「エルウィン・ヨーゼフ様」


 私が呼びかけると、現在7歳の幼皇陛下は、「・・・予は“皇帝陛下”だ。この世の中で一番偉いのだぞ!!」と甲高い声で叫ばれた。
 そして、大層不機嫌になられた。
 現在・・・この銀河帝国内で“皇帝陛下”と呼ばれるのは・・・この世でただ1人。



 前皇帝、フリードリヒ四世陛下の直系の孫、エルウィン・ヨーゼフ二世陛下。
 病で皇太子のまま若くして亡くなられてしまわれた、フリードリヒ四世の息子のルードヴィッヒ様のお子である。
 フリードリヒ四世の男児のお子の中で成人されたのはルードヴィッヒ様ただ1人しかおられない。


 エルウィン・ヨーゼフ様のお母上は身分は低かったそうだが、エルウィン・ヨーゼフ様は直系の皇孫であられる。
 その為、ブラウンシュヴァイク公のご息女のエリザベート様、リッテンハイム侯のご息女のサビーネ様を差し置いて・・・幼くして皇帝の座に付かれたのだ。
 ご息女方は皇孫ではあられるが、如何せん女子であり、外孫である為、皇位継承権ではエルウィン・ヨーゼフ様には敵わなかった。
 銀河帝国第37代皇帝・・・それがこの幼子の現在の地位だ。


 自分を皇帝だと分かっている為、ただ単に名前で呼ばれると不機嫌になり、激しい癇癪を起す。
 この世の中で・・・自分が一番偉いと認識しているのだ。


 「予はこんな物を食べたくない!」


 そう言って、癇癪を起された皇帝陛下が、出された食事を全部ぶちまけてしまっても、“恐れ多くも”の世界の事なので、誰も怒る事が出来ないのだ。
 皇帝がこの世で一番偉い・・・故に、皇帝に苦言を呈する事が出来る者などいないからだ。
 そして、早急に新しい物を供さねばならない。
 そうしなければ、自分達の首が危うくなる・・・。
 

 ここでは、誰もが冷や冷やしながら仕えていると言う訳だった。


 皇帝に逆らう事・・・それは即ち、不敬罪に当たる。
 進んでそれを犯そうとする者はいない。
 

 皆、腫れものを触るように、恐々と、この小さな皇帝に接しており、積極的に近づこうと言うものは皆無だった。
 近づいて・・・癇癪を起されても困るから。

 この子供は・・・この新憂無宮<ノイエ・サンスーシ>の中で、まさに・・・“神”であった。

 一体・・・皇帝の座に着くまで、この子供は・・・。
 今までどういう育てられ方をしたのだろう?
 何故、このような激しい癇癪を起こされるのか、何故、こんな子供なのか・・・私にはサッパリ分からない。
 この子の母親は、この子が2才になる前に他界しており、父親のルードヴィッヒ様は、この子が1歳の時に既に他界されている。
 それ以降は、母親の両親が面倒を見ていたそうだが、皇孫故に、何もかもが与えられて贅沢のし放題、そして、誰もこの子供を叱れなかったのだ。

 それ故に躾けらしい躾をされておらず、人間とは思えないほど、度し難い子供に成長してしまったのだ。
 エルウィン・ヨーゼフ様は、癇癪を起される度に、手当り次第に物を投げつけられる。




 「お前なんかあっちへ行け!行けって言ってるのに!!」


 ある日の午後、急に手に持っていた茶色のクマのぬいぐるみの左腕を勢い良く引きちぎって、何が気に入らぬのか、クマの本体を私に投げつけられた。


 「エルウィン・ヨーゼフ様・・・」


 私の再度の呼びかけに、「予の事は皇帝陛下と言え!お前は本当に馬鹿だな!」と激しく罵られた。
 そして、「予は、お前なんかよりも偉いのだぞ!跪かぬか!」と私を指差した。

 「さようでございます。臣は皇帝陛下の僕でございますれば・・・」と、私は膝を折る。 


 「こんな物・・・飽きた!」


 皇帝陛下は、持ったままのクマの左腕を放り出した。
 その凄まじい癇癪に侍女達は震えあがっていた。
 皇帝陛下にひどい扱いを受けている茶色のクマのぬいぐるみは・・・ほんの二日前に買ったばかりの物だった。


 「予はクマのぬいぐるみが欲しい。今すぐに持って来い!」


 深夜0時を過ぎてからの急な仰せ。
 激しく泣きじゃくり、暴れて手がつけられない。
 仕方なく、夜中に侍女が大きな玩具屋に買いに行かされた・・・そのクマだ。


 既に閉店している玩具屋の店長は、深夜に突然呼び出されて店を開けさせられて憤慨していた。
 だが、所望しているのが皇帝だと知ると震えあがって、すぐに品物を用意した。


