※今回のこの小説は、原作終了後の世界を扱っております。その為、役職や階級等が原作とは異なります事をご了解下さいませ。




 宇宙歴804年(新帝国歴6年)11月8日。


 帝国元帥、アウグスト・ザムエル・ワーレン。
 彼は、現在、新領土<ノイエ・ラント>となった旧自由惑星同盟の首都星であるハイネセンに赴任中だった。
 普段は総督として、ハイネセンに詰めているが、諸事情で、久々に、銀河帝国の首都星のフェザーンの地を踏んだのである。


 漸くひと仕事を終えた午後3時過ぎ・・・。
 副官のハウフ少佐や、旗艦「火竜<サラマンドル>」の艦長、ドゥンケル大佐等に、あとの事を任せて、少々遅ればせながら、かつての僚友、コルネリアス・ルッツの墓参りに出かけたのであった。
 今日は小春日和のポカポカ陽気で、この時間でも、実に心地好い風が吹いて過ごしやすい日だった。

 手入れの行き届いたルッツの墓には、真新しい真っ白な大輪の百合の花と真っ白な薔薇をアレンジした大きな花束が供えてあった。
 何となく、誰が供えたモノか察しを付ける。


 「・・・そうか、今日は月命日だからか・・・」


 現在、銀河帝国には「月命日」をする風習は残ってはいない。
 しかし、地球時代にあった古い宗教では、故人を偲んで、その人が亡くなったのと同じ日に祈りを捧げる風習があったらしい。
 その話を、ワーレンは一昨日の6日に博学な知識を持つ、軍務尚書のメックリンガーから聞いたのだった。

 一昨日の夕方、軍務省に挨拶に行った折に、ワーレンはメックリンガーにこう話したのだ。


 「本当はフェザーンには1ヵ月前に来る予定だったのだがな。色々な事情で伸びてしまって、その結果・・・ルッツの命日の墓参りがずれ込んだ」


 ワーレンがあまりにも残念そうに言うのを聞いて、メックリンガーは「なるほど・・・それでは、卿は、『月命日』と言うのをご存知か?」と切り出したのである。
 「いや・・・知らないが。月命日・・・何ですか、それは?」
 怪訝そうな顔のワーレンにメックリンガーは説明した。

 「いやなに・・・。地球時代の宗教で・・・あぁ、でも地球教ではありませんよ。既に廃れてしまった古い宗教だそうですが、月命日にお祈りをする風習があったのだそうです。死者への祈りを捧げる為に、その人が死んだのと同じ日を弔うのだそうですよ。個人の好きな料理を作って供えたり、家の中に花を生けて供えたりしてね。ほら、明後日は8日でしょう?ちょうど1ヶ月遅れですが、月命日だからお墓参りには適した日だと思いますよ。因みにその宗教では、本当の命日を『祥月命日』と言うのだそうです」
 「さすがに、そういう事にはお詳しい」
 ワーレンの目が輝いた。
 「まぁ、その宗教の話は私も受け売りなのですよ。幼い頃に世話になったご婦人に教えてもらったのです」


 メックリンガーはそれ以上は語らなかったが、どちらにせよ、ワーレンは、とても良い風習だと思った。
 ハイネセンに戻ったら、両親や息子にその話をして、亡き妻の為に毎月2日は祈りを捧げてみようかとも思った。
 例えば玄関に花を飾るとか・・・妻は花が好きで、生前は花瓶にはいつもキレイな花が生けてあったものだ。
 こういう風習はもっと推奨してもいいような気がした。



 こうしてワーレンは、1ヶ月遅れでの墓参りにさほど後ろめたさを持つ事もなく、自然な気持ちでルッツの墓へ参る事が出来たのだった。

 噂では、毎月、女性が花を手に、ルッツの墓参りをしていると聞いていたが、新鮮の花束を前にして、それが噂ではなく、事実だと知った。
 彼女が“月命日”の風習を知っているかどうかは分らないが、そう簡単に婚約者だった、恋人を忘れられる訳が無いのだ・・・。
 それは、最愛の妻と死別してから、再婚話に一切耳を貸していなかったワーレンには痛いほど分っていた。


 「人間はそれほど器用な生き物ではないからな・・・」


 純白の花束に視線を落としたワーレンは小さく呟いた。
 かく言う自分だって、妻を亡くした直後は何も手に付かず、呆然として、暫く塞ぎ込んだものだ。
 まさか、妻の方が先に逝くとはら考えてもいなかった・・・。

 絶対に、軍人である自分の方が先だと思い込んでいたから、妻の死のショックにはかなりの精神的打撃を受けた。

 葬儀の際に、両親や同僚達にひどく心配されたほどだったから・・・。

   

