天然の川や池や湖、海が存在する辺境の惑星もある。
 そして、そこに珍しい魚でも棲んでいれば趣味の釣りに出かける。
 今私が赴任している辺境の惑星には海はないが大きな淡水湖が幾つか点在している。
 大して大きくも無いし、すこぶる美味でもないが、食用に適した魚が3種類ほど釣れるのだ。
 そして、この惑星にいる動物の中で、この3種類だけが“食用”に適している。


何もない、つまらない惑星ではあるが・・・それだけが救いであった。

 釣りは楽しいし、日頃の疲れを癒してくれる。
 何よりも・・・。
 自らが釣った魚を焼いて食せば・・・酒も美味く感じられる。
 安物の酒でも・・・だ。
 釣ったその場で火をおこし、串に刺して焼いて食べる・・・実に贅沢だ。
 店に行けば、もっと美味しい魚が冷凍で売られていたりするが、“活魚”という点では、この魚には及ばない。
 何でも新鮮なのが一番美味しいのだから。


 因みに、 私の釣りは単純だ。
 竿と糸と、ルアーのようなちょっとした仕掛けに、小さな浮き。
でも、単純に生き餌とウキだけの装備も好きだった。
 簡単に釣れてしまう、自動巻き上げのリールはあまり好きじゃない。
 自分自身の力で釣るのが・・・醍醐味があっていい。



 
 フィッシャー家は、代々軍人の家系・・・という事になっているが、先祖を辿っていくと、これがかなり違う職種だったらしい。
 まだ、人類が地球に縛られていた時代にまで遡れるのだ。
 まさか、そんな古い家柄だったとは・・・と、10代の頃は驚いた。
 確か、「私の祖先」とかそんなタイトルで作文を書かされた時に親に聞いて、自分の先祖の事を知ったのであるが。


 父から聞いた話では、私の遠い祖先は、今の職業とは似ても似つかない。
 何と、遠洋漁業の漁師だったらしい。
 そして、「フィッシャー」という姓は、漁業を生業としているので付いた姓だと知ったのだった。
 薄々、そうかな・・・とは思っていたが、まさか、そんな単純な意味の姓だったとは。

 でも、「ストーン」という姓は先祖が石屋だったり、「グリーンヒル」という姓は先祖が住んでいたのが緑の多い丘の上だったりと、職業やその土地の特徴を表している。


 因みに、父の話では、私の先祖は“マグロ漁”を得意としていたそうだ・・・。
 私自身はマグロというのが、どういう魚かは知らない。
 ただ、古い文献などを調べてみると、かなり大型の魚で、とても高級で美味だったと記されていた。
 地球時代には、養殖も盛んに行われて、一大ブームを巻き起こすほどの魚だったそうだ。
 最初は小さな島国が火付け役だったそうだが、生で魚を食べる文化があったその国の料理が世界中に広まって、この魚を求めて様々な事件があったらしい。
 密猟も増え、乱獲によって生息数が著しく減ってしまった。
 最後には、絶滅危惧指定されていたそうだが、その対策が遅かった為、絶滅の歯止めが利かず・・・。
 天然モノのマグロは、乱獲と海洋汚染で絶滅してしまった。
 それで、職を失った祖先はマグロ漁から他の魚への漁に切り替えたらしい。
 ただ、海洋汚染はどんどん進んで・・・他の魚も激減してしまったそうだ。
 マグロは、天然モノが絶滅したので養殖で賄われるようになったが、あの13日戦争でそのマグロも・・・今や過去のモノとなってしまった。


 そんなに美味しい魚だったのなら・・・食してみたかった。
 今は、ツナ缶と言えば、地球から他の惑星に移民した頃に持ち込まれた養殖の「カツオ」という種類の魚の子孫なのだが、その昔は、ツナ缶は「マグロ」だったそうだ。
 そして、とても美味しかったそうだ。
 私は自分の祖先が漁師だと知ってからは、ツナサンドを食べる度に、「これがマグロだったら、もっと美味しいのかなぁ・・・」と、今はカツオになっているツナ缶を見ながら、朝食の席で良く父に言ったものだ。
 父も「そうだろうな・・・俺だって、マグロを食べてみたいと思ったもんだ」と言っていたのを思い出した。

