「あら・・・小鳥が・・・」


 小春日和の穏かな日差し。
 思わず扇を手に中庭に出てみたら、中庭に設えてあるベンチの上に1羽の鳥がうずくまっているのを見つけた。
 一瞬、死んでいるのかもしれない・・・とも思ったが、近付いてみたのは単なる気まぐれからだった。
 小さくて黄色い小鳥だった。
 
 チチチチチ・・・と小さくさえずった。
 ちょっと弱々しげな感じの小鳥。


 「変ね、飛ばないなんて・・・。どこかに怪我でもしているのかしら・・・」
 
 やや屈み込んで小さく口笛を吹いて手を伸ばす。
 黄色い小鳥は口笛に反応してゆっくりと顔を上げた。
 人に慣れているのかすぐに羽ばたいて手のひらに乗り、首を小さくちょこんと傾げる。
 その仕草は愛らしくて、思わず微笑んでしまう。


 「あらまぁ・・・可愛いわね」


 思わず、指で軽く撫でてみたが、逃げる気配が無い。

 何だか不思議に思ったが、野生の鳥ではないのは明らかだ。


 「きっと・・・どこかで飼われていた鳥が逃げ出して迷い込んだのね・・・」


 手のひらから全く動こうとはしない小鳥。
 注意深く観察してみたけれど、どうやら、どこにも怪我は無いようだった。


 きっと、飼い主が窓を開け放していた時に・・・。

 何らかの弾みで鳥かごの扉を開け・・・。
 その時、開け放たれた窓からから小鳥が逃げ出した・・・のに違いない。

 逃げた瞬間に、飼い主は「あ!!」と驚いた事だろう。


 遠くへ飛んで行かないように、飼い鳥は風切羽を切られている事もあるが、この鳥はそんな措置は取られていないようだった。


 「まぁ、風切羽を切って飛べなくするのは・・・残酷だものね」
 
 それにしても、この小鳥はどこから来たのだろう?
 遠くから飛んで来たのだろうか・・・。

 
 つぶらな瞳の黄色い小鳥。
 飼い主を見つけるなんて困難なのは分かっていたが、自分で探すのも、ましてや飼うのも躊躇われた。


 子供の頃は犬や猫を飼った事もあるけれど、今更飼いたいとは思わない。
 尤も、大人になってから動物を1度も飼わなかった事は無いのだけれど。
 小鳥を見て暮らすよりは、もっと多くのモノを見て楽しみたいし・・・。
 将来有望な芸術家の卵を眺めて暮らしてる方が・・・楽しいし。


 とにかく、最近は何かと出かける事も多くて忙しい。
 小鳥にかかりきりになる時間なんて少しもない。

 チチチチチ・・・と、可愛らしくさえずる手のひらの上の小鳥に視線を落として溜め息をついた。


 「あ・・・そうだわ。いい事を思いついたわ!」


 とっておきのアイディアが頭に浮かんで、扇をパチンと鳴らす。
 我ながら、このアイディアには満足だった。


 ドレスの裾を翻して屋敷内に引っ込むと、侍女に命じて鳥かごと麦粒を持って来させた。
 4年ほど前に、若い彫刻家から贈られたカナリアを飼っていた事があったのだが、1年前の冬に死んでしまったのだ。
 その時に使っていた鳥かごをそのままにしてあったから、この鳥かごに黄色い小鳥を入れて、プレゼントしたらいいかもしれない。


 侍女に鳥かごを運んで来させて、手の中に包み込んでいた小鳥をそっと中に入れた。
 それから、侍女が用意させていた麦の粒を入れてやる。
 すると小鳥は凄い勢いで食べ始め、見る見る元気になった。
 どうやらお腹も相当空いていたらしい。
 弱々しげに感じたのはこの為だったのだろう。


 お腹がいっぱいになった小鳥は暫くは止まり木の上にいたが、そのうちに、かごから出たがった。
 扉を明けて外に出してやると、小鳥は羽ばたいて肩の上に乗ったり手に乗ったり、部屋の中を自由に飛んでいたが、遊び足りてお腹が空くと、また鳥かごに戻
りたがった。
 どうやら、『かごは自分の家』という躾をされている鳥らしい。


 「あらあら・・・頭の良い子らしいわね・・・」
 



 小鳥を手に入れてから3日目の昼過ぎ。
 最初はおどおどしていた小鳥も、十分なえさを食べてすっかり元気になっていた。
  
 「出かけるから・・・馬車を用意して頂戴。急いでね。あと鳥かごも持って来て頂戴ね」


 侍女に声をかける。
 手袋に羽帽子、それからパラソル。
 お気に入りの香り玉も口に含む。


 「ご主人様、どちらへ行かれるのです

か?」
 「グリューネワルト伯爵夫人の所よ」
 「はい、ただ今すぐに・・・」
 


 アンネローゼ・フォン・グリューネワルト・・・グリューネワルト伯爵夫人。
 ゴールデンバウム王朝、第36代皇帝、フリードリヒ4世の年若い寵妃である。


 彼女は後宮内の屋敷の1つに住んでいたが、皇帝以外、彼女の屋敷を訪れる者は殆どいなかった。
 元々は爵位の無い、帝国騎士<ライヒス・リッター>出身・・・。
 貴族の中では、最下層ではないものの、本来なら宮廷に伺候さえ出来ない身分のアンネローゼ。
 けれど、15歳の時に市井の中から発掘され、皇帝の寵妃になったたおやかな儚げな美女。

