「ただいま~!」


 扉を勢い良く開けて、ラインハルトが学校から帰って来た。
 2階に駆け上がると、部屋の中に鞄を放り込む。
 それから、虫かごと虫取り網を手に、バタバタと階段を駆け下りる。
 
 「あら、おかえりなさい、ラインハルト」
 「あ・・・姉さん・・・」


 アンネローゼの顔を見るなリ、困惑した表情を浮かべたラインハルト。
 その表情に、一瞬、不安になるアンネローゼ。


 「どうしたの、ラインハルト?」
 「えっと・・・その・・・」


 口ごもるラインハルト。
 それにかぶせるように聞こえた声。


 「ラインハルト!早く遊びに行こうよ!」

 窓の外から聞こえる大きな声・・・。
 赤茶けた古びた門柱の所に、真っ黒に日焼けした、のっぽの赤毛の少年が立っている。
 肩から虫かごをかけ、左手には虫取り網。
 暑いのか、右手に持った麦藁帽子でしきりに顔を扇いでいた。
 
 「あのね・・・姉さん。キルヒアイスが迎えに来てくれたから・・・遊んで来ていい?」
 
 迎えの声に反応して、何度も窓の外を見ていたラインハルト。
 彼は、取り込んだ洗濯物の籠を抱えたアンネローゼを・・・恐々と見る。
 遊びに行きたいが、実はかなり迷っていたのだ。


 「・・・仕方がないわね。まだ荷物が片付かないから、今日は色々と手伝ってもらおうと思っていたのだけれど・・・。男の子は外で遊ぶのが本当に好きね」


 ここに引っ越して来てから一週間目。
 徐々に片付いてきてはいるものの、この古びた家はまだまだあちこち汚れが目立つ。
 アンネローゼは朝食の後に、5歳年下の弟に学校から帰ったら掃除を手伝うようにを頼んでいたのだ。
 大抵の家事を難無くこなしてきたアンネローゼも、この家の惨状には驚く事ばかりだった。
 何しろ、2階の一部屋の窓枠は半分朽ちていたりしたから。
 それに、階段の手すりだって、ギシギシと音を立てていて、大きな負荷をかけたら、間違いなく崩れそうだった。

 


 「姉さん、明日は必ず手伝いをするから・・・だから・・・」


 ラインハルトの言葉にアンネローゼは溜め息を付いた。


 「いいわ。ジークは・・・ここに来て初めて出来たお友達ですものね」


 引っ越して来て早々に、弟のラインハルトと握手を交わした赤毛の少年。
 ラインハルトは、隣に同年代の少年が住んでいた事に素直に喜んでいた。
 そして、優しげな瞳の少年は、本当に弟の良い友人になってくれそうだったのだ。
 その証拠にこの一週間・・・毎日一緒に学校へ登校していて、帰りも殆ど一緒だった。


 ラインハルトは手伝いの事をすっかり忘れて、学校からの帰り際に、一緒に遊ぶ約束をしてしまったのだ。
 そして、アンネローゼの顔を見た途端に、朝の約束を思い出して焦った。
 だから、困惑した表情を浮かべ、アンネローゼの問い掛けに歯切れ悪く口ごもったという訳だ。
 せっかくジークと仲良くなったのだから・・・遊ばせてあげたい。
 アンネローゼは優しく微笑んだ。


 「じゃぁ、明日は必ず手伝いをしてね。さぁ、ジークが外で待っているのでしょう?早く、行っておあげなさい。あ・・・ラインハルトにも帽子が必要ね」


 アンネローゼは、彼の頭にも麦藁帽子をふわりと被せた。


 「姉さん、手伝いをしないでごめんなさい・・・」
 
 朝出掛ける時に、帰って来たら掃除を手伝う事・・・と言われていたラインハルトは、アンネローゼの許しが出ても遊びに行って良いか迷っているようだった。


 「・・・もういいのよ。それより、今日は父さんが早く帰って来るから、遅くまで遊ばないでね。それだけは約束してちょうだいね」
 「うん、姉さん・・・約束する。それにこの近くで遊ぶから・・・。あのね、キルヒアイスと一緒に虫を捕まえるんだ」
 「そうね、ジークと一緒なら本当に安心ね」
 「・・・ねえ、姉さん。僕の事を子供扱いしてない?」


