イゼルローン要塞の内部には広大なロッカールームがあった。


 それぞれは小さなロッカーであるが、自分で任意に設定した8ケタの数字を暗証番号として入力するタイプのロッカーだ。
 鍵は軍の発行の物で、無償で1ヶ月間は借りられる・・・。
 大抵の者は、更新に継ぐ更新をしており、何ヶ月借りているのか分からない者が多かった。


 ・・・多分、皆、要塞に赴任してからずっと、このロッカーを借り、“貸し金庫”代わりにお世話になっている者が多い。

 因みに、このロッカーを使っているのは主に駐留艦隊の将兵達である。
 そして、このロッカーの中に入っているのは大抵は日記であったり、恋人の写真であったり・・・。
 中には高価な貴金属類を入れている者もいる。


 絶えず要塞の外に出なくてはならない駐留艦隊勤務の将兵は、強固な要塞内部で勤務する要塞守備兵と比べて、危険と隣り合わせである。
 それ故に、ロッカーの物は彼等の遺品となる確率が高い。
 中には何度も書き直しながら、家族や恋人宛ての遺書を入れている者もいた。

 マルティン・フーガー軍曹もそんな1人だった。

 彼は、暗証番号を入力する際、自分の誕生日を入力しようとしたのだが、少しだけ考えて、自分の誕生日と、オーディンで自分の帰りを待っているはずの恋人の誕生日を入力したのであった。


 彼はゼークト大将の旗艦の砲塔要員で、毎日、毎日・・・生真面目に日記を付けては、このロッカーにしまっていたのである。

 

 そしてフーガー軍曹が大切にしまっていたのは日記と、オーディンに帰ったら彼女に渡そうと思っている小さな指輪。

 この指輪は、このイゼルローン要塞内の宝石店で買ったのだ。

 要塞内に宝石店・・・実に場違いで不似合いだが、ここで宝石を買ってプロポーズすると成功する確率が8割だという噂があって、縁起を担ぐタイプのフーガーは最近、指輪を買ったのだ。


 イゼルローン要塞は“難攻不落”な要塞として有名で、過去に6度の攻防戦があり、その度に敵を撃破していた。

 強固な要塞にあやかって、恋人の結びつき、絆が強固なものとなる・・・との謳い文句で、宝石店が勝手に言っているだけではないかとも思われたが、プロポーズの成功率が8割だと聞くと、つい、それに乗っかってみたくもなる。


 仲の良い同僚のキップハルト軍曹から、この宝石店のプロポーズの成功の確率を聞いた時、「じゃぁ・・・早速、オパールの指輪を買わないと!彼女は10月生まれなんだよね」とフーガーは口にした。

 彼女の誕生日は10月21日で、オパールは10月の誕生石なのだった。



 「あ~・・・オパールか。乳白色で確かにキレイな宝石だと思うけど、プロポーズついでに彼女に贈るつもりならば、あの石はやめておいた方が良いと思うぞ、うん絶対にやめておけよ」

 「え、キップハルト・・・アレは10月の誕生石なんだそ?」

 「いや・・・誕生石なら、10月なら『ローズクォーツ』とか、『トルマリン』とか、他の石もあるだろうが。だから、他のにしろよ。あの、オパールには『おめかけ石』って別名もあってだな縁起が悪いんだ・・・」

 「え・・・『おめかけ石』って??」

 「宝石に詳しい者なら知っているかもしれないが、一時期の流行りで、愛人・・・いわゆる2号さんにオパールを贈るって事があったらしくて、それで、本命じゃなくて2番目に贈る石・・・みいな意味合いが生まれたのだそうだ。それで揶揄されて、『おめかけ石』って言われているという訳さ。それで、一部の女性には嫌われている石なんだ。10月の誕生石だと他人が思ってくれればいいけれど・・・」

 「あ・・・!不倫をしているとか、誰かの愛人だとか言われかねない・・・そういう訳か?」

 「あぁ、それじゃぁ、彼女が気の毒だろう?だから、プロポーズにこれほど不向きなものもないんだな」

 「う~ん・・・なるほど、そいつはマズイな」

 「・・・だろう?昔、それを知らなくて彼女にオパールを贈って・・・『私は2番目?本命がいるの?』って嫌味を言われて振られた事がある。やっぱり、10月生まれだったんだ」

 「・・・あちゃ~・・・って事は、卿は、身をもって体験したのだな?」

 「そういう事・・・だ。だから、女性に人気の『トルマリン』なんかはどうだ?『ローズクォーツ』は日に当ると褪色してしまうが、トルマリンはそういう事もないし、石の意味も『希望』だからな」