 ・・・全く懐かしい。



 相次ぐ魚の絶滅で漁師を辞めた先祖は、その後、海から陸へ・・・。
 そして、今現在、フィッシャー家は代々、軍人の家系という事になっているのだ。


 以前、母に「宇宙の海で敵を追いまわすんだから、艦隊勤務の軍人はまるで漁師だな・・・」と言ったら、途端に嫌な顔をされた事があった。
 母は、軍人の家系とは言え、3人の息子を全て軍人にしたかった訳ではなかったから、気分を害したのだろう。
 私には2人兄がいたが、士官学校を卒業して任官後、2年もしない内に2人とも鬼籍に入っていた。
 亡くなった時、2人とも20歳になっていなかったのだ。


 すぐ上の兄が戦死した時、三男の私はまだ14歳だったが、漠然と自分も軍人になるのだと思っていた。
 当時、既に父も2人の兄も戦死しており、我が家に残った男性は私だけであった。
 そして、軍人になるのが当たり前だと思っていた私は、母に相談する事もなく、士官学校の入学案内書を手に入れ、受験してしまった。
 私の合格通知を知って母は「何も軍に入らなくてもいいから」と私を止めてくれたのだが、合格してそれを蹴るのもどうかと思い、私はそのまま進学し、何とか戦死もせずに現在に至っている。


 母は、現在89歳だったが健在で、私が生きて帰る度に泣きながら出迎えてくれる。
 そして、アスターテ会戦前に結婚した妻も、母と私の帰りを待っている。
 私は独身が長かったのだが、親戚から「お袋さんを安心させてやりなさい」と言われ、会戦後、入院を余儀なくされた時に親戚に勧められるままに、15歳も年下の女性と結婚したのだった。
 あまりにも気恥ずかしくて、その事は仲の良い同僚ぐらいにしか話していないが・・・。

 とにかく・・・。
 私は彼等の為に・・・死ぬ事は出来ないと思っている。



 今日は非番・・・だから釣りを楽しんでいる。

でもその前に・・・目の前に広がる風景を楽しむ事にする。
 この辺境の惑星は手つかずの自然が魅力で、釣り以外の趣味をも満たしてくれる。
 早速カメラを取り出して・・・風景を写す。
 写真を撮るのが・・・実は好きで、特に風景写真を撮っている。
 ただ、プロではないのでカメラはありきたりのモノだが。
 
 私が写真を撮り始めたきっかけは、叔父の葬儀の席であった。
 代々軍人のフィッシャー家では、勿論、父の弟も軍人で、父よりも先に亡くなった。
 葬儀に言った際、私はまだ士官学校にも入っていない、10代初めで、叔母から叔父のカメラの1つを形見分けで頂いたのだった。
 叔父は仕事一辺倒の人であったが、唯一の趣味が写真で、叔母が言うには、家族写真を多く撮っていたそうだ。
 写真を撮るばかりであったので、叔父自身の写真は極端に少ないが、写真を見る度に色々な事を思い出せるそうで、叔母は寂しそうに笑いながら当時の事を話してくれたものだった。
 私の使っているカメラは・・・叔母から頂いた、その叔父のカメラだ。
 古いものだが、直し直し、大事に使っているのだ。




 さて・・・。
 今日の天気は上々。
 暑くもなく寒くもない。
 ほんの少しだけ風があるが、穏やかな方だ。
 風が・・・心地良く頬を撫でる。

 写真も撮ったし、落ち着いて釣る事にしよう。

 今日は疑似餌ではなく、小さな生餌を付けて糸を垂らし、力を入れずに自然に竿を持つ。
 静かな水面<みなも>に意識を集中させ、魚が食いつくのをじっと、根気良く待つ。


 ・・・ところが、朝から辛抱強く待っているというのに、今日に限って1匹もかかる気配が無い。
 それこそ、くだらぬゴミさえもかからない。
 じっと待っていても今日は無駄かな・・・と諦めてみる。

