「ねぇ、お兄ちゃん、絵本を読んでよ!」


 グスタフ・イザークは学校から帰って来たばかり。
 カバンから中身を出して整理をしていたのだが、彼の元に弟のカール・フランツが駆け寄って来た。
 そして、ニコニコしながら古い1冊の絵本を差し出した。
 数年前、グスタフ・イザークの誕生日に、母方のお祖母ちゃんがプレゼントしてくれた絵本だった。


 「あのねぇ、カール・フランツ。僕は宿題があるんだよ」
 「じゃぁさ、そのシュクダイっていうのが済んでからでいいから、オネガイ!!ね、お兄ちゃん、それならいいでしょ?」
 「・・・ダメだよ。その後は遊びに行くんだ。だから、そうだ。お母さん<ムッター>に読んでもらえよ、な?」
 「え~そんなの・・・やだ!絶対にお兄ちゃんの方がいいもん!」


 カール・フランツは大きくかぶりを振った。


 カール・フランツが、兄のグスタフ・イザークに読んでくれと言っている絵本は・・・。
 ちょっと不思議な絵本だった。
 子馬と親馬が素晴らしい色彩で描かれたかなり大きな絵本だが、数ページしかなくて、おまけに文字が無い。
 これは母親が物語を創作して子供に読み聞かせたり、反対に子供が自分でお話を作るタイプの絵本なのだ。
 情操教育に良いと聞いて、母方のお祖母ちゃんがわざわざ、街の大きな本屋で買って来てくれたのだ。


 「なぁ、カール・フランツ。なんでお母さん<ムッター>だとイヤなんだ?」
 「・・・だって・・・だってさ、お母さん<ムッター>は同じ話しかしないんだもん。だから、面白くないの!」
 「同じ話って・・・」
 「本当に同じ話なの!だから、僕・・・飽きちゃったんだもん!」
 「へぇ・・・お母さん<ムッター>のはどんな話なんだい?」
 「えっとね・・・子馬がお母さん馬と一緒に野原でご飯を食べるの。それで、おなか一杯になったらお昼寝して、夕方になったらお父さん馬が迎えに来てくれて、みんなでおうちに帰るの・・・」


 それを聞いた瞬間にグスタフ・イザークは笑い転げた。
 遠い昔、自分が、母親に読んでくれとねだった時、それと同じ話を聞かせてくれたのだ、毎回・・・。


 (どうやら、お母さん<ムッター>はお話を作ったりするのが苦手なのかもしれない・・・じゃなければ、同じ話を毎回する訳ないもんな・・・)


 「あのね、お母さん<ムッター>ムッター・・・いっつも同じなんだもん。僕・・・本当に、もう飽きちゃったよ。それでね、お兄ちゃんは毎回違う話をしてくれるから、お兄ちゃんの方がいいんだもん・・・。シュクダイってのが終わるまで僕・・・下の居間で待ってるから、ね??」


 グスタフ・イザークは根負けした。
 宿題の後、遊びに行くと言っても、誰か友達と約束をしている訳ではない。

 ただ・・・原っぱに行けば、石つぶてを使った戦争ごっこに混ぜてもらえるかもしれないと思ったのだ。
 最近、友達の多くは皆、この遊びをやっていて、とても流行っているからだ。 

 だけど・・・今日は、家にいて、カール・フランツに絵本を読んでやろう・・・と、グスタフ・イザークは心に決めた。
 この絵本を、カール・フランツに読んでやるのは、もう10回以上だった。



 カール・フランツの読みたがっている絵本。


 最初は野原を歩く親子の馬の絵。
 次は草を食べる親子の馬の絵。
 その次が、野原に座り込む親子の馬の絵。
 その次は、子馬の頭の上と背中にスズメが止まっている絵。
 最後は大きな馬と、母親と子馬が夕暮れの野原を歩いている絵。

 この絵本は、見開きの全ページを使って丁寧な絵で描かれているけれど、実にシンプルで、これでおしまいなのだ。



 グスタフ・イザークがこれまでにした話は・・・。
 泥棒に出かける馬の親子の話だったり、小さい馬が親馬で、大きい馬が子馬って設定でお話を作ったり。
 買い物に行く途中で昼寝をしてしまう親子の話だったり。
 泥棒の親子の話にも何パターンかあって、最後の大きな馬が泥棒のお頭だったり、反対に親子を捕らえに来た馬の憲兵だったり。
 とにかく、毎回、毎回・・・絵に合わせて、色々なお話を作っていた。

 だから、カール・フランツは面白く感じているのだろう。
 今度はどんな話なんだろうと、期待しているのが分かる。
 ・・・いつも、ニコニコして聞いていてくれるから。
 そして、グスタフ・イザークもお話を考えるのが好きだった。
 将来は作家になりたいと思うぐらいに。


