その日の朝。

 フレデリカは頭痛でベッドから起き上がれなかった。

 身体もかなりだるく、起きるまでにいつもの倍以上の時間を費やしてしまった。

 昨日まではこんな事は無かったのだが・・・。


 「参ったわね・・・風邪をひいたのかしら?」


 このまま仕事に行っても誰かに伝染しかねない。

 それがヤンだっりしたら・・・と思うと恐ろしくなりる。

 ここは仕事を休んで、医務室にて加療を行う方が賢いだろう・・・と考えた。
 それに、頭痛だけではなく、少し熱っぽくもあったし。

 体のだるさは、この熱から来ているに違いない。

 のどの痛みや鼻は何ともないのだが、とにかく全身が石みたいに重かった。


 ヤンから、フレデリカの休みを聞いたシェーンコップは一瞬だけ表情を変え、あごに手を当てた。

 これは大方、「救国軍事会議」の事やらなんやらで、さすがの彼女も精神的に参っているのだろうと思い、思いきって休ませたヤンを評価した。
 ・・・あれだけの衝撃を受けて、身体が参らない方がおかしい。
 隙の無い仕事振りでヤンをサポートしている彼女も・・・やはり生身の人間という訳だ。



 午前中、重要な会議があったのだが、それを堂々と抜け出して、医務室までやって来たシェーンコップ。
 軍服に派手にコーヒーをこぼして大きなシミを作って、何とか会議を抜け出す事に成功したのだ。

 我ながらわざとらしい行動だったな・・・とも思ったのだが、あの場合はああするしかなかった。
 とにかく、早いところ・・・フレデリカに会わねば・・・。


 シェーンコップは、医務室の入り口で若い看護師に、その汚い恰好が不潔だと非難されてしまった。

 普段なら軽口を叩いて、その看護士をからかうところだが、今日はそんな余裕はない。

 一刻を争うほど緊迫している訳でもないが、とにかく早く事を片付けたかった。


 「ここは病室です・・・そんな恰好では・・・」


 看護士のマニュアル通りの彼女に、シェーンコップは苦笑を浮かべた。

 どうしても入れてもらえなさそうな雰囲気があったが、フレデリカが「入って下さい」と許可をしてくれたお陰で何とか面会にこぎつけた。


 「助かった、助かった・・・」

 「凄いシミですね」

 「あぁ、あの演技を是非とも見せたかったのだが・・・」

 「まぁ・・・」

 「ところで具合は?風邪だと聞いたが・・・」

 「・・・実は風邪ではないみたいで、医務官の話では過労なんですって・・・自分でも驚きましたけど」

 「なるほど・・・やはりそうか」

 「え?」

 「大方、疲労とか、過労の類だと思っていた。・・・ところで、大尉、確認したい事があるのだが、『バグダッシュ』という名前に聞き覚えはあるか?こいつは、実に重要な名前なのだが・・・」

 「バグダッシュ・・・えっと・・・」


 軍服のまま休んでいたフレデリカに、シェーンコップは「バグダッシュ」という名に聞き覚えがあるかどうか確かめた。
 何をおいても聞かねばならない・・・本当に、こいつだけは非常に重要な名前である。


 「救国軍事会議」から脱出に成功してヤンの元に投降して来たという話だったが、どうにもこの男・・・バグダッシュをシェーンコップは信用出来なかった。

 ひとことで言えば、”胡散臭い”のだ。
 歯がゆいのは・・・ヤンがそれを分かっているかどうかだが・・・。
 とにかく、危険信号を身体に感じるのだ・・・それも、戦闘中に感じるのと同じレベルの不快感を伴った危険信号を。
 このまま、バグダッシュを野放しにするのは自殺行為だった。

 だから、姑息な手段で、何とか会議室から抜け出したのだ・・・。


 フレデリカの記憶力は良い。

 人間コンピュータと言ってもいいほど、彼女の頭脳は明晰である。
 それに、彼女はヤンにとっては、なくなてはならない右腕の副官だ。
 正直なところ、ヤンが彼女をに切り捨てなくて本当に良かった・・・とシェーンコップは思う。
 尤も、切り捨てて自分で何もかも出来るほど、ヤンは器用な人間ではないし、それを分かっているのが救いだが。


 (彼女以上に有能な人材が見つかるまでは・・・なんて事を言っているが、簡単に切り捨てる事をしなかったのは彼女の事を・・・。全く矛盾の塊なんだからな、あの人は・・・素直じゃない・・・)
 
 そして、それを裏付けるかのように彼女は有能振りを、この医務室内でも如何なく発揮した。
 彼女はほんの暫く思案していたが、軽く首肯して、軟らかく微笑んだ。
 
 「バグダッシュ中佐には、一度だけお会いしたことがあります。五年前、父の書斎で。現在の政治体制に対する不満を述べておいででしたわ」
 「確かかい?」
 「ええ、我が家でそのような事を話されたのは彼だけでしたのでかなり印象深くて・・・。だから、忘れようがありませんわね」