 本当に、天気はいいのに。
 釣りのポイントを間違えたのか・・・。
 たまにはこんな日もあるものだ。
 短気は損気・・・。
 ふて腐れるのは良くない、良くない・・・。
 もう少しだけ待ってみようと思い直し、また水面<みなも>に意識を集中させる。



 やがて、付けていたウキが微妙な動きをする。
 やっと魚がかかった気配がした瞬間に、集中力を妨げるように不意に鳴り出す携帯の音・・・。
 因みに着メロはボギー大佐である。
 釣りに専念する出来なくなって実に残念な思いだが、傍らに竿を横に置いて慌ててボタンを押す。


 小さな画面には、見慣れた、けれど懐かしい顔が浮かび上がった・・・。
 かつての同僚・・・フョードル・パトリチェフ中将だった。


 「おや。これは・・・珍しいですね」


 私の問いに対して・・・。
 巨漢の参謀は、私の私服姿に気付いて、「あれ?今日は非番ですか?」と大真面目な顔をした。


 「ええ、まぁそうです」
 「ところで・・・今、何しておられるんですか?」


 その真面目な問いかけがおかしくて、「・・・いや、なに。今日は趣味の釣りしていまして・・・」と答える。
 「ははぁ・・・釣りですか。いいですなぁ・・・私も釣りは好きなんですよ・・・。ところで釣果はどうですか?」
 「それがサッパリ。どうやら・・・今日は全く駄目みたいで」と私は苦笑しながら答える。
 「こういう日もあるモノですよ」
 「それは残念ですね・・・」


 私は、先程・・・かかりかけた事は言わないでおこうと思った。
 言ってもせんない事だったし・・・。


 「実はですなぁ・・・先ほど連絡がありまして」
 「え・・・連絡ですか?」
 「どうやら、イゼルローン要塞行きが決定になったみたいなんですよ。こっちとしてはやっと来たか!・・・なんですがね」
 「え・・・ははぁ・・・とうとう」


 私は顎を撫でる。
 どうやら、少しばかり動きがあったようだ。


 「動き始めた・・・という事ですね?」 
 「そうなんですよ。あ・・・そちらには連絡は?」
 「まだ来ないですが・・・」
 「・・・なら、じきに行くと思いますよ。ほんのちょっと前に、ムライ中将の所にも連絡が来たそうですから。連絡がいくのは時間の問題でしょう」
 「なるほど・・・ムライ中将の所にも連絡があったんですか」
 「らしいです。またすぐに会えるんですなぁ・・・楽しみになって来ました」


 感慨深げなパトリチェフ中将の言葉に私は頷いた。
 かつての同僚・・・だが、また一緒の職場に復帰出るのだ、我ら3人は。


 「また皆に会えるなんて思いませんでした、こんなに早く。・・・それはそうと、ヤン提督はお元気ですかね?」


 その問い私は頷いた。
 元気でいてもらわねば困る。
 だから、色々な思いを込めて口に出した。


 「・・・きっとお元気ですよ。元気であってもらわないと困りますからね」


 私は、ヤン提督や、様々な人々の姿を想像してみる。
 あの人、この人・・・みんな元気だろうか?
 早くい会いたい。
 そして、また一緒に仕事がしたい。


 「あなたやムライ中将に連絡があったという事は、じきに私にもお声がかりがありますね。・・・期待して待っている事にします」


 パトリチェフ中将からの連絡が終わったちょうど10分後・・・。
 私にも軍から連絡があった。


 「至急辺境区の事務所に出頭せよ」


 私は無機質な事務官の口調ですら、何となく嬉しくなった。
 それぞれ、別々の辺境区の任務に着いている3人にも声がかかるとは・・・。
 軍も本格的に動きだした証拠か。
 ・・・こんな辺境で過ごすよりも。
 早くヤン提督の元へ行きたいと、多少の期待をしていたのも事実だったが。
 