それが、もう、用をなさないほど、ボロボロになっているとは。

 クマは、私の足に当たって大理石の床に落下した。
 私は呆れ果てたが、表情を変えず、屈んでそれを拾い上げた。
 

 それを見た途端、真っ赤な顔で「おい、それを返せ!お前なんかにあげた覚えはない!!」と叫ばれた。
 勿論、私だって貰った覚えはない。


 「・・・陛下、お返し致します」


 立ち上がった私は、速やかにそれをお渡しようとしたが、陛下の機嫌は悪いまま。
 陛下は私の手を勢い良く払いのけられた。
 その為、またしてもクマは床に・・・落ちてしまった。
 陛下は更に真っ赤なお顔で、「もっとちゃんと渡せ!お前はグズだな!」と大声で怒鳴られた。
 玉座で足をじたばたさせて、先程よりも激しい癇癪を起されてしまった。



 こんな子供に罵られて・・・笑っていなければならない自分。
 情けなくて・・・腹立たしくて・・・けれど、表情を変えてはならぬ・・・。
 私は腹にぐっと力を入れて耐えていた。

 自分の子供なら・・・殴りつけているところだが、それは出来ない。
 私は・・・床に転がった腕のないクマのぬいぐるみを見つめていた。

 私はクマのぬいぐるみを拾い上げて、ゆっくりと埃を払う。

 そして、再度、陛下にお渡ししようとしたが、「ふん!床に落ちたものなどいらん!」と叫ばれた。
 私がどうしたものかと思う間もなく、今度は・・・突然玉座から降りられた皇帝陛下。
 

 「つまんらん!予は座るのは飽きたぞ!」


 そう叫ばれて、いきなり走りだされた。

 そばで控えていた侍女達が驚く。
 彼女達は慌てた様子で、「へ、陛下!!お待ち下さいませ!!」と言って追いかける。
 陛下は、意味不明な事を泣きわめきながら、そこらにあった物を侍女達に投げつける。


 飾棚にあったガラス製の花瓶を投げ、それは床にぶつかって粉々に砕け散った。
 その破片が侍女の足に当たり、血が流れて彼女は床に蹲った。
 皇帝陛下は、「避けないから悪いんだぞ!避けないお前が悪い!予は悪くないんだぞ!」と、傷ついて倒れた侍女を罵っておられた。

 私は慌てて侍女を連れ出し、他の者に預けた・・・治療を受けさせる為に。



 まだ子供だから、皇帝陛下には、さほど力はないものの、どうしてこう、癇癪を起して暴れるのか・・・。
 こんな我儘で癇癪持ちの子供を私は見た事がなかった。


 私には息子と娘・・・2人の子供がいて、それぞれ結婚して、息子には息子が1人、娘には息子と娘がいる。
 ・・・つまり、私は既に3人の孫がいるのだが、孫は可愛いが、申し訳ないが、幼帝陛下の事は可愛いと思った事がなかった。

 こんな子供のお守など・・・もうごめんだった。



 「モルト中将・・・何か伝言等はございますか?」


 元帥であるローエングラム公爵の次席副官のリュッケ大尉の表情は暗く、そして硬かった。
 年若い・・・私の息子よりも遥かに若い大尉。
 その大尉が同情の表情を浮かべていて、私はどうにも居心地が悪かった。


 幼帝エルウィン・ヨーゼフ二世陛下が拉致され、宮中の警護の責任者であった私は、その責任を取らざるを得なくなった。
 そして・・・私は、執務室で謹慎させられていた。
 不埒者に、エルウィン・ヨーゼフ二世を易々と誘拐されてしまった。
 何故・・・こんな事になったのだ?

 警備が手薄だったはずはない・・・それなりの人員も配置していたはずなのに。
 だが、弁明の機会を与えられる訳もなかった。
 ・・・皇帝陛下が拉致され、この場にいないのは隠しようが無く、それこそ、明白な事実なのだから。


 もう少し、陛下の身辺に気を配っていさえすれば避けられたかもしれないのに、私は不覚にもそれを怠ってしまった・・・それだけだった。
 私に残された道は・・・潔く、この命を絶つ事だけだった。


