掴みにする!

 昔はガリガリで、『ガリ夫君』などと呼ばれた事もあったが、とにかく、逞しさに磨きがかかれば・・・。
 きっとイレーネだって魅力を再確認して惚れ直すだろうし、子供達だって、屈強な父親は好きなはずだ!


 「よし!明日からトレーニング開始だ!!」


 ケンプは、「絶対に痩せてやる!」と言いながら、右の拳を天高く突き上げた・・・。




 「そんなお金ないわよ・・・。第一、子供達にかかるもの」


 翌日の夜、早めに帰って久々に家族水入らずの食事をしたケンプは、夕食後、筋肉改造の為にジム通いをする事と、自宅に専用のマシンを揃える事を切り出した。
 勿論、妻と子供達の前で宣言したのだ。

 だが、ケンプ家最強の大蔵大臣であるイレーネは、これを即座に却下した。


 「もしかして・・・。私の実家へ仕送りをやめて、ジムに通って、更にマシンを買おうなんて、そんな事を考えてやいないでしょうね?もしそうなら、私は絶対に反対だわ。親孝行は親が生きているうちにやらないと意味がないでしょう?うちの親への仕送りを決めたのはあなた自身なのに、途中で破棄しようとするのはフェアじゃないわよね?自分から言い出して、途中でやめるのは“公約違反”って言うのをご存じかしら?もし、やめると言うなら、『親不孝な冷たいな夫』とは暮らせませんから・・・悲しいけど、離婚する事になるわね」
 「・・・ちょ、離婚って・・・。第一、仕送りを止めるなんて俺は言っていないぞ。どうして話が変な方向に飛ぶん
だ??」


 妻の剣幕に顔色を無くすケンプ。
 要するに、ジム通いもダメ、マシンも買いたくないだけではないか・・・。
 しかも、子供達の前で“離婚”なんて言ったらダメだろう・・・。


 「あら、別に話が飛んでなんかいないわ。出費が重なったら仕送りが出来なくなるのよ」
 「お前は・・・俺がトレーニングしたい純粋な気持ちが分からないのか?」
 「トレーニングは、別にマシンなんか買わなくても出来るでしょう?鉄アレイの代わりに、グスタフ・イザー
クとカール・フランツでも抱えてみたらどうかしら?ちょうどいい重さか、それ以上の効果があるかもしれないわね。それにね、子供って日々成長するから、どんどん重さが増していくし。第一、ファーターと遊べるなんて、子供達は嬉しくなって甘えてくれると思うわよ??どう?一石二鳥だとお思いになりません?」


 子供達が甘えてくれる・・・この妻の言葉にケンプはスッカリほだされてしまった。
 イレーネが本気で離婚なんて言うはずが無い。
 ・・・そういう事か!!


 「子供と遊びながらの筋力トレーニングか・・・。子供にも好かれるし、確かに悪くない発想だ」


 意外なところで根が単純なケンプは、思い立ったら即行動と、早速、子供達を連れて、2階へと駆け上がった
 2階には空き部屋が1つあって、トレーニングルームにするならここが最適だとケンプは考えていたのだ。


 時刻は午後7時40分・・・。

 この時間なら子供達もまだ眠むりはしない。
 むしろ・・・元気いっぱいだ。
 遊びと称せば、喜んでくれるに違いないなかった・・・。

 現に子供達は、久々早く帰った父が、片手で豪快に抱っこしてくれて、上げたり下げたりしてくれるので大興奮してしまった・・・。

 そう、妻の狙いは当たったのだ・・・。




 それからと言うもの、朝と夜、子供達はケンプに抱っこされるのが日課となった。
 お金をかけずに、家でお手軽に出来るトレーニング。
 片手で子供達を抱え上げるだけでなく、肩車をした状態でスクワットなどをやったりするのだ。
 時には、肩車とおんぶを組み合わせてみたり。
 腕立て伏せの時は、子供達が可愛らしい声でカウントしてくれる。
 これだけで頑張ろう!!と言う気になるのだから、子供達とのトレーニングは当たったのだ。


 実際にそれなりの効果は上がっていて、体重が落ち始めていたのでケンプは大満足だっだ。
 更に重くしたければ、沢山のテキストを詰め込んだ大きなリュックを子供達に背負わせる。
 そして、それごと持ち上げれば良い話なのだ。
 とにかく、ファーターと遊べる事に子供達も大喜びで、全ては順調に事が運んでいるかに見えた・・・。
 だが、1週間後、事件が勃発した・・・。




 「・・・は??なんですって?」
 「だからな・・・子供達を持ち上げて確かに筋力がアップしたんだが、もうちょっと力を付けようと思って・・・」
 「それで・・・私を抱えると言うの?あなたの発想って・・・」


