「今日、学校の音楽の授業で『ウィリアム・テル』の序曲を聴いたんだ」
「ほう・・・あの曲は名曲だな。軽快なメロディーで気分が高揚して来る」
「・・・うん、僕もそう思ったんだ。だから、運動会の徒競走の時の流れるんだろうなって・・・。でもね、人の頭の上に乗せたリンゴを矢で射抜くなんて凄いなぁって思ったよ。カッコイイよなぁ・・・。僕もそういうのをやってみたいと思ったんだ」
土曜日の昼食時に楽しそうに話す息子。
私その様子に驚きながらも、「コルネリアスは、弓道に興味があるのかい?」と聞いてみた。
「うん」と素直に答える息子。
「確か・・・納屋の中に子供の頃、俺が父親に・・・お前のお祖父ちゃんだけどね、買ってもらった玩具の弓矢があったと思うから、後で探してみようか?」
「え、ホントに?」
息子は本当に嬉しそうな顔をした。
私は昼食後に2時間もかけて納屋から弓矢を探し出し、それを息子に渡した。
思ったほど古びていないそれは、私の思い出の品でもある。
何しろ、ねだりにねだって買ってもらったので、捨てる事もしないでしまってあったのだから。
「古いけどキレイだね。でも、どこで遊べばいいのかな?」
「あぁ、遊ぶ場所か。そうだな・・・玩具だから飛距離が出ないし、先が丸いゴム製だが、人に当っては危険だ。だから、家の壁を的にして遊びなさい。絶対に人には向けて射てはいけないよ。これだって、当たれば相当痛いんだからね。分かったかい?」
私が念押しして注意した為か、「うん、分かった」と、息子は神妙な顔で頷いた。
2日後の夕食時。
皆が食卓に着くのと同時に、娘が堰を切ったように話し始めた。
「あのねぇ、お父さん<ファーター>、お兄ちゃんったらねぇ、力を入れ過ぎて弓を折っちゃったのよ。せっかくお父さん<ファーター>から貰ったのに毀しちゃったのよ!!」
「あ・・・イベリア!言うなって言ったのに!」
妹を睨みつけて、怖々と私の顔を見る息子。
イベリアは、コルネリアスに腕を掴まれて、「お兄ちゃん、痛いわよ!」と声を上げた。
「コルネリアス・・・弓が毀れたのか?」
「うん・・・ちょっと力を入れ過ぎちゃったんだよ・・・。後で自分からちゃんと謝ろうと思っていたんだ・・・」
しゅんとして下を向いている。
イベリアに出し抜かれて、悔しそうに俯いている。
「仕方がないなぁ・・・。でも、俺がアレを買ってもらった時は、7歳の時だからな。・・・で、お前は今12歳だ。力が違うのだから気にするな。それに・・・あれは相当古かったしね」
「・・・でも、ごめんなさい。ずっとしまってあった事は大切な物だったのでしょう?僕・・・隠すつもりはなかったんだ」
「分かったよ、コルネリアス。怒っていないから顔を上げなさい。それから、イベリア。コルネリアスは自分から謝るつもりだったんだよ。出過ぎてはいけないね」
「え~・・・私がモノを壊したらすぐに叱られるのに。お兄ちゃんは怒られないなんてずるいわ」
「イベリア。お前の場合は、女の子なのだからもう少し・・・おしとやかにしないとね。男の子みたいに家の中でボール遊びをして花瓶を割ったり、木に登ってスカートを破いたりするから、お母さん<ムッター>から叱られるんだよ。俺の言っている事が分かるだろう?」
「は~い・・・分かりました」
イベリアは分かっているのかいないのか、舌をべーっと出して、隣の部屋に行ってしまった。
「全く・・・あの子は誰に似たんだか」
私の言葉を聞いて妻は肩を竦めた。
「・・・私はあそこまでおてんばじゃありませんでしたわ・・・でも、ちゃんと言い聞かせますから」と、妻はイベリアの名を呼びながら隣室に入って行った。
妻と娘がいなくなると、私は急にある事を思いついた。
いいタイミングで思い出した事に驚きながら、私は息子を見た。
「なぁ、コルネリアス・・・アーチェリ-を習ってみるかい?」
「え?どうしたの、急に・・・」
「いや・・・なに。うちの会社に去年入った人が、以前、アーチェリー大会で入賞者した事があるそうだ。その人は、うちの社長の遠縁に当たるそうなんだが、社長が空いた敷地にアーチェリー場を作ったんだよ」
「会社の敷地に!?」
「あぁ、そうなんだ。随分昔に、社長自身もアーチェリーをやっていたようでね。それで3ヶ月前から、アーチェリーの倶楽部が発足して、社員とその家族はタダでいいという話だ。アーチェリーなら俺も昔やっていたし、お前がその気なら会員として入るのもいいかもしれん」
「僕・・・やってみたいな。・・・練習とかはいつなの?」
「毎週土曜日だ。仕事が休みの時にまで職場に行くのはあれだが、本当に行くか?」
「うん。学校が終わったら、まっすぐに帰って来るから連れてってよ!」
思いがけなくアーチェリーが出来る事になって、息子の瞳はキラキラと輝いていた。
