キャゼルヌ少将が手を回して戦艦ユリシーズ用に届けてくれたのは、色鮮やかなポスターカラーの小瓶。
イゼルローン要塞の同盟軍の備蓄倉庫にあったモノを全て運び込んだ。
全部で16色ほどあって、それが100個ほどもある。
それと、真っ白な画用紙。
画用紙はB4で、全部で2000枚ほどもあった。
本当は水彩絵の具か、クレヨンの方が良かったが、これだけあれば何とかなるだろう・・・。
私はポスターカラーと画用紙を見つめて小さな笑いを漏らした。
不意に・・・子供の頃のささやかな夢を思い出したのだ。
私の母親は、ハイネセンの保育園で働く保母だった。
確か、小さなビルの一室にある、無認可の保育園だったと思う。
ハイネセンでは働く女性が多かったので、保育園は必要不可欠。
認可、無認可問わず、女性達の子供を預かる所は重宝されて、保育園は目が回るほどの忙しさだ。
共働きの女性が多いから子供を預かる・・・。
しかしそれは、決して単純な話ではなく、保育園を取り巻く環境や事情はもっと複雑だった。
「うちの保育園は、お父さんが戦死した母子家庭の子が多いのよ。みんな可哀相なのよ」
「え~!なんだよ、そりゃ。お父さんが戦死した母子家庭って・・・それなら、うちだってそうじゃないか」
「確かにそうね。それとね・・・お母さんも亡くなって、お父さんが戦地にいる子も多いの。来ている子はね・・・みんな、1歳から3歳までの子なの。そんな子が1人でお留守番なんて出来ないでしょ?」
「え~・・・それじゃさ。その子達のお父さんが死んじゃったらどうなるの?お母さんだっていないんでしょ?」
「うちに来ている子で、両親共に亡くなってる子は、お祖父さんやお祖母さんの家に預けられたり、親戚の家に預けられたりして・・・そこから保育園に来ているの。でも、親戚の家から通って来る子はまだいい方なのよ。可哀想なのは孤児になってしまって、頼る親戚もない子なの」
「親戚が全然もいない子かぁ・・・」
「そうよ。うちの場合は、伯父さんや叔母さんの家は遠いから、ここに面倒を見に来てはくれないけど、夏休みとかに遊びには行けるでしょ?」
「うん」
「親戚とか、頼る家がない子で、死んだ親が軍人だった子はトラバース法って法律があってね、他の軍人の家庭に預けられるの。その子が将来軍人になれば、国から支給された養育費を保護者は返さなくてもいいんですって」
「ねぇ、“ほごしゃ”って?“よういくひ”って?」
「保護者はね、その子の面倒を見る人の事なの。あなたの場合はお母さんが保護者ね。だけど、トラバース法で他の軍人の家に行った子の保護者は、その家の人って事になるわね。養育費はね、うーん・・・その子の本とかおもちゃとかを買うお金をね、国が貸してくれるのよ。その子が軍人になれば、借りたお金を返さなくてもいいけど、ならなかったら、預かっている軍人さんの家が全額返さないといけないんですって。だから、トラバース法で預けられた子達は、軍人になりたくなくても、どうしたって士官学校へ行くようになるし、どうしても大人の顔色を窺う卑屈な感じの子になる場合が多いわね・・・。うちの保育園に来ている子はみんなそうよ。大人も大変だけど、子供も大変よね。本当に戦争が早く終わるといいんだけど・・・」
「ふーん・・・じゃあさ、ぼくんちは、お母さんがいてちゃんと働けているし、伯父さんや叔母さんもいるからまだいい方なんだね?」
「そういう事になるのかしらね?父親が戦死している点ではうちだって母子家庭だし、私は遅くまで働いていてずっと家にいてあげられないから、お前達には寂しい思いをさせて悪いと思うわ。弟の面倒を見る為に、学校も辞めさせちゃったし、ごめんね・・・」
母は、寂しそうに笑ったが、他の子よりも自分が恵まれているのを知ったから、あからさまに母を責めたり、文句を言ったり出来なかった・・・。
母が保育園に行くのは、朝の7時から夜の8時までだったが、時には残業で午後10時を回る事もあった。
親の都合で、保育園に子供を迎えに行くのが遅くなる場合がある。
そんな時が残業になってしまうのだが、無認可だから残業代が出る訳でもなく、サービスと割り切るしかないようだった。
その間は、私と弟はたった2人で過ごさなければならず、おなかを空かせてぐずる弟の為に、私が近くのスーパーに行って弁当やパンを買って夕食にして、それは、とても味気ない食事だった。
弟は、「お母さんまだ?」と言って泣いたりして、私を困らせてばかりいた。
父が戦死したのは私が9歳の時だ。
その時から、7つ年下の弟の面倒は兄である私が一切見る事になって、弟が小さいので私は学校に行くのを辞
めて、家で通信教育を受ける事になった。
急に働かなくてはならなくなった母に、「弟の為にも、どうしてもうちにいて欲しいの」と言われたからだった。
私には子供らしい甘えを言う事は全く出来なくなって、通信教育なので、今までの友達とも疎遠になっていった。
昼間、母がいなくなり、家の中が一気に暗くなった気がした。
勉強の合間を縫って絵本を読んでやっても、歌を歌ってやっても、母の姿を探してはすぐに泣きべそをかく弟にどうしていいか分からなくなった。
だけど、弟を叩いたり、虐待する事は無かった。
どうしてかと言うと、いつも母が、「幼児虐待」をする親を非難していたからで、それは子供もやってはいけないと、自分で思ったからだった。
ただ、泣いてぐずる弟には閉口した。