 ケンプから切り出されたその単純な発想にイレーネは呆れて、夫の顔を穴が開くほど眺めた。
 本当に、いったい何処からこんな発想が・・・と、イレーネは頭痛を覚えた。


 だが、ケンプは至って本気らしい。
 トレーニングの効果があって、体重が落ち始めていたので、さらに努力したいと言うケンプの気持ちは良く分かる。
 イレーネは溜め息をついた。


 「う・・・いいじゃないか、抱えたって・・・。第一俺達夫婦だろう?今更恥ずかしがる年でもあるまい?」


 確かにその通りで、さすがのイレーネも反論が出来なかった。
 それに最近は、夫に抱きついたり抱きつかれたり・・・も減ったような気がする。
 少なくとも恋人だった時や、新婚当時はいつも膝枕をしてあげたり、してもらったり・・・多少の艶っぽい事もあった・・・と、イレーネも納得したのだ。


 それにケンプの事は嫌いじゃない。
 だから夫婦を続けていられるのだが・・・。


 「・・・そうねぇ、私を抱える事であなたの気が済むなら抱えてもらいましょう。・・・何だか新婚当時の気分よね?」


 はにかんだイレーネは何となく嬉しそうだ。

 ケンプも妻の様子にホッとした。


 「ねぇ、ファーター・・・。ムッターの事は片手で持ち上げる訳じゃないよねぇ?それとも、もしかして頑張って片手でやるの?」


 長男のグスタフ・イザークが聞く。
 さすがに力持ちの父親でも、片手は無理だろうと心配そうだ。


 「あぁ・・・ムッターの場合は両手だな。さすがの俺も片手はダメだ。抱きかかえるって感じだな」
 「ふーん・・・それって、お姫様抱っこって言うんだよね」


 グスタフ・イザークの言葉に、ケンプは少々赤面し、「お姫様・・・」と小さく呟いた。
 次男のカール・フランツは分かっているのかいないのか、目をキラキラさせてケンプを見ている。


 「わぁ~ムッターを持ち上げるのぉ??ファーターって本当に力持ちだぁ・・・」


 嬉しそうな笑顔で、手まで叩いていた。
 ケンプは子供達の前で無様な真似は出来ない!!と腹にグッと力をいれた。 


 「じゃぁ、抱えるぞ?」
 「・・・いいわよ」


 ケンプはイレーネを両手で横抱きにした。
 彼女は、ケンプの肩に顔を預けるような形で両手を彼の背に回し、嬉しそうに微笑んでいた。
 ・・・と、ここまでは良かったのだ。


 「・・・何だか・・・お前、太ったんじゃないのか?ちょっと重くな・・・」


 ケンプが不用意に発した言葉。
 この言葉をイレーネが聞き逃すはずが無く、真っ赤になって聞き咎めた。


 「ちょっと・・・下ろしてちょうだいっ!!」


 ケンプはその剣幕に驚いて、慌てて妻を床に下ろす。


 「今のは、どういう意味ですの!?」


 あっという間に彼から身を離したイレーネは怒りを顕にする。
 しかも、いきなり、グーに握った拳で、ケンプの右頬から鼻に向けてストレート・パンチを食らわせたのである・・・。


 妻から殴られるなんて予想していなかったケンプは、不意打ちを食らって無様に床に尻餅を付いてしまった。
 おまけに、顔面にストレートにパンチ。
 ブォっと鼻血が噴出し、ダラダラと流れてシャツを染め、ケンプは茫然自失になっていた・・・。


 「な・・・なによ、その目は・・・!!」


 床に座ったまま、うつろな表情で自分を見つめるケンプ。
 そんな彼に対して、拳をギュッと握ったままのイレーネの怒りがまた爆発した。


 「わ・・・私が太ったですって??そんなの、あなたに言われたくないわ!!ガリガリだった昔が良いとは言わないけど、食べて食べて食べまくって、食べ過ぎですっかり巨漢になったなったあなたに・・・そんな事を言う権利はないと思うわ!・・・本当に詐欺なんだから!」


 イレーネのあまりの迫力に、その場にいた2人の子供達も何も言えずに、怖々した表情でケンプを見ている。
 そしてケンプは、イレーネの発した最後の『詐欺』と言う言葉で、今回の夫婦喧嘩も自分の敗北である事を悟ったのであった・・・。