 ぷうっと頬を膨らませたラインハルトに、アンネローゼはたおやかな笑顔を向けた。


 「あら、そんな事ないわよ。それより、早く行かないと・・・ジークが外で首を長くして待っていてよ」 
 「あ、うん。・・・じゃぁ、行って来ます!」


 お手製の不恰好な虫取り網と、やはりお手製の小さな虫カゴを持って、2人の少年は元気良く駆け出した。
 門の所まで見送りに行くと、2人が家の角を曲がるまで、影法師が見えていた。
 その様子を見ながらアンネローゼは楽しそうに笑った。


 「ふふ。遊び疲れたら・・・きっと、欠食児童のあの子達は子お腹をすかして戻って来るわね・・・。そうだわ・・・ツヴィーベルクーヘンでも焼いておこうかしら」


 家に戻って、取り込んだ洗濯物を畳み終えたアンネローゼは、玉ネギの入ったかごから、大きなのを1つ取り出して皮を剥き始めた。





Das Ende





 100のお題より、「影法師」です。


 3人が幸せだったあの頃・・・の話。

 ジークフリード・キルヒアイスと、ラインハルト・フォン・ミューゼル。


 そう、「ミューゼル時代」の話・・・「ローエングラム」の名跡を継ぐ前の旧姓ってのがいいですよね。
 考えてみたらば、私、ライ&キルの話を何本か書いているけど、ホント・・・昔の話ばっかりだ。

 本編の頃の彼の事を殆ど書いてない。

 多分・・・昔の方が好きだったんだな。
 だって、輝いているよ、やっぱり。


 外伝1巻とか、外伝2巻、あとは外伝の短編とか・・・昔のラインハルトを描いたヤツが好き。(OVAのオリジナルエピソードも好きですよ、「決闘者」とか)


 ツヴィーベルクーヘンとは、玉ねぎのパイです。
 安上がりですが、アンネローゼのお手製なら、愛情が一杯詰まっていそうです。


 とにかくねぇ・・・少年らしいラインハルトを描きたくて書いた作品です。
 「ラインハルト」って、様付きでなくて、普通に自然に彼の名を呼ぶ少年キルピー・・・この時期だけですものね。


 本編になると、キルヒアイスは、いつでも「ラインハルト様」なんで、2人でいる時もかい・・・って思ったものです。
 確かに、ラインハルトは貴族で、キルヒアイスは平民だけどさ・・・。
 「ベルサイユのばら」のオスカルとアンドレみたいに、お互いに呼び捨てでもおかしくないでしょ??って思ったりしました。


 「親友」ではあるけど、小さな壁がそこには存在していて、ラインハルトは上から目線だし、対等ではないよな、この友人関係・・・と。


 その辺りがあの悲劇を生む温床になっていると思う・・・避けようが無いし、救い難いところ。


 何だか3人の出会った頃の物語を書いていると、とてもSFには見えないですよね。

 OVAにしても「帝国の残照」なんかは、殆どベルばらみたいだもん。
 原作にない話なので好き嫌いがはっきり分かれますが私は好きです<大倉正章さんも声優で出てるし!
 大倉さんの演じた貴族のお兄さんにインスピレーションを受けて、「帝国の残照~ある男爵の話」を書いてしまうぐらいだからね。
 だって、あのお兄さん・・・あの時だけの脇役(多分、大倉さん風に言うと、「貴族1」だったんだよ、きっと・・・)なのに、妙にカッコイイんだ。
 しかし、大倉さん・・・本当に役名がない役ばっかりだったなぁ。
 それでも、私には・・・あ!!って分かりましたけど。


 あぁ、この間、舞台で大倉さんを観ましたが、相変わらずのカッコ良さでした~!