 私はいそいそと帰り支度をしながら考えた。
 今度の従軍は、今回の釣りに似ているかもしれない・・・と。
 かなりの忍耐力を必要とされるだろう・・・と。
 それでも、こんな辺境で燻ったまま終わるよりはよほどマシだった。


 私はヤン提督と一緒に何か『大きな事』をしてみたかったのだ。





THE END



 
 100のお題より、「釣りをする人」です。


 『何か大きな事』を釣り上げる、またはやり遂げる=で、ヤンの元で絶妙な艦隊運動をやってのける彼を描いてみたかったのだけど、こんな妙ちくりんな話になってしまいました・・・。


 ・・・と言う訳で、主人公は一応エドウィン・フィッシャー氏です。
 ムライさんは出しませんでしたが、パトリチェフさんを出しました。
 3人でイゼルローンへ向かう直前だと思って下さい。


 タイトルから連想出来たのは彼だけでした。(一番最初にと・・・言う意味)
 何しろ、姓がまんま、『釣りをするひと=漁師』なんだもん。

 この姓は英語圏でも見られる姓なのですが、同じフィッシャーでも英語とドイツ語ではスペルが若干違うのです。
 で、調べてみたら、フィシャー提督の名前のスペルはドイツ語圏の物でしたので、元々は帝国の出身かも・・・。


 そう言えば余談ですが、ユリアンのミンツ家は・・・帝国を最初に脱した『長征1万光年』以来の名家だそうで。

 ユリアンのお祖母さんはその事を誇りに思っていたので、息子が結婚した相手が帝国からの亡命者の娘だったのが気に入らなくて、「息子を奪った女の子供」とか言って、孫のユリアンにもつらく当たっていたようで、彼の幼少時代の写真を全て処分しちゃったんですよね。
 うーん・・・凄い人だ。
 お祖母さんはユリアンの名前も気に入らなかったかもしれないな・・・って。
 だって、「ユリアン」ってドイツ語読みなんだもん。
 英語読みなら、「ジュリアン」になるはずなので、お祖母さんが気に食わない要素がいっぱいだな・・・と。


 そして思った事。
 スイスに実在していた、フィッシャー提督と同姓同名の、あの名ピアニストも祖先は漁師だったのでしょうか?? 
 アハハハハハ・・・。

 フィッシャーって、あの第4艦隊の生き残りなんだよね。
 ・・・って事はだ。


 第6艦隊の生き残りの人もいたのかなぁ??
 原作の中に、第4、第6艦隊の生き残りの人って、フィッシャー以外では明確に描かれてないけど。

 私的には、ムライさんよりも、フィッシャーの方が年長かな?とか思ってみたり。


 最終的にこの3人の中で生き残ったのはムライさんだけ。

 パトリチェフの「よせよ、痛いじゃないか」って最期のセリフがねぇ・・・何とも言えず。

 フィッシャー役の鈴木泰明さんは、「アルプスの少女ハイジ」で、クララのお父さんのゼーゼマンさんをやってました。
 アニメでは結構お父さん役が多いんだよね。


 フィッシャーの趣味は釣りとそしてカメラ。
 このカメラってのがミソでしてね。

 分かる人には分かるし、分からな人には全く分からないと思いますが・・・。
 OVAを知っている方、特に第3期のエンディングを思い出して下さいな。

 ユリアンが写真を見ていますが、あの中にフィッシャーはおりません。
 あれね~・・・。
 フィッシャーがカメラマンなんだよ!!
 ・・・って話を友人にしたらば、皆、「あ~!!確かにそうだよ!!」って盛り上がりましたね。

 だってさ、フィッシャーいないと本当はおかしいでしょ、あの中に。
 でさ、この写真を写しているのは誰??って事になったら、あの中にいない人になる訳ですよ。

 因みに、あの映像で違和感があるのはカリンだ。
 何で彼女だけドレス??

 あれは、彼女がいたら良いなぁ・・・って考えている、ユリアンの妄想です。
 あのガーデン・パーティーにあのドレスは不似合いです・・・だから、妄想。