 「分かったよ。じゃぁ、1時間だけ待ってて。急いでこのドリルをやってしまうからね」
 「うん。じゃぁ、1時間したら・・・お願いね?」
 「分かったよ。待ってなって・・・」


 グスタフ・イザークは弟の頭を撫でた。
 カール・フランツはくすぐったそうにしていたけれど、とても嬉しそうに笑っていた。
 そして、「今日はどんなお話かなぁ?」と言いながら、トントンと階段を下りて行った。
 



 「カール・フランツ・・・宿題が終わったよ。絵本を持っておいで」


 2階から下りたグスタフ・イザークは、居間のソファーに座っていた、カール・フランツに声を掛けた。


 「もう・・・シュクダイはいいの?」
 「あ・・・もう終わったよ。急いでやったからね。じゃぁ、2階に行くからな?」
 「うん!!」


 子供部屋に戻って椅子に座ったグスタフ・イザークは絵本を手にした。
 隣にはカール・フランツ。
 彼はニコニコして絵本を覗き込んでいた。
 
 「じゃぁ、お話のはじまり、はじまり・・・カール・フランツ、聞く準備は良いかな?」


 グスタフ・イザークが聞くと、同じように椅子に座って絵本を見つめているカールフランツは「うん!準備は大丈夫!」と、大きく頷いた。



 あるところに、とてもとても食いしん坊の馬の親子がいました。
 親子は、いつもいつもおなかが空いていました。
 グルグルグルグル・・・おなかが鳴っているのです。
 食べても食べてもおなかが鳴ります。
 そして、食べ終わって満足すると「万歳!」と言うのです。
 だからこの親子は他の馬達からは、「食いしん坊万歳」と呼ばれていました。
 親子は、いつも行く野原の草を食い尽くしてしまいました。
 それで、今日は、遠くの野原までやって来ました。
 一面の緑です。
 「わぁい!ここには草がいっぱいだね!」
 子馬はそれを見た途端に、とっても嬉しそうに走り回りました。
 お母さん馬が「危ないわよ」と言っても子馬は走り回っていました。

 ペラ・・・。

 


 たくさん走ったから、おなかが空きました。
 いつも以上にグルグル鳴っています。
 おなかが空いて、子馬は目が回りそうになりました。
 「お母さん、この草食べられる?」と、子馬はお母さん馬に尋ねました。
 いつも食べるのとは違う草が生えていました。
 見た事もない草だから、大丈夫かな?と思ったのです。
 「どうでしょう?食べられないかもしれないわ」と、お母さん馬は言いました。
 でも、おなかがとっても空いていた子馬は食べ始めてしまいました。
 だって、食いしん坊なのです。
 「お母さん、とっても美味しい草だよ」
 子馬が食べているので、やっぱり食いしん坊のお母さん馬も一緒になって食べ始めました。
 パクパクムシャムシャ。
 パクパクムシャムシャ。
 親子は夢中で草を食べました。
 おなかが空いていたから、たくさんたくさん草を食べました。
 そして、満足したのでいつもみたいに「万歳!」と言いました。

 ペラ・・・。



 だけど、大変です。
 その草には毒が入っていたのです。
 沢山食べると眠たくて起きられなくなる、睡眠薬みたいな草だったのです。
 「お母さん、とっても眠たくなったよ・・・」
 「お母さんも眠たくなったわ」
 お母さん馬と子馬は眠たくて眠たくて、その場に座り込んでしまいました。
 そして、子馬の方が先に眠ってしまいました。
 グウグウといびきをかいて寝てしまいました。

 ペラ・・・。



 大きないびきをかいて寝ている子馬を見て、何羽かのスズメが心配そうにやって来ました。
 「どうしたんだい?」と1羽のスズメが聞きました。
 そして、子馬の背中に載りました。
 もう1羽のスズメは、子馬の頭の上に乗りました。
 「起きるかな?」
 そう言って、スズメは子馬をつっついてみましたが、子馬は眠ったままで起きませんでした。
 お母さん馬は眠たい目をこすりながら、「スズメさん、ススズさん。お願いがあるの。これからすぐに、お父さん馬を呼んできてちょうだい」と、スズメにお願いしました。
 それを聞いてスズメはすぐに飛び立ちました。
 「分かった。すぐに呼んで来てあげるね」
 そして、親子が歩いてきた方に飛んでゆきました。

 ペラ・・・。



 スズメ達から話を聞いたお父さん馬はビックリしました。
 そして、慌ててやって来ました。
 辺りはすっかり夕方になっていました。
 お父さん馬が何度も呼びかけたので、お母さん馬と子馬をやっと目を覚ましました。
 「さぁ、帰ろう。もうすっかり夜になってしまった。眠る時間だよ」
 お父さん馬が言うと、お母さん馬は、「どうしましょう。お昼にいっぱい寝すぎたから、夜に寝られそうに無いわ」と言いました。
 子馬も「僕も眠れないよ」と困ったように言いました。
 「大丈夫だよ。目を瞑れば眠れるよ」
 お父さん馬は、そう言って、お母さん馬と子馬を連れて家に帰りました。
 家に帰ったら、たくさんの草がありました。
 3頭は一緒に草を食べました。
 おなかがいっぱいになったら眠たくなりました。
 そして仲良く寝ました。