 「いいえ・・・ありません。ただ、私の家族の事が心配です。どうか、家族には私の死が名誉の死である事を伝えて下さい」 

 私は静かに・・・言葉を選んだ。
 家族の行く末・・・もう2度と会えぬ、家族1人1人の顔を思い浮かべる。
 出来る事ならば・・・3人の孫を抱きしめたい。


 テーブルに置かれた毒の入った赤ワインのグラス。
 それを目の前にして、私は避けられぬ死を覚悟した。
 そして・・・大尉に家族の事を・・・ただ、その事だけを頼んだのだ。
 実際、現在<いま>の私に出来る事は・・・それだけしかなかった。


 私の遺体を見て、家族は驚愕するやもしれぬ。
 私の家族は・・・。
 妻は既に他界している為、悲しむであろう家族は息子一家と、娘一家だけであった。


 「・・・遺族にはどう伝えられるのだ?」
 「・・・そのままを伝える事になろうかと思います。正義感の強いモルト中将閣下はローエングラム元帥閣下より温情を受けられたが、自害なされたと。元帥閣下は、あなたのご遺族に害が及ばぬよう特別お取り計らい下さいますゆえ、どうぞご安心なさって下さい。それからご遺族には・・・遺族年金が支給される事になりましょう」
 「して、その待遇は?」
 「中将のご身分にあった待遇が処されるはずです。降格にはなりませんのでご安心を」


 私が服毒自殺を選んだのは、少しでも家族の動揺を抑えたいが為であった。
 銃による自殺では・・・もし、遺体を家族が目にするような事があれば・・・。

 私の死は・・・戦死ではない。
 ましてや、責任を取っての死であるから、死後の特進もない。
 中将に見合っただけの、遺族年金・・・多分、それは同居している息子が受け取る事になるのだろう。

 
 「それでは、小官は席をお外しします」


 低く響くリュッケ大尉の言葉に、私は最期の時が来た事を理解した。
 執務室の扉がカチリと音を立てて絞められた後、私はゆっくりと・・・ワイングラスを手にした。



 ・・・エルウィン・ヨーゼフ様。
 
 未だ幼いあなたには、何の罪もございますまい。
 けれど・・・。

 私があなたを見ていて思ったのは・・・。


 あなたが躾けられた子供ではなかった事、それこそが、ゴールデンバウム王朝の崩壊を示唆していたと思わざるを得ないのです。
 そして、そばで仕えながら、あなたに腫れものでも触るようにして接して、それを正していこうともしなかった我々にも罪はあります。


 ・・・今後のあなたの行く末が心配です。
 どうか、市井の中であなたが子供らしく生きられます事を祈るばかりです・・・。




 ローエングラム公・・・。

 あなたは、多分・・・。


 今回の事で、罪をお感じになる事はないでしょう。
 そう、あなたの判断は、本当は正しいのだと、私は頭の中では理解しています・・・。
 誰かがこの事件の責任を取らねばならないのだと・・・。
 そして、私しかいないのだという事も理解はしています・・・。


 あなたの下された判断は正しい・・・。

 だが・・・。




 執務室に入ったリュッケは、倒れたワイングラスから零れ落ちた液体を見て、ポケットから真っ白なハンカチを取り出す。
 液体をハンカチでぬぐった後、倒れたグラスをテーブルの上に立てた。


 一緒に執務室に入った医者は、屈みこんで、倒れているモルト中将の瞳にライトを当てる。
 形式に則り、それからおもむろに脈を取った。


 「・・・亡くなってます」


 無機質に鼓膜に響く医者の声。


 「・・・時刻・・・午前3時42分・・・」


 更に、医者の声は続く。
 医者は、溜め息をついて・・・それから、手を翳して、こと切れたモルト中将の瞼を閉じさせる。


 何故・・・こんな事に・・・。
 リュッケは言いようの無い心苦しさを感じていた・・・。


 「・・・このような亡くなり方は・・・気持ちが良いとは言えませんね」


 少なからずモルトに同情をしていたリュッケが小さく呟く。
 リュッケの言葉に困惑した医者は、「まぁ、確かにそうですが・・・」とだけ早口に答えた。
 彼は手にしていた革製のバインダーを開くと、死亡診断書に手早くサインを書き入れる。


 そしてリュッケに手渡すと、「あの・・・大尉。あとの事は・・・そちらにお任せしますので・・・」と、慌ただしくその場を後にした。

 きっと、この場にいる事に居たたまれなかったに違いない。
 一緒に運んで来たストレッチャーすら置いて行ってしまった。


 「おい・・・俺が運ばねばならんのか?」


 リュッケは呟いたが、医者への非難はしなかった。
 人を救わねばならない医者が、役目はと言え、殺人に加担させられたのだ・・・この場から早く立ち去りたい、医者の気持ちが分からないでもなかった。
 自分だって、この場から早く逃げ出したいほどなのだ。


