私の上官はアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト少将。
姓の前に“フォン”が付き、それは貴族の称号である。
そして、副官である私の名は、エミール・フォン・ザンデルス。
これまた貴族の称号を持つ。
・・・だが、この称号があるからと言って金持ちかと言うと、その真逆もある。
平民以下の暮らしをするモノだっているのだ・・・。
つまり、“名のみ”の貴族でしかなく、やたらと兄弟が多かった為、私も閣下の家も・・・ハッキリ言って貧乏だった。
ある意味、平民よりもタチが悪いかもしれない。
閣下は子供の頃、栄養状態があまりにも悪かった為に、栄養失調になりかけた事があるそうだ。
今時分、栄養失調?と笑う人もいるかもしれないが、“貧乏子沢山”とは良く言ったもので、私の家や閣下の家は・・・そういう家だったのだ。
日々の食事に困る生活。
名前のみとは言え、貴族は貴族である。
平民よりも優れていなければならないから、それは大変だった。
“貴族”としての体面を保つ為、人から見られる家の外観やら、衣類に結構お金をかける為、削るのは食費という事になる。
衣食住で、“食”はあまり人から見えない為、本当に涙ぐましいぐらいに削るのだ。
朝食を抜いたり、「小食」を理由に食事量を制限したり。
・・・育ち盛りの子供にまでそれを強要するのだから、栄養失調にもなろうものだ。
閣下の栄養失調は薬によって改善され、何とか一命を取り留めたそうだが、その時の影響で・・・。
髪の色が、プラチナブロンドになってしまったそうだ。
それまでは、ライトブラウンだったそうだが・・・。
そして、それ以来、あまり太れない体質となったとおっしゃっておられる。
適度な筋肉は付いてはいるが、どちらかと言うと痩せ型なのだ。
ただ、閣下の場合は体質だけではなく、自己管理の賜でもあったが。
閣下は私には「本当は甘い物は好きなんだ」と話して下さった事があるが、実際には甘い物を殆ど口にされない。
太れない体質なのだから食べても問題は無いはずなのに、甘い物を口にしないのは、単に無駄な金を使いたくないからだという。
レストランなどに食事に行くと、デザートは別料金になっている所が殆どである。
「甘い物が苦手」と言っておけば、食後はコーヒーを飲む程度で済む。
閣下の場合は、リーズナブルな料金で、コーヒーがセットになっていて、しかもお代わり自由の店が御用達である。
甘い物を殆ど口にしないお陰なのか・・・。
それは私も一緒なのだが、閣下も私も軍での健康診断では体脂肪率が極めて低かった。
飲酒も人の驕りでワインを飲む以外は、専らアルコール分の低いビールや発泡酒などが大半なので、私達は肝臓も丈夫だった。
健康診断があるからと言って、食事の量を減らしたり、一週間以上前から禁酒をする人もいるが、我々の場合は金が無いから元々それほど飲まないし、食べないから、健康診断前に慌てたと言うためしがない。
私などから見れば、健康診断前に慌てる前に普段から自己管理をするべきだろうと、そういう人達に呆れていた。
実際、閣下も「日頃からの節制が健康診断時に役に立っている。自己管理の賜物だ」と話していた事がある。
ある日・・・。
閣下と2人で街を歩いていた時・・・。
ふと閣下が足を止め、まわりをキョロキョロと見回された為、私は不審に思った。
「あの、閣下。どうかなさいましたか?」
「う・・・ん。いい香りが・・・。ザンデルス・・・何の香りだ?香ばしい・・・実に良い香りだ」
「え・・・あの??」
確かに、どこからともなく香ばしい香りが漂う。
お腹が空いているから、なお余計に美味しそうに感じてしまう香り・・・。
どうやら、ケーキ屋さんが近くにあると思われた。
漂ってくる香りは、バターやアーモンド、それから、ココナッツやバニラの香りだったのだ。
「閣下・・・多分、この近くにケーキ屋さんがあるのではないでしょうか?」
「ケーキか・・・久しく食していないな」
「それは、小官もです」
「たまには・・・ちょっと寄ってみるかな・・・」
「え??」
閣下の言葉に私は驚いた。
・・・ケーキを買おうとでも言うのだろうか??