 この記憶力・・・ありがたい能力だ。
 これで、合点がいく。
 ヤンの元に投降して来たバグダッシュという情報部の男は、やっぱり、とんでもないペテン師野郎だった訳だ。
 フレデリカに会う口実を作る為に、不注意でこぼしたように見せかけて、軍服の胸元に派手にコーヒーをこぼしたのだが、やった甲斐があったというものだ。
 バグダッシュがフレデリカがあの場にいなかった事を気にしていたのは、彼女がクーデター派の首謀者とされる、ドワイト・グリーンヒル大将の娘だからにほかならない。
 面識があるのなら・・・なおの事、気にするはずだ。
 きっと、彼女の奪還か、もしくは・・・ヤンの粛清の為に、救国軍事会議側から送り込まれたスパイだ・・・と、シェーンコップは確信した。


 クーデター派の工作員。
 それならば、早い事、彼を監禁してしまった方が良い。
 ただ、情報部の人間だから、色々な事に気が回るかもしれない・・・。
 だから、フレデリカが知る限りのバグダッシュの情報を得ようと言う訳だ。
 そして、嬉しい事に、たった1度しか会っていないのに、バグダッシュに関して、フレデリカは様々な事を記憶していたのだった。
 




 「さて・・・と。自由惑星同盟がどうなろうと知った事じゃないが・・・。提督に死なれてはこれからの人生が面白くなくなるのは必定。そんなのはご免蒙りたいね」


 シェーンコップはあれこれ考えて、リンツを呼んだ。


 「おい、バグダッシュのヤツはどうしてる?」
 「ヤン提督も甘いですよね。投降ってのを信じているのか、そのまま自由にさせてますよ。大丈夫ですかね・・・?」

 「さ~てな・・・」

 「武器の帯同も認めているなんてちょっと・・・コワイですよ、これは。後ろから寝首をかかれる事だって視野に入れておかないと・・・」
 
 リンツはヤンが狙われる可能性の事を考えているようだった。


 「あの人は、どうも・・・そう言うのに疎いらしい。こちらが気を付けておいた方がいい」
 「・・・ですね。それで、どうするのです?准将」
 
 シェーンコップは時計を見た。

 現在時刻は午後4時10分。


 「人間・・・何もしなくても腹が減る。そうだろう?」

 「まぁ・・・確かに前の日にもう食えないと言うほどたらふく食べても、翌日には腹の虫が鳴りますね」

 「そういう事さ。とりあえず、あと二時間ほどで夕食の時間だ。そうだ、忘れる前に言っておく。昔演習で使った事のある睡眠薬があっただろう?アレを大至急持って来い」
 「演習・・・あ、アレですか?体内に少しでも入れば、一週間は目を覚ます事がないってなぐらい強力な」
 「そう、それだ。本当はイゼルローン攻略で使った催眠ガスが一番強力なんだが、あの睡眠薬だって凄い効き目だからな。バグダッシュはワインには目がないらしい・・・これは、グリーンヒル大尉の受け売りだが、彼女の父親を訪ねて来た時に、自慢の赤ワインを持参していたとか・・・」
 「ははあ・・・なるほど。そのワインに例の睡眠薬を・・・」
 「あの睡眠薬は無味無臭だからな。そして、ヤツは鶏料理も好きらしいから、そいつも用意させよう。料理の中にも睡眠薬は仕込んでおくんだ。何でも、グリーンヒル家に来た時に『肉料理の中では、鶏料理が一番好きなんですよ』と発言していたのを、大尉が覚えていてな」
 「・・・ははぁ、噂にたがわず、凄い記憶力ですね」
 「あぁ・・・本当にありがたい。これだけ記憶力が良ければ、彼女は優秀な情報部員にだってなれるな。それはともかく・・・炊事班に急がせて、特別な鶏料理を作らせないと。今から1時間以内に作れる鳥料理だな。そいつを、ヤン提督からだっと言って別室でヤツに振る舞う・・・睡眠薬まみれにしてな。あと、高級ワインも一本用意しないと・・・。恐ろしく高い銘柄が好みのようだが、この場合は先行投資だから仕方がないな。・・・そして、このワインにあの睡眠薬を混入させる」
 「警戒して・・・食べなかったり、飲まなかったらどうします?」
 「人間はだな・・・食べる事と寝る事は・・・したくなくてもしなければ身が持たない。ワインを警戒しても、料理の方はまず大丈夫だろう。ヤツだって大好物をたらふく食えるとなれば・・・手を付けるはずだ。尤も両方とも手を付けなければ、見張りの奴らがバグダッシュを殴りつけて昏倒させる。その為の見張りなんだ。気絶させたところで睡眠剤を注射してそのままタンクベッドに放り込む。モードを冷凍睡眠モードにしてしまえば、全ての事が終了するまで・・・気色悪い眠り姫が出来上がるという寸法だ。これなら、万が一睡眠剤が切れても、起きる心配はないからな」
 「用意周到ですね」
 「・・・俺達だってな、トマホーク振りかざしているだけじゃないって事をアピールも出来る。まぁ、俺はヤツがヤン提督をナメているのが気に食わんだけだ。1度痛い目を見させた方がいい」
 「・・・なるほど」
 「とにかく、自由にはさせておくが・・・警戒だけは怠らない。シッカリ見張りは付けるさ・・・。我々・・・薔薇の騎士<ローゼンリッター>連隊がな。見張りは、ゼフリンとクラフト・・・そうだな、クローネカーにもさせよう。見張りはこの3人だ。あいつらは、そういうのに慣れているだろう?」
 「・・・なるほど。あいつらなら大丈夫ですよ。何度も見張りを経験していますからね・・・」
 「そういう事だ」
 リンツは「とにかく、今回は我々が提督を支える訳ですね・・・」と呟き、シェーンコップは「あぁ・・・きっと上手くいくさ」と不敵に笑った。