 「・・・詳しいな」

 「うん・・・彼女が2人続けて10月生まれだったからな。2番目の彼女・・・今の俺の

妻だが、彼女にプロポーズする時に『ピンク・トルマリン』をメインに、小粒の『メレ・ダイヤモンド』を品良くあしらった指輪で成功したんだ。勿論、指輪の台は高純度のプラチナで。10月生まれなら、絶対にそれにした方が良いぞ?」

 「なるほど、そういう事ならば俺も・・・『ピンク・トルマリン』にしよう」

 「いや、俺と同じにしなくてもいいよ。『トルマリン』には多種多様な色があってな、俺も店で見せられた時は本当に驚いた。無色透明なものから、紫、青、緑、黄色、褐色、赤、ピンク、黒まであるんだ。赤もオレンジっぽいのやら、幾種類もあるみたいだし」

 「え・・・それは凄い」

 「だから、恋人が好きな色を知っていたら、その色にしたらいいと思う。俺の場合もそうだったんだ」

 「俺の恋人は・・・あれだ。レモンとかバナナとかの柄の小物とか、向日葵が大好きで・・・」

 「じゃぁ、『イエロー・トルマリン』だな」

 「うん、そうだな。それじゃぁ、早速宝石屋に行ってみる。ほら、“善は急げ”って言うからな」



 こうして、フーガー軍曹は、キップハルト軍曹が贈ったのと同じ、『トルマリン』の指輪で、『イエロー・トルマリン』を購入した。

 これを貰った彼女が喜ぶ姿を想像し、思わずニヤけてしまう。

 そして、店主の勧めもあって、リングはプラチナ製にして、裏側に『マルティンからローザラインへ』と彫り込んでもらった。

 デザインは若干異なるが、キップハルトの言うように、小さなダイヤモンドをあしらうと、とても豪華になった。

 フーガーは、イゼルローン要塞からオ ーディンに戻った時に、絶対にプロポーズを成功させようと心に決めたのだった。


 それから、根が気真面目な彼は、指輪の台座の下に、予備の階級章と、縮小コピーをした自分のIDカードも入れ、更には彼女の名前と、彼女のオーディンの住所も書いておいた。


 駐留艦隊は、要塞砲の「トゥール・ハンマー」に守られていると言っても、それは、射程内に艦があった時だけで、必ずしも生きて帰れる保証など無い。

 過去には、この要塞砲の為に、犠牲になった艦もある。

 自分がそうなるとは思いたくはないが、万が一、自分に何かがあった時は、この指輪や日記は遺品となる確率は高く、その場合、同僚なりがこれを見て、彼女に届けてくれれば・・・の思いで、台座の下に入れたのだった。





 「おい・・・出撃だ」
 「え?」


 日記を書こうとしていたフーガーは、ペンを持った手を止めて、声のする方に顔を向けた。
 難しい顔をしたキップハルト軍曹が立っていた。


 「出撃ってこれからか?俺達は非番のはずでは・・・」
 「あぁ。だけど、駐留艦隊全員に非常招集だとさ。どうしてなのか・・・俺も何だか良く分からないんだが」
 「何か・・・緊急事態があったのだな?」
 「そういう事らしい。・・・今入った情報だと、オーディンから重要な情報を持った軽巡が1隻こっちに向かっているらしい」
 「1隻だけか?妙だな・・・」
 「・・・どうやら、この1隻を叛乱軍が執拗に追いかけているそうだ」


 たった1隻でオーディンから?
 それを敵が執拗に追いかけている?
 これはよほどの重要事項に違いない・・・フーガー軍曹の目が厳しさを増す。


 「それはどの辺りだ?」
 「それが、かなり通信が妨害されているらしくて、ハッキリした事は分からないらしいんだ。なんか・・・そういう通信を何とか傍受したとかで。それで、はっきりさせる為に駐留艦隊が出る・・・という訳だ」
 「なるほどな。だが、危なくなったらここに逃げ込んでしまえば・・・な。ここは何と言っても難攻不落で安泰なのだから」
 「・・・そういう事だ。おい、日記なんてあとで書けばいいだろ。・・・すぐに出撃だ。急ごう!」
 
 キップハルト軍曹に促されて、フーガーはとりあえず、『これから出撃だ』とだけ書いた。
 そして、最終ページに挟みこんであった写真を引き出す。
 オーディンに残して来た恋人のローザラインの写真にそっと口づけを落とす。
 出撃前のまじない・・・半ば日課のようなものだ。
 そして、写真を元に戻すと慌てて日記を閉じた。


 それから、買ったばかりの指輪の小箱にもキスをする。

 早くこれを彼女に渡して・・・そして、プロポーズを成功させたい。


 フーガーは誰にも見つからないように、日記と指輪の小箱をロッカーの奥の方にしまい込む。
 鍵を回して、自分の誕生日と同じ番号の「0217」と、彼女の誕生日の「1021」を続けて入力する。
 そして、小さな銀色の鍵を引き抜くと、無造作に軍服のスラックスのポケットにねじ込んだ。


 「おーい、早くしろよ!」

 「分かってるって!」


 大きな声で怒鳴るキップハルトを追って、フーガーは慌てて走り出したのだった・・・。





 イゼルローン要塞の攻略に成功したヤンは、催眠ガスでだらしなく伸びている帝国軍の兵士達を見て溜め息をついた。


 さて、彼等をどうしたものだろう?