 ルッツが、あのウルヴァシーでの凶弾に倒れてから、早いもので、もう、4年もの月日が経つ・・・。
 だが、まだ4年しか経っていないとも言える。
 未だに僚友がそこにいて、「おい、飲みに行かないか?」と、笑いかけてくれそうな気がする事がある。
 彼とのやり取りは、昨日の事のように思い出されて、4年経った事を思うと、何とも言えぬ気分になる。

 
 真っ白な百合の花と真っ白な薔薇は瑞々しい。
 だが、あまりにも美しすぎて、切なく悲しい。


 彼の為にこうして、毎月、欠かさず花を手向ける女性がいる。
 その事をワーレンは少々羨ましく思うが、彼女がその後の人生に自暴自棄にならねばいいが・・・とも思う。
 彼女は仕事を持ち、自立した女性ではあるが、自分の幸せを放棄してしまったように思うからだ。

 風の噂では、彼女が一生結婚しないと誓ったと聞いた事があり、その話を聞いた時は酷く悲しくなったものだ。


 「全く・・・卿も罪作りだよな・・・」


 ワーレンは小さく呟いた。
 何事も無ければ・・・。
 ルッツは婚約者であったクララ・アインシュタイン嬢と結婚して、幸せな家庭を築いていたはずなのだ。
 2人の人間の人生を狂わせてしまったあの事件・・・。
 その事を思うと途端に気が重くなり、ワーレンは、改めてルッツの死を認識したのであった。


 「・・・ルッツ。俺はこの花を持ってきた。卿は知っているか?エンツィアーンと言うんだそうだ」


 そう言いながら、ワーレンはゆっくりと膝を折って、白い薔薇の花束の隣に、薄い藤色の小さな花束を供えた。
 花屋の店員曰く、これは「仏花」なのだと言う。
 最初は、「仏花」の意味が分らずに思わず聞き返した。


 「あまり知られてはいませんが、死者に手向ける花なんですよ。古い宗教では、亡くなった方の墓前等に供える花に使われておりましてね。菊もその宗教では供花なんです。今はその宗教は廃れてしまいましたが、菊やこの花を使う風習だけは根強く残っているので、お薦めさせて頂きました。色もいいでしょう?」


 店員に思わず、「月命日」の話をしたら、その店員は、その風習を知っていた。
 「実は、『仏花』もその宗教から出たものだと聞いた事があります。宗教は廃れても、良い風習の部分だけは残ったのでしょうね」
 店員の話に、「なるほどな・・・」とワーレンは頷いた。
 一般的には、この花は青色が多いそうだが、青色は寒さには弱くて、切花にしてしまうと花が殆ど開かない。
 だが、店員が勧める藤色の花の方は、少々丈夫で、切花であっても花が開く事があるそうだ。


 花の事は良く分らないが、丈夫とかそういうのを抜きにして、鮮やかな藤色に心惹かれた。
 興奮してくると、瞳に藤色の彩りが生まれ、ポーカーの時にはサングラスが欠かせなかった・・・そんなルッツの瞳をこの花は想像させる。


 「あいつにぴったりかもしれない」


 ワーレンはそう呟いて、小さな花束にしてもらうと、墓所に向かって歩き出したのだった。


 「・・・俺はハイネセンだから、今度は何時来られるか分らん。申し訳ないが、先にヴァルハラで待っててくれ。どうせ俺も・・・後、何十年かしたら、卿がたとえ嫌がってもそちらの住人になりに行くのだから」


 ワーレンは、僚友の名が刻み込まれた冷たい大理石の墓をポンっと軽く叩いて、ゆっくりと立ち上がる。
 そして、神妙な顔で敬礼をすると、その場を後にした。


 「さて・・・と。少し早いが、飲みに行くかな、あの店に・・・」




 フェザーンに帝都が移った頃・・・。
 ルッツが偶然見つけて、その彼に連れられて行かれた路地裏の小さな赤レンガの居酒屋、「闘牛士<シュティーア・ケンプファー>」・・・。
 店内の灯りは全てランプと蝋燭で、この凝りようが凄かった。
 沢山飾られてはいたが、どれも手の込んだ物で、センスが良かったのだ。
 店の奥には古い白いピアノが1台。
 マスター曰く、音楽好きだった奥さんの唯一の形見らしい。


 店の規模は小さく、場所も治安がいい場所とは言えず、とても、元帥クラスの軍人が行くような店ではない。
 開店して2時間ぐらいは静かな店だが、午後7時を回ると港湾労働者が訪れ、一気に様相を変える。
 だが、こじんまりとした、落ち着いた雰囲気の店で、マスターの趣味の闘牛の写真なども飾られていて、2人は早い時間に通っていた。
 マスターはとても穏やかな人で、とても闘牛などの荒々しいモノが好きなようには見えない。
 だが、店内のランプと、この写真が意外にもマッチしていて、実に落ち着きがある店だった。
 本当に・・・良く、2人で飲みに行ったのだ・・・。