香りを頼りに歩いて行かれる閣下。
「あの・・・閣下!?」
スタスタと速足で、香りのする方に歩いて行かれる閣下。
「卿も一緒に来い」
とても珍しい光景。
何しろ菓子屋に行くのだから。
私は慌てて閣下を追った。
そこは、こじんまりとした小さいな店だった。
人が4人も入れば満杯になってしまいそうな小さな店。
店内の小さなショーケースの中には、ザッハトルテ、フランクフルタークランツ、シュト-レン、バウムクーヘンに、ツヴィーベルクーヘン、アイアークーヘン、ケーニッヒクーヘン、アプフェルシュトゥルーデル・・・色々なお菓子が並んでいる。
小さいが、品揃えは結構あった。
どれもこれも美味しそうで・・・しかも値段が手頃だった。
高級菓子の老舗の『ケルツェ』に比べると値段は五分の一ほどの安さだった。
このような安い菓子屋があろうとは・・・驚きだった。
その中に、「フィナンシェ」というのがあって、閣下の眼はそこに釘付けになっておられた。
「フィナンシェか・・・」
「閣下?」
「・・・実を言うと、これには目がなくてな」
「え・・・そうなのですか?」
私も「フィナンシェ」は好きだが、滅多に食べないし、ここ数年は食べていなかった。
“目が無い”と言うからには、これは閣下の好物なのだろう。
私は閣下の好物を知った事でちょっと嬉しくなった。
閣下は、女性店員に声を掛けた。
10代後半ぐらいだろうか?
そばかすの目立つ、おさげ頭の少女が、ショーケースの向こう側にいる。
どうやら、ショーケースの上が、レジ・カウンターになっているらしい。
「悪いが、このフィナンシェを2つ頼む。あ・・・すぐに食べるから袋に入れるだけでいい」
「はい、かしこまりました」
女性店員が小さなトングでフィナンシェを掴んで、薄桃色の紙袋に入れて手渡してくれた。
閣下は珍しく値切る事もなく、代金を支払った。
「ありがとうございました。またお越し下さいませ」
「あぁ・・・またな」
閣下は紙袋を手に歩き出し、私はその後を付いて行った。
途中、大きな公園に差し掛かった時、閣下は、「おい、付き合え」と言って、公園に入って行かれた。
噴水近くのベンチに腰を下ろすと、紙袋を開けて、小さなフィナンシェを取り出し、1つを私に差し出した。
「ほら、これは卿のだ」
「え、宜しいのですか!?」
「あぁ、遠慮せずに食え。これは美味しいからな。溶かしバターとアーモンドの風味が凄く良いんだ」
私は、閣下にお礼を言ってフェナンシェを受け取ると、手の中の小さなそれをじっと見つめていた。
「何だかな、このフィナンシェを食べていると金持ちになった気がするんだ」
「え・・・どういう意味ですか!?」
「この菓子の語源を知っているか?」
「いいえ、知りません」
「そうか。これの語源は古い言語だそうだが、何と『金持ち』と言うんだそうだ。それで、この菓子は、金の延べ棒みたいな形になっているんだ」
「あ・・・この形!金の延べ棒を模していたのでか」
「あぁ、俺も大人になってから知ったんだがな。子供の頃、これに生クリームと真赤なドレンチェリーとアンゼリカを乗せて、蝋燭を立てて誕生日の祝いをし
たものさ」
何と言う慎ましい誕生日ケーキなのだろう。
でも、思い出が詰まったケーキ・・・なのだろうと私は思った。
「うちは子供の数が凄かったからな。ホールケーキなんぞ買える訳が無い。それに小さなケーキでも良い値段するから、フィナンシェを使ってアレンジしてい
たんだ。少し遠くの街に安い菓子屋があってな。誰かの誕生日の度にそこへ歩いて買いに行ったものだ」
「安い店ですか」
「あぁ、今日行った店ぐらいの小さな店で、今日買ったモノの三分の一ぐらいだったかな」
「それは安いですね」
「まぁ、あれから20年近く経っているからな。今もその店があれば、値段は上がっているだろうが、とにかく、皆で生クリームを泡立てて・・・。ドレンチェリ
ーとアンゼリカは奪い合いで・・・だけど、楽しかったな」
「・・・それでは、このフィナンシェは、懐かしい味と言う感じですか?」