 まぁ、このままにしておける訳がない。
 面倒くさいな・・・と思いながらも、ヤンはムライと相談して、帝国軍の兵士達を、辺境の捕虜収容惑星へ送る手続きを取った。
 それから、何とか意識のある帝国軍人達に、面倒な面割りをさせた。


 それは、薔薇の騎士<ローゼンリッター>連隊によって、気の毒にも死亡した帝国軍人達の身元を割り出す事だった。
 そして、確認が済んだ遺体に宇宙葬を施し、辛うじて息のある者には治療を試みたが、致命傷を負った者ばかりだったので助かった者は数人だけであった。


 そして、ざっとであったが、要塞内部の視察を行った結果、要塞内部に広大なコインロッカーを発見したのだった。
 簡単な作りのコインロッカーであった為に、爆発物などの有無を検査してしまえば、明けるのは比較的に楽だった。
 開けてみると、その中に入っていたのは、殆どが個人的な日記や、写真、遺書の類であった。
 中には、戦争から返ったら恋人に贈る予定の指輪なのか、小ぶりな指輪や、2人分の指輪まで入ったモノまであった。

 それは本当に膨大な量だった。

 
 「さて・・・と。・・・どうするかなぁ」


 ヤンはベレーをクルクルと弄んだ。
 ロッカーの中身は、その全てが危険が無い物だ。
 それが確認されると、一切合切コンテナに詰め込まれた。
 最初はヤンは、捕虜達と一緒に、これらも、辺境にある同盟軍の捕虜収容惑星へ送るつもりであった。
 しかし、ムライが反対したのである。


 理由を問うと、堅物の参謀長はこう主張した。


 「日記や手紙などの中には、重要な事を記した物もあるかもしれませんな。とりあえず確認した方が良いと思われますが」


 それを聞いたフレデリカは目を丸くしたが、「なるほど・・・そういう事もあるかもしれませんわね。提督、どうなさいますか?」とチラリとヤンを見る。
 あくまで司令官はヤンであり、彼がハイネセンに送らないと言えばそのままになるのだが、ヤンは自分の考えを押し付けるのを良しとはせず、ムライの意見を呑んだのだった。


 こうして、コインロッカーの中身は、帰還のついでに、ハイネセンの統合作戦本部へ送られる事になったのだった。

 それから、兵士達のコンパートメントからも一斉に荷物が運び出された。
 こちらも色々検査をされ、室内に残されていた物・・・衣類から生活必需品に至るまで、一切合財、情報分析の為にハイネセンに送られる事になったのだった。
 その為・・・ハイネセンに送るコンテナは、コインロッカーの分を含めて、膨大な数にのぼった。




 ヤンはまだ、まだ閉めていないコンテナの中から日記の1冊を手に取った。


 赤茶色の革表紙には、「マルティン・フーガー」と刻印されていた。

 パラパラとめくってみると・・・。
 朝起きてから、寝るまでの事が克明に記された日記・・・。
 形の整った几帳面な字からして、相当、生真面目な兵士であったのだろう・・・とヤンは推測した。


 5月14日のページには、たったの一行だけ、『これから出撃だ』と書かれたままで終わっている。
 ・・・という事は、この人物は駐留艦隊の勤務で、出撃したまま要塞に戻って来なかった事を示唆していた。
 生きているか死んでいるか・・・それは分からないが、主がいないまま、残されてしまった日記・・・。


 日記の最終ページは白紙で、そのページには、恋人らしき女性のスチール写真も挟み込まれていた。
 淡い金髪で緑灰色の瞳の優しげな女性で、かなりの美人である。
 写真の裏にこれまた丁寧な文字で、『我が恋人 ローザライン・クラップシュレック』と入っていた。
 ヤンは溜め息をついて、パタンと日記を閉じた。
 こういう日記は・・・本当なら、帝国にいるであろう親族や、この女性に届けてやりたいものだ。
 ヤンはな何とも言えぬ、不快な気分になっていた。