 2人の凄まじい喧嘩に、子供達は今にも泣き出さんばかりに顔面蒼白・・・。
 それを見たイレーネは優しく微笑みかけた。


 「あらあら、大丈夫よ。ムッターはね、あなた達を怒った訳じゃないのよ。悪いのはファーターなんですからね。さぁ、あっちに行ってケーキでも食べましょうね。今日はクリスマスだから、シュトーレンを食べましょうね」
 「わぁい!!シュトーレン大好き!!」
 子供達は同時に叫んで、漸く笑顔を見せた。
 「それから・・・2人ともいい子にしていたからプレゼントもあるのよ」
 「わぁい。1年間いい子にしていた子供達がプレゼントを貰えて、シュトーレンを食べられんだよね、クリスマスって」
 「そうよ。このケーキが食べられるのは1年に1回だけ。いい子にしていた子供達だけがケーキを食べられてプレゼントを貰えるのよ。クリスマスって素敵な風習だわ。楽しみでしょう?」

 「うん!」

 子供達は同時に叫んで、イレーネの服を引っ張った。

 「早く食べようよ、ムッター!」


 イレーネはケンプに冷たい視線を向ける。


 「いい子にしてないと・・・シュトーレンは食べられないのよ・・・」


 下を向いていたケンプはその妻の冷たい視線には気付かなかった。
 ケンプは両手で鼻血を拭き取ったので、両手とも真っ赤になってしまった。
 白いシャツの首辺りには、血が付着して、まさにスプラッター状態だ。


 「なぁ・・・俺もケーキ食っていいのかな?」


 食べる事に関しては凄まじい執着心を見せるケンプ。
 スプラッターのまま妻に問いかけ、そんなケンプに対して、イレーネは呆れ果てて暫し怖い顔を向ける。
 だが、さすがに、夫の哀れな姿に大きく息を吐き出した。


 血まみれの大きな子供・・・。

 ちっともいい子じゃない、大食いの子供・・・本当に子供よね・・・。

 イレーネは溜め息をついた。


 「・・・本当にもう・・・。その汚れたシャツを洗濯機に放り込んで着替えて、それから、ちゃんと手を洗ってきて下さいね。それと顔も洗って下さいね・・・」


 何とか妻の許しを得た事に、ケンプは安堵の表情を浮かべると大きく頷いて、洗面所に向かって猛ダッシュ!!



 優しい妻の温情で、何とか、年に1度しか食べられない、クリスマスのシュトーレンにはありつけたケンプだったが、それっきり、家で体を鍛えるという行為は諦めたようだった・・・。




Das Ende




 ケンプ夫妻による、完全なるギャグ話。
 私は何故か、ケンプが好きだっだりします・・・帝国のいいお父さん代表として。
 ミッターマイヤーもきっといいお父さんになるとは思うのですが、如何せん、原作終了時にフェリックスは赤ん坊ですからねぇ・・・。


 因みに、いいお父さん候補は他にもいて、ワーレンとアイゼナッハですが、この2人よりは、ケンプの方がギャグとしてもシリアスとしても描きやすいです。


 さて、帝国にクリスマスの習慣があるかどうか疑わしいですが、単純に「お祭り」としての風習が残っている可能性は高いです。
 美味しい物を食べて、プレゼントを贈る。
 宗教そのものは廃れているでしょうから、ミサには行かないでしょうけどね。
 1年間、良い子にしていた子供達の為にあるのがクリスマス。
 ツリーやサンタクロースはありませんが、親から子へプレゼントが贈られる。
 そんな日になっている可能性があります・・・宗教色を排してね。


 ドイツ菓子の『シュトーレン』ってとっても美味しいんですよ・・・クリスマスに食べるんですけどね。
 この小説は、時期もちゃんと設定していないので、ホント適当です。(滝汗)
 まぁ、第6次イゼルローン要塞攻防戦以降で、要塞対要塞戦以前の12月という設定・・・なんつー適当さだろう・・・!!
 まぁ、時期の事は深く考えないで下さい。


 それから余談ですが、お菓子のクッキーの抜き型や、ケーキの型を作っている会社に、『カ●ザー社』ってのがあるのです!!
 何とピッタリなんでしょう!
 狂喜してしまいました・・・。
 下記は、飛行機の抜き型・・・ケンプは元パイロットなので。
 フィナンシェなんかの型もあるみたいです。


 http://store.shopping.yahoo.co.jp/kitchen-koubou/ks01-01-025.html



 それから、フィットネスマシンを作っている会社にも『カ●ザー社』ってのがあります。
 きっとね、ケンプもここの会社のカタログを見て、マシンが欲しくなったのよ~!
 イレーネさんが却下するのが分かるわ・・・こんなのが自宅に沢山あったら邪魔だろう・・・。
 な~んてね・・・!!

 因みに、こんなマシンを作ってます。


 http://www2.keiser.com/en/

 http://eshop.central.co.jp/fitness/weight_machine/keiser/index.html