 カラン・・・と、乾いた音を立てるドアベルとともに、店内に入るワーレン。


 「おや・・・久し振りですね。今はハイネセンの総督でしたでしょう?わざわざ来て頂けるとは・・・」


 グラスを磨いていた手を休めて、笑顔で出迎えるマスター。


 「あぁ・・・。慌しいが、明後日またハイネセンに向けて出航なのだ。・・・まだ早いかと思ったがいいか?」
 「構いませんよ。当店は午後5時開店ですから。閣下が最初のお客様です。ワインはいつもので・・・?」
 マスターの言葉に、カウンターの椅子にゆっくりと腰を下ろすワーレン。
 「いや・・・今日はルッツの月命日だからな。あいつが好きだった460年モノの赤ワインにしよう」
 「・・・はい」


 マスターは、小振りなワイングラスに赤い液体を注ぎ入れる。
 勿論、グラスは2つ。
 1つはルッツに・・・。
 ワーレンはワインにゆっくりと口を付ける。


 不意に、「ねぇ、ピアノを弾いてもいい?」と言う、10代後半と思われる少女の声がした。
 この店は、マスター1人が切り盛りしていたはず・・・驚いて、思わず声のする奥の方を見てしまうワーレン。
 マスターはにこやかに微笑んだ。


 「あぁ、元帥閣下。ご紹介します。うちの娘でコンスタンツェと申しまして・・・ほら、挨拶をしないか」
 「はじめまして。コンスタンツェと申します」


 オレンジ色のエプロンを付け、淡い金髪の髪を上で軽く髪を結い上げているが、小柄な為か、まだ、あどけない少女に見える。


 「・・・お嬢さんがいたのか」
 「ええ。昨年ですが、漸く学校を卒業したので、それからは、この店を手伝ってもらっているのです。時々、あの古いピアノを演奏したり、歌ったりするんですが・・・。あの、ご迷惑では・・・」
 「迷惑って・・・私が卒業したのは音楽学校よ。・・・ピアノだって歌だって・・・それほど、下手じゃないつもりなんだけど」


 少々、拗ねた表情を浮かべる少女に、ワーレンは笑いかけた。


 「ほう、音楽学校を出ているのか。そうだ・・・それなら1曲、リクエストをしてもいいかな?」
 「あら・・・リクエストですか?あの、どんな曲がお好きなんですか?・・・と言っても、レパートリーが少ないんですけど」
 にっこりと微笑むコンスタンツェ。
 「そうだな・・・。実は今日は親しい友人の月命日だったんだ。それで、墓参りに行った帰りなんだが・・・」
 「じゃぁ、追悼の曲ですか?」
 「・・・・・・ん・・・・・・」
 思わず口ごもるワーレン。
 「あ・・・暗い曲はお嫌いですか?」
 「いや・・・追悼の曲か。いい曲があるのかな?」
 「古い歌で、『Ein Requiem』というのが凄くいいんですけど、それでいいですか、閣下?」
 「あぁ・・・宜しく頼む」
 そうと答えながら、ワーレンは頭を軽く小突いた。


 (どうも・・・ナーバスになっていかんな・・・)


 コンスタンツェはエプロンを外して棚に乗せると、ピアノに向かい、そしてゆっくりと歌い始めた。




 疲れも見せず 微笑んで
 お前の歌は はずんでいた


 遥か昔 少年の時代をともに感じた
 無邪気な風のように


 心地良い懐かしさも ほんの仮り染めか


 いざ歌わん 涙の代りに
 もう還らない 我が同志<とも>の歌を


 別れを告げるすべもなく
 運命<さだめ>の時は突然に


 失う時初めて その輝きに気づいた
 恋人たちのように


 お前が教えてくれた 歌はここにある


 さぁ歌おう お前を描いて
 生まれ変わるまで さらば我が同志<とも>よ


 初めて会ったその夜に 命 閉ざすとは・・・


 ただ歌おう お前の代りに
 もう還らない 我が同志<とも>の歌を
 
 さぁ 眠れよ 祖国の大地に
 生まれ変わるまで 我が同志<とも>よ




 ピアノの伴奏とゆったりとした物悲しいメロディ。
 そして、透き通るような歌声。
 メロディは物悲しいが、実に心地よい響き・・・それを聴きながら、ワーレンは静かにワインに口を付ける。
 歌い終わったコンスタツェは、ただ黙って、ワーレンを見つめていた。
 マスターも同様で、どう声を掛けて良いか、考えあぐねているようだった。