 ・・・おしまい。




 「ねえ、カール・フランツ。今日のお話はどうだい?」
 「うん。やっぱり、お兄ちゃんのお話のほうが絶対にいいや。食いしん坊の馬なんて凄く面白いね。あのねぇ、今度ね、お祖母ちゃんの家に行ったらね、僕・・・ホンモノの子馬が見たいの。ほら、お隣のおうちにいるじゃない?」
 「・・・あのなぁ。おばあちゃんの家の隣の家が飼っているのは子馬じゃなくてポニーって言うんだよ」
 「いいの。小さいのはみんな子馬だよ。僕・・・アレに乗ってみたいんだ」
 「あれ?まだ、乗った事がなかったんだっけ、カール・フランツは?」
 「うん。乗った事が無いんだよ。あのねぇ、今度のお休みに、お父さん<ファーター>が連れて行ってくれるって言ってたよね?早くお父さん<ファーター>帰って来ないかなぁ・・・ね、お兄ちゃん!」
 「そうだね。お父さん<ファーター>が帰って来たら頼んでみようね。乗れるといいな、カール・フランツ」
 「うん!」
 「僕が、あのポニーに初めて乗ったのも、今のカール・フランツぐらいの時だったんだよ」
 「本当??じゃぁ、乗れるよね!」


 
 カール・フランツは、出征直前に父親が、「帰って来たら、一緒にお祖母ちゃんの所に行こう」と言っていた約束を思い出した。
 そして、絵本を大事そう抱えて、「子馬!子馬に乗るんだ!」と、にこにこと笑っていた・・・。





Das Ende




 100のお題より、「子馬」です。


 タイトルを見た瞬間、これでケンプの息子の話を書こうと思いました。
 ・・・時期が時期だけに、ある意味、ケンプの追悼作かもしれません。
 何しろ、要塞対要塞戦の為に、ケンプ・・・出征中なので。


 あぁ、健気なこの子達は、お父さんが死んでしまうなんて思っていないんです。
 原作で、カール・フランツは、「お土産買ってきてね」なんて、出征していく父親に言っているくらいですから。
 だから、お父さんが帰って来たら、お祖母ちゃんの家に行って、あれをやろう、これをやろう・・・と、子供らしく考えていたはずなんです。


 ほのぼのとしている分、現実(?)はあまりにも残酷だな・・・と、思いましたです。


 それから、グスタフ・イザークがお話を作る才能があるのなら、アレですね。
 隔世遺伝みたいなものがあるのかも。
 厳密には、ケンプのひいお祖父さんのグスタフ・イザーク氏。

 「君の名は・・・」で登場した作家さんです。


 もしかしたら、ひいお祖父さんの生まれ変わりだったりして??

 どっちにしても、グスタフ・イザーク君は文才があるのかも。
 10回以上、読み聞かせをやって、全部、違うお話なんて。

 それから、彼がやろうとした遊びは「パチンコ」に出て来た遊びです。


 さて、絵本ですが、ここに出て来た絵本は架空の物ですが、実際に絵の無い絵本はあります。
 自分で想像したり、読み聞かせの人がお話を作るタイプ。

 私は絵を書くのが苦手なので、絵本は書けませんけど、子供の頃は・・・作家になりたいとか言っていました。
 確か、小学校の卒業文集にも、「将来なりたいもの:作家」とか書いてんの。
 作家と言っても、児童文学作家です。

 当時読んでいたのがその手の本だったので、松谷みよこさんとか、佐藤さとるさんとかに憧れていました。
 こういうお話を書けたら凄いなぁ・・・って。


 その内に、綿密な取材だったり、設定とか、そういったモノが無いとちゃんとした作品が書けないのだと言う事が分かり、作家は大変だ・・・って諦めてしまいましたが、今になって、何故か二次小説に手を出している。

 形は違えど、作家になりきってる・・・凄く微妙ですけどね。


 グスタフ・イザークや、カール・フランツは、ケンプの戦死の報を受けた後、「ヤンってヤツを僕がやっつけてやる」と泣き崩れるケンプ夫人に言うシーンが原作にありますが、私としては、この2人は軍人ではなく、別の職業なりに就いてもらいたい。
 仇討ちの為に軍人になって欲しくない。

 それじゃ、誰も救われないから・・・。
 グスタフ・イザークには、作家への道、カール・フランツもそういう道に進んでもらいたいなぁ・・・俳優とかね。