 「あら、何をなさっていらっしゃるんですか、ヤン提督?」


 不意にフレデリカに声を掛けられて、ヤンは手にしていた日記を慌ててコンテナの中にしまい込んだ。

 「・・・あ、なんだ。凄く真面目な日記を付けていた人がいたみたいで・・・」
 「真面目な・・・ですか?」
 「うん。私はどうも日記というのが苦手でね。仕事をしていない時は、本を読んでいるか、紅茶を飲んでいるか、昼寝をしているか、はたまた酒を飲んでいる

か・・・。やっているのはこれだけだから、日記もかなり単調なものになりそうなんでね。そんなのじゃ、後で読み返してもつまらないだけ・・・そうだろう?」
 「まぁ・・・」
 フレデリカはクスクス笑った。
 「ところで、提督。これ・・・全部、統合作戦本部の情報分析課に送るんですか?」
 コインロッカーの中身が一切合財詰め込まれた、膨大なコンテナの山にフレデリカも大きな息を吐く。


 「うん・・・さして重要な物は無さそうなんだけど、一応、念の為って事でね。まぁ、情報の分析やら解析やらは・・・ハイネセンのお偉方に任せるさ。どっちにしても、我々にはどうする事も出来ないしね」


 ヤンは溜め息ついて、ずり落ちそうになったベレーを慌てて押さえた。


 人に公開するのが目的の日記ならともかく、赤の他人に、ズカズカと土足で踏み込まれるプライベートな日記なんて、本当に最悪だ・・・。

 仕事上の日誌は付けても、個人的な日記は・・・あんまり書きたくない・・・。
 ヤンはベレーを取るとポリポリと頭を掻いた。


 (私なら提督の日記ならば、たとえ単調な日記でも読んでみたい気がするのだけど・・・)


 ヤンの横顔をチラリと見ながら、フレデリカはクスリと微笑んだ。


 「・・・ん?どうかしたのかい?」
 急にヤンに聞かれたフレデリカは、「・・・あ、いえ。・・・何でもありません」と慌てて答えて、輸送艦に積み込まれるコンテナの大群を眺めていた。




THE END




 100のお題より、「コインロッカー」です。
 コインロッカー・・・どう料理しようか?
 お題を見て、また悩んでしまいました。


 ハイネセンを舞台にしてもいいのだけど、それではあまりにも芸が無いので、結構悩んだ末に、イゼルローン攻略をテーマに、帝国の兵士(オリジナル)と、同盟側として、ヤンとフレデリカで構成してみました。
 特別出演でムライ参謀長^^@


 原作でもOVAでも、要塞の攻略については詳しく書かれていますが、その他の事は・・・細かくは描かれてはいません。
 あえて描かれていなかった・・・帝国軍の亡くなった兵士や、怪我をした兵士、催眠ガスで眠り込んでしまった兵士の事、そして、彼等の遺品等について書いてみました。


 面割りは、アレです、面通しと一緒。
 刑事物などで良く出てきますよね、目撃者などの第三者が、容疑者かどうか小窓から確かめたりするヤツ。
 遺体が誰であるか・・・可能な限り判断させたという訳です。
 
 押収した書類等は、全部、軍と政府の管轄に置かれると思ったので。

 ヤンは、きっと日記類を政府関係に送るのは渋々でしょう・・・。


 けれど、ではお前が情報を解析しろと言われたら、超過勤務だと言ってぼやくのは目に見えているし、ここはハイネセンにいるお偉方に任せればいいんです。


 それにしても、もうちょっとひねっても良かったかな、この話・・・。


 ここから先は12/5に書いております。


 フーガーもキップハルトも、駐留艦隊の兵士達なので、この後、亡くなっている可能性が非常に高い。

 死亡フラグ・・・ってヤツです。


 最初は日記だけだったのですが、指輪の事を付け足しました。

 どうやら、キップハルト軍曹は既に婚しているご様子。

 そして、フーガー軍曹はこれから彼女にプロポーズを考えているご様子です。


 だけど・・・2人には未来がない。


 何だか可哀相です。

 残されてしまった彼女達も・・・。


 戦争は勝てば官軍、負ければ賊軍じゃないけど、どちらの側にも泣く人達が生まれてしまう。


 今回・・・某北の国が南の国を攻撃して、民間人に犠牲者が出てしまったと聞いて、憤りを感じています。


 戦争・・・ホントにイヤだな・・・。


 あ・・・過去に、要塞砲の為に艦が犠牲になったという件<くだり>ですが、これは、第5次イゼルローン要塞攻防戦の事です。


 そして・・・フ-ガーとキップハルトは・・・第7次イゼルローン要塞攻防戦で・・・帰らぬ人となるのです・・・だって、ゼークト大将の旗艦じゃね・・・。(生き残ったのはオーベルシュタインとごく一部だけ)