「まぁな・・・。だから、たまに食うんだ・・・。少しでも金持ちになった気分を味わいたくて。これぐらいなら多少食べたって体脂肪にも影響ないだろうし。俺にとっては小さな贅沢だな」
そう言って微笑む閣下。
私は何とも言えぬ気分になっていた。
「いつかは苦しかった事もいい思い出になるでしょうか?」
「・・・そうだな。苦しい事ばかり考えて暗くなるよりも、苦しかったからこそ、今があるんだ・・・と思った方がかなり気が楽だぞ?」
閣下は笑顔で切り替えして下さり、私も「ええ、本当にそうですね・・・」と頷いて、閣下が下さったフィナンシェを齧った。
・・・久し振りに食べたフィナンシェは、何とも懐かしい味と心地好さを運んでくれた。
Das Ende
100のお題より、「体脂肪」です。
私は辛党です。
甘い物はあんまり好きじゃないんだけど、それでも好きな物は幾つかあって、このフィナンシェは好きです、凄く。
あと好きなのはミスドのフレンチクルーラー。
ミスドには、エンゼルフレンチとか、他にも色々ありますが、わたしはこればっかり。
どうも、他のはあまり得意ではありません。
なので、ミスドで好きなのは、フレンチクルーラーか、小さくて食べやすいので「Dポップ」です。
最近、ダンナに「コージーコーナーのミルクレープはあまり甘くないから食べられる」と言ったところ、何故か、しゅっちゅう買って来るんです。
ダンナもこの味にハマって、自分だけ買うんじゃ悪いから・・・っていうのだけど、1個だけってのはサミシイので2個買ってるみたいです。
それに2個買えば、れっきとした「お土産」になりますからね。
1こだけじゃ、スイーツ男子と見られてしいますし・・・やはり恥ずかしいのでしょう。
そんな訳で、月に何度か食べますが、私的には飽きて来ました・・・。
それに、「レモンチーズパイ」の方がもっと甘くないので、今度はそっちにしてもらおうっと。(笑)
この間は、うちのダンナ・・・何故か、「モンブラン」を買って来てね・・・。
泣きそうになりました・・・だって、苦手なんだもん。
しかも、大きさが・・・デカイ。
ふうふう言いながら完食しました・・・当分食べたくないです。
甘い物と言えば、シュトーレンも好きです。
ドイツのクリスマスには欠かせないと言うシュトーレン。
「成城石井」に売られているので買おうかしら??
そうそう。
マドレーヌとフィナンシェって似ているんだけど、私は断然フィナンシェ派です。(笑)
どうやら、好きな焼き菓子は、アーモンド風味とか、ココナッツ風味とか。
なので、マカロンなんかも好きです・・・沢山は食べられませんが。
しかし、ファーレンハイト家の誕生ケーキって、ちょっとショボ・・・(禁句だな。笑)
ドレンチェリーは物凄く真赤で、アンゼリカは物凄い緑色。
どっちもケーキの材料のコーナーで売られていますが、着色剤まみれな感じで好きになれません。
子供の頃は透き通った赤や、透き通った緑色が魅力的に感じたモノですが・・・。
今はケーキは生クリームたっぷりのケーキが主流ですが、私の子供の頃はケーキと言えば・・・バタークリームのケーキでした。
この手のケーキには飾りとして、真赤なチェリーとアンゼリカが乗ってました。
あ・・・そうだ。
ドレンチェリーは、名前の通り、さくらんぼが原料なのですが、アンゼリカって、蕗なんですよ・・・フキ!!
フキなんて、煮物に使われるイメージですが、砂糖漬け・・・ウーン、凄いです。
まぁ、アンゼリカは和名を「セイヨウトウキ」って言うのですが、日本ではあまり栽培されていないので、日本国内では、フキを代用品として使っているそうです。
茎の中が空洞で、大きさも、食感も・・・そして、見た目もそっくりだからだそうです。
違うのは・・・その香り。
元来、「セイヨウトウキ」を使ったモノは刺激的な香りがするそうです。
でも、フキで作った代用品の方は、ほぼ刺激的な香りはナシなので、日本人には、この代用品の方が安上がりな上に、味覚的にも合うらしく。
安上がりなので・・・ファーレンハイトの食べていた、アンゼリカも、代用品かもしれません??