そして、自分の寂しさをも紛らわす為に、私はむずかる弟を背負い、子供の足で歩いて1時間半もかかる母の勤める保育園に幾度となく顔を出した・・・本当はいけないと分かってはいたけれど。
母は、経営者の園長の手前、自分の子供達を相手には出来なかった。
最初は、何とか宥めすかして私達を追い返そうとしたようだが、園長は元々子供好きな人であったのか、母が帰る時間まで私達を園内にいさせてくれた。
園長は静かに絵を描いている私達を黙って見ぬ振りをして、無下に追い出したりするような事はしなかったので、母は園長にペコペコと頭を下げていた。
弟は、母が近くにいる事で安心したのか、満足して昼寝をしたり、画用紙にクレヨンで、訳の分からない線画を描いたりしていた。
私は、保育園内で通信教育の勉強をしながら、他の子供達の世話を甲斐甲斐しくしている母親や、多分、学生のアルバイトだったのだろう、若い保父さん達の様子をじっと見つめていた。
それに園児達は、自分よりも若干大きな私に、「お兄ちゃん」と言って懐いてくれて、何だか沢山の兄弟が出来たみたいで嬉しかった。
だから・・・保父さんや保母さん達の手伝いを積極的にやった。
私が自ら手伝いをするからか、他の保母さんから、母は「良い息子さんね」と褒められて、まんざらでもない様子だった。
私は、手伝いをしながら、子供相手に色々な事をしてくれる保母さんや保父さんを見て、『将来は、僕も保父さん達になりたいなぁ・・・』と、漠然と思っていた・・・。
しかし、私が通信教育の中学を卒業する頃には、帝国軍との戦局はますます悪くなるばかりで、私の通信教育クラスのクラスメイトの男子の半分は、高校には行かずに、士官学校へ進学した。
若干だが、女子の中にも士官学校へ進学する子もいた。
その女の子達は、後で知ったのだが、トラバース法によって、軍人の家庭で養育された子達だった。
トラバース法で育った女子も、よほどの事が無い限り、軍人になるのだと知って・・・かなり衝撃を受けたものだった。
高校、大学へ進学しても、いつかは一兵卒として戦地へ徴兵される・・・。
それならいっそ、士官を目指せる士官学校の方が、早く一人立ち出来るし、何と言っても、母への負担は軽くなる。
弟は8歳になっていたから、もう1人でも大丈夫なはずだ。
“将来は保父さんになりたい”という夢は、あくまで夢・・・。
そして、我が家の経済状態の事も考えたら、いつまでも夢を見る訳にもいかない・・・。
だから、そんな思いはそっと心の中に仕舞い込んで、私も多くの友人達と共に士官学校に進学した。
そして今は・・・。
立派とは言えないまでも、同盟軍の軍人として何とか戦死もせずに、戦艦『ユリシーズ』の航法士官の職にも就いているし、無事に結婚もして、今は双子の女の子の父親にもなった。
今回の方舟計画で、我が艦が、600人の乳児と母親と妊婦達、合計で約1200人あまりをハイネセンまで運ぶ事になった時、艦長を含めて、他の者達は誰1人としていい顔をしなかった。
誰もが、“戦艦ユリシーズ”が『幸運な戦艦』ゆえに、貧乏くじを引かされたのだと憤っていた。
それでも命令は命令・・・。
やるべき事はちゃんとやってのけようと、半分、やけくそになって、艦内の改装に尽力したのだった。
これは、幼い頃の夢だった保父の真似事が出来るかもしれない・・・と、私が心浮き立つ思いでいる事など、きっと誰も知らないんだろうな・・・うん。
嬉しい事に、このユリシーズに私の幼い子供と妻も乗る。
さて、画用紙に何の絵を描こうかな・・・。
まずはキリンさんだろ。
あ・・・ゾウさんもいいな・・・。
よし・・・いっちょ、気合いを入れて描くかぁ~!
THE END
100のお題より「クレヨン」です。
箱舟大作戦で、600人の乳児とその母親、妊婦達を、ハイネセンまで運ぶ任務を言い渡された同盟軍の戦艦ユリシーズ。
その中で1人頑張っていたのが航法士官のフィールズ中尉でして・・・。(原作も参照して下さいね)
彼が保父になりたかった・・・というのや、彼の奥さんや子供の話は、私の全くのオリジナルですが、「箱舟大作戦」を併せて読んで頂ければ、なるほど!と納得してもらえるだろうと思います・・・。(滝汗)
そして、トラバース法の事も載せてみました。
ユリアンはヤンの元に預けられて本当に良かったのだと思います。
その子が軍人に向いていない子でも、預けられた家によっては、渋々軍人に・・・って子もいると思います。
・・・と言うか、圧倒的にその方が多いと思う。
厳格な軍人の家庭では、「軍人になりたくない」なんて、絶対に言い出せないでしょうしね。
ヤンの場合は、ユリアンが軍人になりたくなければそれでいいと思っていたし、第一、彼自身が軍人を嫌っていた節がありますし。
ヤンは、ユリアンが軍人にならなかった場合、養育費を返さなきゃならないのを心配したユリアンに対して、確か、「心配するな。そのぐらいの蓄えはあるさ」って言ってましたっけ・・・。
独身で、若い内に高級軍人になってしまったヤンは・・・つつましく暮らしていれば、個人的には使い切れないだけの給料を貰っていたと思います。
そしてユリアンの将来等を頭に入れた上で貯蓄していたのだろうし、少なくともユリアンには、“軍人にならない道”も残されていた訳です。
それを考えると、ヤンってやっぱり優しいな・・・と、「クレヨン」を書きながら思ってました。
因みに、ヤン家に預けられる直前に、キャゼルヌに合うユリアンを書いた物もあるので、その内にアップしたいです。