朝、アイロンと糊でパリッとした気持ちの良いシャツに袖を通す。
 そして、ボタンをはめたところまでは良かった。


 その後で、大きく伸びをした瞬間に、ブツッ・・・と奇妙な音がした。
 ・・・何と、第1、第2ボタンが弾け飛んだのだ!!


 「う・・・これは不味いな。また太ったのだろうか・・・」


 ケンプは苦笑いを浮かべながら、情けなく床に転がっている2つのボタンを拾い上げる。
 溜め息をついて、ほつれた糸をつまみ、散々悩んだ末にボタンをスラックスのポケットに入れた。


 ボタンが無くても、上着をキッチリと着込んでおけば・・・多分、パッと見は、ボタンが無い事など誰にも分かるまい。
 ・・・多分、大丈夫だろう。


 やがて、階下で朝食の為に食卓に着く。
 彼の為のスープをよそおいながら、妻のイレーネは彼を不思議そうに眺め見ている。

 それはそうだろう・・・。
 ケンプは普段はワイシャツ姿で朝食を取り、上着を着るのは出勤直前と決まっていたからだ。


 「・・・もしかして寒いの?暖房の温度を上げましょうか?」


 妻にそう言われて、「あぁ・・・そうしてくれ」と曖昧に答えるケンプ。
 妻はリモコンを操作して、ダイニングキッチンの温度を1度上げ、少し悩んだ末にもう1度上げた。


 「温度・・・2度上げましたけど・・・風邪かしら?」


 夫を心配そうに見つめる。
 妻に心配そうな顔をされ、多少動揺していたケンプだったが、「少しだけ風邪気味だ」と答えると、慌ててブロートを齧ってスープを飲む。

 何とか誤魔化さなければ・・・。

 そうだ、話題を変えてしまおう。


 「旨いな、これ」と妻の料理を褒める。
 「あら、そう?」
 妻は彼の賞賛に素直に笑顔を見せた。


 話題を変えたいのに、気の利いた事が言えずにケンプは些か焦っていた。


 (困ったな。やはり今日は早く出勤してから・・・繕うしかないな・・・)


 部下の誰かが裁縫道具を持っている事を期待しながら、慌てて食事を口に運ぶ。
 だが、風邪気味だと食欲が落ちるのが普通だ。
 余りがっついて食べてもヘンに思われる。
 そう思って・・・いつもよりも食事の量を少なくした。
 実はボタンの事に頭がいっぱいで、食事の味が分からない。
 実際に食欲が無かった。


 「あら・・・。それだけしか食べないんですか?具合・・・本当に良くないみたいね。・・・何だか顔色悪いわよ」
 「大丈夫だ。・・・休むほどではない」
 
 それだけ答えて、これ以上太っては不味い・・・と、ミルクも砂糖も抜いて、コーヒーをブラックで飲んだ。

 暫くすると子供達も起きてきた。
 
 「あれ、ファーター・・・もう出かけるの?」

 長男のグスタフ・イザークが、既に上着をきっちり着込んだ父親を不思議そうに見ている。

 「もう・・・行っちゃうの?」と、次男のカール・フランツ。
 「あ・・・今日は早めに出勤するんだよ」


 そう答えながら、何ともヘンな汗をかいていた。
 普段は食事のあと、電子新聞に目を通したりするのだが、今日は本当に早く家を出た方がいいようだ・・・。
 ケンプは、何とも言えぬ気分で家を後にした。



 
 随分と早い上官の出勤に副官のルビッチは、「おはようございます、閣下。今日は随分・・・早いですね」と、熱いコーヒーを淹れてくれた。


 淹れ立てのコーヒーを飲みながらケンプは、「なぁ、卿は裁縫道具を持っているか?いや、卿だけじゃなくても誰でも良いのだが・・・」と尋ねた。

 「裁縫道具ですか・・・一体どうされたのです?」
 「・・・いや、なに。うちの女房は繕い物が嫌いとか苦手・・・って訳じゃぁないんだが、ついこの間も、俺が太ったとかどうしたで喧嘩したばっかりでな。だから・・・繕い物なんか頼んだから、絶対に嫌味を言われるに決まっている。それが癪なんだ。それにいっぺんに2つでは・・・俺の分は悪い。・・・だから、自分で付けた方が気が楽ってもんだ」


 そして、上着を脱ぐ。
 第1ボタンと第2ボタンが飛んだワイシャツ姿の上官を見て、ルビッチは「なるほど、そういう事でしたか」と頷き、ケンプの苦悩を納得したようだった。


 「・・・それじゃぁ、小官が買って来ましょうか?」
 「え、そうか?では、頼む」


 殊勝な副官は、30分ほどで小さなソーイングセットを買って来た。
 だが、それは恐ろしく派手なピンクのラッピングがなされていた・・・。


 「おい、派手だな・・・」
 「スミマセン。自分用だとはとても言えなくて・・・プレゼントって事で・・・。そうしたらこのような感じになってしまいまして・・・」
 「なるほど・・・」


 上着とワイシャツを脱いで器用にボタンを縫い付けている上官を見ながら、ルビッチはボタンを付けても、その体型ではまた弾け飛ぶのでは・・・と言いたいのを必至でこらえていた。




Das Ende




 100のお題より、「釦」です。

 「ぼたん」は、変換可能との事でしたので、「釦」でも「ボタン」でも「牡丹」でも良い訳で。


 ボタン・・・。
 洋服のボタンと、端末などのスイッチもボタン。
 ・・・どうするかなぁって悩んで、ケンプに登場願いました。


 ボタンが弾けるほどのケンプ・・・。
 確かに、2つもボタンが取れたら、イレーネさん・・・怒るな。


 ケンプ提督・・・大好きなんだけど、OVAの顔だけはイヤです。
 なので、顔のイメージ的には道原かつみさんのコミックスのケンプを支持したい。

 あぁ、でもOVAの声は玄田さんで嬉しい・・・ホント、玄田さんと言えば、マッチョ系の声が多いですね・・・シュワちゃんとかもそうだし!
 シュワちゃんが好きなので、私がケンプに転んだのも何となく分かるような・・・。<声がアレだからか?


 それにしても、僅か30分足らずでソーイングセット(しかもラッピング付き)を買って来たルビッチ君・・・副官の鑑かも!?


 あぁ、いくら器用でも提督の姿が情けない・・・。