 「そう・・・完璧なようでいて結構抜けているからな、あの人は。提督に死なれたら、俺達はまた邪魔者扱いされるにきまっている。同盟軍の中で飼い殺しの目に遭うなんて、もうごめんだ。ここは本当に自由で居心地がいいからな」


 帝国からの亡命者の子弟で構成されている為、薔薇の騎士<ローゼンリッター>連隊は、凄まじい戦果を挙げながらも、軍の上層部はその扱いに苦慮し、今まで思うような行動が取れなかった。

 また、昔のように不遇な扱いを受けるなんてまっぴらだ。
 だったら、自分達の手で、今の地歩を固めればいい・・・そう、自分達の出来うる範囲で。


 「じゃぁ、まず、あの睡眠薬を用意しなくては・・・その役目はブルームハルト・・・出来るな?」

 リンツから声を掛けられたブルームハルトは頷いた。

 「後は我々二人で・・・炊事班にかけ合って・・・それと、女性士官に・・・協力を要請しましょう。きれいどころが、食事の用意が出来たと知らせたら、バグダッシュは鼻の下をのばすだろうし・・・」
 「女性の件は・・・俺に任せろ。大尉の情報では、バグダッシュは金髪で軽くウェーブのかかった女性が好みだそうだ。そして瞳の色はブルーだ」
 「そうなんですか?」
 「彼女の家に行った際に、彼女に、『金髪なら完璧』とか言ったらしいからな。そして、瞳は緑よりも青だと話していたそうだ。ウェーブのかかった青い瞳の金髪の美女には幾人か・・・心当たりがあるからな」
 「そうですね・・・女性の人選は准将に一任しますよ。こういうのは・・・我々ではどうにもならないですから。小官は・・・高級ワインを用意する事にします」
 「あぁ・・・頼む。女性は俺に任せてもらえば大丈夫だ。バグダッシュがすぐになびくような美女を用意する。・・・それでは各自、健闘を祈る」


 こうして、薔薇の騎士<ローゼンリッター>連隊の“用意周到”な作戦によって、バグダッシュはあっという間に陥落した。

 シェーンコップの息のかかった金髪美女を相手に、目の飛び出るような高級な赤ワインを楽しみ、極上の美味い鶏料理食べて・・・スパイ活動をする事が全くないまま、あっという間に眠りこける事になる。
 更には、シェーンコップらの手によって、タンクベッドに放り込まれて、冷凍睡眠モードに設定された小さな個室で可愛げのない“眠り姫”になった。




 やがて、強制的に目覚めさせられた彼は・・・自分が任務に失敗したと分かると、あっさりと宗旨替えをして、ヤンに転向を申し出た。
 その変わり身の早さにヤンは苦笑するしかなかった。
 バグダッシュは主義主張などは生きるための方便で、邪魔なら捨てるだけだと、臆面もなく言い切った。
 全く悪びれた風もない。
 こうしてバグダッシュは正式に“投降者”として扱われる事になった。


 バグダッシュは、ヒューベリオンの一室に監禁されたのだが、食事にワインが付かないと文句を言ったり、女性兵士に給仕をさせろと言ってみたり、とにかく図々しかった。
 ヤンは、女性兵士の手配はしなかったものの、寛大にワインは付けてやった。
 フレデリカが、バグダッシュはワインに目がないと言っていた事もあったからだ。