 「・・・その曲は・・・」
 「・・・本当に古い曲なんです。地球時代の曲だそうです。最近、友人に教わって、それで追悼には合うかと思ったのですけど・・・」
 「・・・そうか・・・」


 地球時代の歌と聞いて、少々驚くワーレン。
 恐るべき宗教・・・地球教の討伐の為にかの地へ行ったのだが、そこで左手を失ったり、様々な事件が起こった為、どうも、地球には好印象がない。
 だが、あの荒廃した地球でも、かつてこんな素晴らしい曲が作られていたとは、どうも意外な思いがした。
 まぁ、あそこは人類発祥の地だ。
 今がどうであれ、過去には色々な文化や文明があって、素晴らしい芸術も生まれていたという事か・・・。


 ワーレンはワインをグッと飲み干し、小さく呟いた。


 「・・・あいつには生きていて欲しかったな・・・」
 「・・・え?何?」


 聞き取れなかったコンスタンツェが思わず聞き返す。
 「いや・・・何でもない。フロイライン、いい曲をありがとう」
 ワーレンはワイングラスをゆっくりとテーブルに戻した。

 「それにしても、こちらに来て早々にお帰りとは慌しいですね」
 マスターにそう言われて、ワーレンは頷いた。
 「・・・全くだ。移動の時間ばかりが長くてな。本当は、もう少し滞在時間を延ばしたいが、何しろハイネセンは遠過ぎるのだ。皆、同じ事を言うのだが、こればかりはな・・・」と苦笑する。
 「そうだ・・・明日、同僚を連れて来ようと思っているのだが・・・」
 「どなたをですか?」
 「さて、誰になるかな・・・皆、忙しそうだからな。案外、誘っても断られるかもしれないし・・・」
 そう言いながら、ワーレンはコンスタンツェを見る。


 ふと、彼とは似合いだな・・・と、一瞬、同僚の顔を思い浮かべるが、慌てて余計な事だと頭を振る。
 そして、ゆっくりとワインに口を付けた。


 「また・・・弾いてもいいかしら?」


 コンスタンツェの問いにワーレンは微かに頷いた。

彼女はピアノに向かい、『Ein Requiem』を今度は歌わずにゆっくりと弾き始めた。 


 ワーレンの心に、『Ein Requiem』の物悲しいメロディーが染み渡っていった・・・。




Das Ende 




 タイトルと、作中に使ったのは、聖飢魔Ⅱの「PONK!!」という大教典(アルバム)の中の「THE REQUIEM」で、作詞、作曲ともにデーモン小暮閣下です。
 とても悲しくなる曲ですが、悪魔、悪魔していても、ドロドロの曲だけではないんですよ、あのバンド。


 ルッツの追悼に使えると思って、ワーレンも出して・・・メチャ、しみじみモードにしてみました。


 ワーレンは、ハイネセンに赴任中ですが、用があってフェザーンに一時帰国という事にしておいて下さい。
 ・・・だもんで、墓参りも1ヶ月遅れの11月8日なんです。
 そう、本当の命日は10月8日なので。


 帝国に月命日というモノがあるのかどうかは別ですが、クララさんならきっと墓参りして、ちゃんとキレイにお墓のお手入れをしているハズだ!と思い、そういう設定にしてしまいました。


 そう言えば、「クララ」って名前は、OVAでのオリジナルの名前。

 私はそこに更に恐れ多くもあの科学者と同じ名前を付けて、クララ・アインシュタインにしてしまいました。

 アインシュタインには特に意味は無いのですが、まぁ、何となく。←いい加減。 


 作中に登場した「エンツィアーン」という花ですが、これって、和名では、「リンドウ」なんです。
 秋のお彼岸等の時期に、仏花を花屋で買うと、必ずと言っていいほど、リンドウは入っています。


 ・・・そして、青よりも藤色の方が持ちが良いのも本当の話です。


 ルッツの瞳の色に合わせてみましたです。


 それと余談ですが・・・。
 名作アニメのシリーズで、「南の虹のルーシー」っていうのがあって、主人公のルーシー・メイのお父さん役が堀勝之祐助さんなのですが、ルーシーの姉の名前がクララって言うんですよ。
 お父さんが「クララ」と呼ぶ度に、「ルッツ~・・・」となって、うおおおお!状態になるんですけど、私・・・。(T。Tlll)
 あぁ、ルッツに本当に「クララ」とのひと時を作ってあげたかった・・・。


 まぁ、小説に2人のラブラブ振りを書いている人いますけどね・・・。
 私はそのあとの2人の悲劇の方が強くて、私はどうしても、ラブラブな雰囲気の2人を書けない・・・。
 書ける人は凄いなぁ・・・って思います。


 因みに、ワーレンは何か考えているようですが・・・コンスタンツェ嬢と誰かさんの間は発展しません・・・ハイ。