その日、男の屋敷の使用人達は朝から忙しそうだった。
 何をしているのか聞くと、蔵にある調度類を年に1度は虫干しをするのだと言う。


 「・・・ふぅん・・・。爵位の無い貴族の家でも虫干しするほど立派な調度品があるというの?」


 言い方がぞんざいだったので、一瞬使用人達は顔を見合わせたが、女がこの屋敷の主人の客であるのを思い出し、それ以上何も言わずに黙々と作業を再開した。
 女はそんな事には構わず、使用人達の手によって磨かれている花瓶や、埃を払われている象牙細工の像や、絵画等の調度品を丹念に見て回った。


 「あら・・・。結構・・・見事な物もあるじゃないの」


 大貴族の間で大人気の高名な画家の油絵や、大粒のダイヤモンドとサファイアの豪奢な首飾りや、高級な陶磁器の数々・・・。
 見ているだけで溜め息が漏れそうな調度品が幾つもあった。
 それはかつて自分達が栄華を極めた頃、普通に接していた調度品だ。


 「あぁ、確かあの男の母親は伯爵令嬢だったわね。きっとこれは持参品だったのね・・・」


 女の口から、感嘆の入り混じった小さな呟きがもれる。
 この女がもう少し利口なら、2代続けて放蕩者の当主を出し、帝室から下賜された高利回りの債券までをも売り払い、それでも借金が返せずに、年の離れた下級貴族と娘との縁談を決めなければならなかったマールバッハ伯爵家に、娘の為に裕福な持参品を持たせられるほどの資産が無い事ぐらい分かるはずだ。


 実際に、伯爵家の膨大な借金を肩代わりしたのは、一代の事業で溢れんばかりの財を成した男の父親だったのだ。
 そして、その財で妻に買い与えた装飾品だったり、男の父親自身が税金対策の為に買い漁った高価な絵画等だったのだ。
 貴族=裕福だと認識している女は、この見事なまでの財力を築いたのが、帝国騎士<ライヒス・リッター>以下の貴族だとは1度も考えもしなかった。


 「随分と熱心に見ていたようだが・・・。盗みたい物でも見つけたか?」
                            
 居間に行くと、腕を組んで面白そうに自分を見ている男に声を掛けられた。
 腹立たしさを覚えた女は、美しい顔を歪めて男を睨み付けた。


 ここは男の屋敷だ。
 そして・・・男は今日は休日らしかった。
 普段は休みでも殆ど在宅している事は少ないが、今日は自宅でのんびりするつもりらしかった。
 真昼間から顔を合わせなければならないなんて、なんて最低な日だろうか。


 「人聞きの悪い事を言わないで頂戴!何で私がお前のような者から盗まなくてはいけないの?・・・お前こそ、まさか、ここにある物は全部盗品じゃないでしょうね?爵位も無いのに高価な物ばかりあるんですものね」
 「まさか。全て俺の親父の遺した物だ。・・・俺は大して興味が無いが。・・・だが、捨てるのも面倒でな」
 「捨てるですって?高名な画家の絵もあったけれど?」


 女が驚きを込めて言うと、男は女をじろりと睨んだ。
 その視線に女はたじろいだ。


 「俺はお前が盗んでも訴えるつもりは無い。・・・興味がないと言ったはずだ。勝手に品定めでもすればいい」


 男は、女が盗むつもりが無いのを見越して薄く笑った。


 「何よ、勝手な事ばっかり!」


 女は履いていた真っ赤なハイヒールを脱いで、力任せに思いっきり男に投げつけた・・・2足とも。
 だが、男は咄嗟に避けた。
 靴が避けられないほど、反射神経は鈍くはない。
 行き場を失ったハイヒールは無様に床に転がり、ゴトっと音を立てた。
 男は黙って拾い上げ、そのまま背を向けて歩き出す。


 「ちょっと・・・それをどうするつもり!」
 「投げつけるぐらいだからいらないんだろう?・・・処分する」
 「何ですって!?返してよ!それは私のよ!」


 女が真っ赤な顔で肩で息をしながら大声を上げると、男は「靴は履く為にある。投げる為にあるのではない事を覚えるんだな。年端の行かぬ子供でも認識している事だ」と言いおいて、ハイヒールを放り出すと、足早にその場を後にした。


 男がドアをパタンと閉めて居間を出て行った後、その場には、女と床にだらしなく転がったハイヒールだけが残された。


 「何なのよ!」


 女は悔しげに強く唇を噛んでハイヒールを見つめると、素足で思いっきり床を蹴リ上げた。





Das Ende





 100のお題より、「ハイヒール」です。


 例によって例のごとく・・・男とか女とか描いていますが、ロイエンタールとエルフリーデです。
 ・・・ロイさんの休暇中って設定です。


 ロイエンタールが喋り過ぎていますが・・・まぁ、書くのが私なので開き直るしかないや。


 きっと、ロイエンタール家には、凄い調度品があるんでしょう。
 エルちゃん・・・ビックリな品物の数々が!!


 彼女の、あまりの熱心さに、ロイさんは、つい、からかってみたのでしょう・・・まぁ、表現が歪んでいますが。


 ただし、彼の最後の言葉は、当たり前といえば当たり前ですね・・・。


 ロイエンタールが喋り過ぎって感じもしますが、きっと休日で、ちょっとは機嫌が良かったんだと思って下さい。


 まぁ、彼女をからかうのが快感だったとか・・・。

 いやぁ・・・屈折した2人です。