 「シェーンコップ達が用意したほどの高級ワインじゃないけどね・・・」
 「いいんですか?」


 ヤンの寛大さにユリアンなどは呆れたが、「まぁ・・・ワインぐらいならいいよ」とヤンは呟いた。
 ただ、ヤンの寛大さに呆れてばかりもいられない・・・ユリアンは、小さな溜め息をついた。


 「シェーンコップ准将も言っておられたけど・・・提督はちょっと甘いかもしれない・・・僕はあの人を絶対に信用出来ない・・・」


 口の中で呟くあまりにも小さな声だったので、ヤンには聞き取れなかったユリアンの呟き・・・。

 ユリアンは、ヤンの元を離れた時に、普段は持ち歩かないブラスターに満タンのエネルギーパックをを注入した。
 そしてポケットにしのばせた。
 勿論、これを使う事がない事を祈りながら・・・。


 取り越し苦労に終わればいいけれど・・・やっぱり、何でも“用意周到”にやらないと・・・と、ユリアンは覚悟を決めた。





THE END




 100のお題より、「用意周到」です。 


 ヤンもラインハルトも、図々しい男に寛大な^^@
 バグダッシュと、フェルナーは共に諜報部員。

 何だか同じ香りがするんですよね~・・・案外、この2人は気が合うんじゃないかと思いますよ。


 最後は、アレですね。
 ユリアンがバグダッシュに銃口を向ける直前。


 バグダッシュは、ユリアンの苛烈さに驚いたと思うんですよね・・・本気で。
 私だって驚きましたもん。
 ユリアン・・・コワっ・・・って。


 「用意周到」ですから、作品の中にこの言葉をさりげなく織り込んで・・・アハハハハハ。


 シェーンコップ達の「用意周到」と、ユリアンの「用意周到」です。
 ヤンはブレーンに恵まれていて良かったと思います。
 
 バグダッシュは、神谷明さんでしたけど、まさか、神谷さんがこんな役・・・。
 でも、美女が好き・・・は、冴場さんで演じているけどね。


 原作を読んでいるので、バグダッシュが結果的にヤンの元に残るのは分かっていますが、原作を知らない人には、バグダッシュはやっぱり危険人物に見えるだろうし、こんなキャラに神谷さん!?って思った人も結構いたみたいです。


 私の従兄弟がそうでしたね。

 彼はその後、原作買って、OVA買って、すっかり夫婦揃って銀河英雄伝説のファンになりました。


 因みに、従兄弟は会社で同僚から、ビデオ版の銀河英雄伝説(第一期だけ)を借りたそうなんですね。
 ところがその人が会社を辞めてしまって、続きがあるらしいけど、どうしようか・・・と思っていたみたいなんです。

 そして、従兄弟がビデオを借りるよりも、半年ほど前・・・。


 父方の祖母が亡くなりまして。
 二週間ほど、祖母の介護で広島に行っていた私は、暇な時に、銀河英雄伝説のクロスワードパズルなんかを作って遊んでました。
 そして、お見舞いに矢張り埼玉から出て来た従兄弟が「銀河英雄伝説って面白いの??同僚がビデオを貸してくれるって言うんだけどさ~・・・」って。
 「ハマったら抜け出せないぐらい面白いうよ。貸してくれるって言うなら借りてみたら??私は・・・DVDを全部持ってるよ~」って。

 その会話を思い出した従兄弟が、「なぁ、アレ・・・貸してくれへん?」って。
 従兄弟は大阪出身なのですが、現在・・・私と同じ埼玉に住んでるんで、「うちに取りにくれば?貸すよ~!」って。


 田中先生の作家生活25周年の時に頒布された、ヤンのフレーバーの紅茶を飲みながら、我が家でプチオフ会なんぞをしましたです。


 あの紅茶・・・再販してくれないかな~・・・ラインハルトのフレーバーのも、ユリアンのフレーバーのも美味しかったからなぁ^^@
 因みにヤンのは、ブランデーフレーバーで、ラインハルトのはキャラメルフレーバー(ミルクティーっていうよりも、カフェオレに近い感じ)、ユリアンのはオレンジとかの柑橘系フレーバーでした★


 バグダッシュがユリアンに射殺でもされていたら歴史は少しは変わったりしたのかしら?
 いや・・・そんなに変化はないかな?
 
 ユリアンって怒らせたら怖そう・・・ヤンが亡くなった時も、あの行動でしょ。
 うわぁ、この子・・・怒らせちゃなんね~!!って思いましたですよ・・・。
 


 ここから先は12/4に書いています。


 加筆修正と言っても殆ど直していないです。


 まぁ、ちょこっとは変わっていますけど。

 前のと読み比べるのも一興。


 推敲って、原稿用紙に手書きのだと、かなり面倒くさいのですが、ワープロだのパソコンだのでやると、パパっと出来るので非常に簡単です。


 これからも、過去作品を加筆修正するつもりです★