 こうして・・・1時間後、リュッケはラインハルトに、マルセル・ローレンツ・モルト中将の死を伝えた。

 リュッケはかなり迷ったのだが、ラインハルトにこう伝えた。


 「静かに、そして潔く逝かれました。ただ、残された家族の事をひどく心配されておられました」と・・・。


 モルトの表情から、彼が家族を愛していた事をリュッケは感じ取り、どうしても伝えておきたかったのだ。
 連絡を待っていたラインハルトは静かに「そうか・・・」と呟いた。
 その後、リュッケに、遺族感情に配慮して、モルトの名誉を守るように言い添えた。
 そして、遺族年金その他にも配慮をする事も言及した。

 ラインハルトも、モルトの律義な性格を知っていたのだ。


 「元帥閣下、出来ますれば、モルト中将のご遺族には、事の次第を小官自ら伝えに赴きたく思うのですが・・・」
 「あぁ、そうか。・・・そうしてくれ。くれぐれも遺族に害の無きように取りはからえ」


 リュッケは誰もが敬遠しがちな事後処理を進め、夜明けを待ってから、自ら遺族の元へ出向いたのだった。


 遺族は、元帥の次席副官が自ら報告に来た事に驚いたようだった。

 そして、その死に立ち会ったのがリュッケだと知って更に驚いていた。


 だが、リュッケが真摯に遺族に接した事で、モルトの遺族は彼の死を肯定的に受け止める事が出来たようだった・・・。


 
 
Das Ende




 100のお題より、「罪」です。

 「罪」なんてタイトル・・・どう料理しようかな??と色々考えましたが、この人について書いてみる事にしました。


 それは・・・モルト中将。
 いぶし銀な感じの老将。
 この人って、本当に可哀相です。


 そう言えば、誘拐騒ぎの時、ケスラーも責任を取ろうとしてましたね。
 結局、全ての責任を取ったのが、モルトただ1人でしたが。

 原作には、モルトの死の直前の事などは書かれていません。
 ここはあくまで私の想像の産物です。


 モルトは、ラインハルトの判断を正しいと思っていた。
 でも、最期に「だが・・・」と。
 この後に続く言葉を考えてみると・・・。 


 「なんで、この私が死なねばならない?」って思っているんじゃないかな?


 だって、理不尽でしょ・・・名誉の死と言っても。

 モルト中将は、フルネームがありません。
 ただ、モルトとあるだけ。
 あまりにも可哀相なので、マルセル・ローレンツ・モルトと、フルネーム(ミドルネーム付き)にしてみました。


 エルウィン・ヨーゼフ二世が誘拐されて、モルトが幼い皇帝を捜すシーン。


 「皇帝陛下、皇帝陛下はどこにおわす!」


 休んでいたところを叩き起こされて、皇帝がいなくなってしまった事を知らされ、その時点で彼は死を覚悟したでしょうね。
 どうあがいても逃れられない己<おの>が運命<さだめ>を。


 ちょっと不遇な人ですが、こういう目立たないキャラクター達がこの作品を彩っているからこそ、この作品はリアル感があって、輝きを放ち続けているのだろうなぁ・・・と思います。


 モルト中将をやった鈴木勝美さんですが、この方・・・脇役が多い方で・・・。
 「超時空要塞マクロス」で、一条光の部下の1人の柿崎速雄(ゼントラーディー人のワレラ・ナンテスもやっていた)をやっていました。
 因みにもう1人の部下は・・・マシリミリアン・ジーナス。
 速水奨さんのあのマックスです。
 柿崎は途中で戦死してしまい、その後は・・・ワレラ役をやっていたんですね、鈴木さん。
 だけど、同じ部下だったのに顔もあまり良くはなかったので・・・マックスとはえらい違いだぁ。


 まぁ、主役の一条光役の長谷さんの事を考えると、ちょっとアレなんですけどね、マクロスは。(好きなので国内正規版を持っていますが)
 長谷さん・・・御存命だったら、銀河英雄伝説の誰かの役をされたんでしょうかね・・・今となっては、想像するしかない訳ですが・・・。


 因みにリュッケですが、ケンプの部下だった頃はペーペーだったので言葉遣いとかもまだ少年っぽさが残ってて可愛かったんだけど。

 段々・・・成長していますね。


 同盟がユリアンの成長物語ならば、帝国は・・・リュッケの成長物語です・・・。
 だって、リュッケって、最後の最後まで、階級を変えながら、美味しいところで登場するんだもんなぁ・・・。