興奮した為か・・・目のふちが藤色を帯びている。
息子の嬉しそうな顔に、私も嬉しくなった。
土曜日、学校が終わると本当に飛んで帰って来た息子を連れ、私はバスで職場へ向かった。
会員は現在27人いたが、息子を連れて来たのは私だけだった。
大人に交じって息子がいきなり射れる訳が無いので、ベンチに腰掛けて大人達のやっている事を観察するように言うと、息子は素直に頷いて、大人達の動きを必死に目で追っていた。
そして、手を動かしながら首をひねって、アレコレと考えているようだった。
その様子を・・・私の同僚が見ていて、息子の座るベンチに近付いた。
「君・・・ちょっと射てみるかい?」
同僚は、この倶楽部が出来た時から在籍しており、声をかけられた息子は、私の同僚に勧められるままに、怖々と弓と矢を取った。
型を教えてもらって射てみると、全くの初心者ながら、矢は弧を描いてかなりの距離を飛んだ。
最初から飛ぶ事は滅多に無いので、同僚は驚いたようだった。
「ねえ、君、本当に初めてなのかい?」
「初めてですけど・・・さっき、皆さんがやっているのをじっと見ていて・・・それで・・・その・・・」
「そうか・・・。黙って相手がやる事を観察するのは大事だからね」
「はい」
「教えられるのを待っているだけじゃなくて、自分の目で見て盗むのさ・・・」
「はい、頑張ります」
「じゃぁ、もう1度、しっかり狙って射てみて」
同僚から言われて、再度、弓と矢を手にした息子は、続けざまに3度くらい矢を射た。
やはり矢は大きく飛んで、的の中心は射れなかったが、3本とも辛うじて的の端に刺さっていた。
「こりゃぁ、驚いたな。うん、本当に筋がいい。素質があるよ。きっと練習次第ではもっともっと上達する」
大人に手放しで褒められて、息子は嬉しそうだった。
驚いた事に、何とたったの7回目で的の中心を射てしまった。
これには、当の息子は勿論の事、その場にいた会員達や、倶楽部責任者になっていた例の入賞者、フランツ・ハーマインをも驚かせたのだった。
勿論、私だって息子にそんな才能があるなんて思ってもいなかったので度肝を抜かれていた。
息子に最初に弓を持たせた同僚がやって来て私に耳打ちする。
「お前さんの息子は凄いなぁ。アーチェリーがあれだけ上手いという事は、俺が思うに、軍に入ったら射撃の名手にだってなれるかもしれんよ」
「射撃の名手・・・」
「あぁ。正確に的を観る力があるんだ。初めてであれだけ距離感を掴めれば大したものだ。末恐ろしいよ」
そう言われた私の心境は複雑だった。
私は十代の頃に懲役されて帝国軍に入った事はある。
無事に務め上げて兵役からは解放されたが、ここ最近の叛徒達との戦況は、悪化の一途を辿っていた。
本音を言えば、息子には、軍と無関係な仕事について欲しい。
理工系の大学等に進学すれば、場合によっては兵役免除もあるらしいが、普通に生活していては兵役は免れる事は出来ないのが現状であった。
そして、上司の息子が徴兵されて・・・戦死していたのだ。
息子とはその話をした事はないが、素質があるのなら、いっそのこと士官学校へ行かせて、その技量を伸ばさせるのも良いのかもしれない・・・。
少なくても、一兵卒で従軍するよりも士官の方が待遇も良いし、専門知識を学べるので色々な資格も取りやすく、昇進スピードも違う。
そして、生き残れる確立が格段に高いと聞くし・・・。
「やった!また当たった~!」
私は、皆に褒められて大喜びをしている息子を眺めた。
本当に楽しそうだ。
ここへ連れて来て・・・正解だったと思いたい。
まぁ、自分がの将来、進むべき道は彼自身が選択するだろう・・・。
親は下手に口出しをしない方がいい・・・と、私は溜め息をついた。
Das Ende
少年ルッツ・・・コルネリアス君の物語第2弾です。
これは、「毀<こわ>れた弓」と読みます。
この作品と、「パチンコ」も100のお題です。
「パチンコ」→「毀れた弓」の順でお読み頂ければ幸いです。
因みに、『パチンコ』からは、かなり成長した彼ですが、この「毀れた弓」の視点は、原作には影も形も出て来ない、彼のお父さんだったりします。<はい、オリジナルってヤツですね。
彼の妹も原作には登場しましたが、名前がありませんでしたので、勝手にイベリアとい名前を付けてみました。
旧式の火薬銃も得意ならば、きっと、アーチェリーだってお手の物でしょう・・・って事で。<旧式の火薬銃は第二期OVA外伝『決闘者』に出て来ますね(笑)
腕が良い息子に、お父さんとしたら複雑な心境でしょう・・・やっぱり。
ルッツが亡くなった時にもしもお父さんがご存命なら、やっぱりやりきれないでしょうねぇ。(息子が30代なら、その親が存命というのは、十分ありうる訳でして・・・)