 出自に問題があるとして、多くの貴族達は皇帝の娘婿達である、ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム候の顔色を伺って、彼女にはあまり近寄りたがらなかったのだ。
 ・・・つまり、伯爵夫人は後宮内でひどく孤立していた。


 そんな中で、この屋敷を自由に訪れるのは女性ながらに男爵位を持ち、自ら進んで彼女の友人となったヴェストパーレ男爵夫人くらいだったのである。
 弟のラインハルトでさえ、許可がなくば姉に会えないのに、男爵夫人は本当に気軽に会っていた。
 最もラインハルトの場合は、男性であり、アンネローゼの暮らす場所が後宮という特殊な環境だったから、会うのがままならないという事情もあったのだが。
 また、男爵夫人がアンネローゼに会えるのは、ヴェストパーレ男爵夫人をアンネローゼが大切な友人だと度々、皇帝に話していたのが起因していた。
 これで皇帝の覚えが良くなり、男爵夫人はアンネローゼを訪ねる許可を内々に得ていた訳である。
 もう1人のシャフハウゼン子爵もアンネローゼの数少ない友人の1人ではあるが、子爵夫人はそのような許可を得ていなので、たまにしか、アンネローゼの居

城には行けなかった。
 そんな訳で、ヴェストパーレ夫人は、週に一度か、二度、多い時は三度はアンネローゼを訪ねていた。


 アポイントメント無しでいきなり居城を訪ねても、男爵夫人は誰からも目くじら立てて問い質される事はなかった。
 それに、アンネローゼは滅多に屋敷から出なかったので、会えずじまい・・・なんて事も殆どなかったのだ。





 「・・・まぁ。・・・本当に、いつも突然のお越しですのね、男爵夫人」


 アンネローゼはたおやかな笑みを見せ、咎める事無く、突然来訪した友人を温かく迎え入れた。
 そして、首を傾げる。
 男爵夫人が、大きな布をかぶせた大きな荷物を持参していたのを見て、「まぁ、男爵夫人・・・何をお持ちになったの?」と尋ねるアンネローゼ。


 「いえね、・・・今日はね、貴方にプレゼントがあって。ほら、これなんだけれど」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 傍らの荷物を指差す男爵夫人に、アンネローゼは無言になる。
 
 「大丈夫よ。元手はかかってないのだから安心して頂戴」
 
 そう言いながら、持参してきた荷物の覆いを取り払った。
 そこから出て来たのは小さな鳥かごと・・・小さな黄色い小鳥。
 頭の良い小鳥は、覆いを外すまで・・・一言も鳴かなかった。


 「まぁ、小鳥・・・」
 「そうなの。実はね・・・」


 男爵夫人から事のあらましを聞いたアンネローゼは困惑気味の表情を浮かべた。


 「男爵夫人・・・もしかして、この小鳥を探している人がいるのではなくて?」
 「・・・そうねぇ・・・いるかもしれないわね」
 「じゃぁ・・・」
 「でも探しようが無いわ。それに人に慣れた小鳥は誰かの庇護が必要なのよ。何しろ、人の手を介して飼われているんですもの。自分でえさを探すのが不得手
なのよねぇ・・・。現にこの小鳥だってお腹を空かせて弱っていたほどなのよ。だから・・・麦粒を入れたら凄い勢いで食べ始めたの」
 「まぁ・・・」


 アンネローゼは笑みを浮かべて、鳥かごの中の小鳥を見つめた。
 小鳥は止まり木に止まって、チチチチチ・・・と可愛くさえずった。


 「それにね、この小鳥は人に慣れていてる手乗りみたいだから、窓さえ開けなければ部屋の中を飛ばせられるわよ」
 「部屋の中を・・・」
 「そう。飛べるのよ。風切羽を切られていないから」
 「まぁ・・・」
 「それにね。この子・・・お腹が空いたらちゃんと鳥かごに戻って来るの。どうもね、そういう風に躾けられていたみたいなのよ」
 「慣れているのね・・・人に」
 「そうなの。・・・結構この子は頭がいいみたい」


 アンネローゼは暫く思案した後、「男爵夫人・・・。そうね、この子の面倒はここで見ましょう」と微笑み、友人にお茶をまだ用意していなかったのを思い出して、慌てて奥の部屋に引っ込んだ。
 使用人達は、自分達がお茶の用意をすると言ったが、アンネローゼは頑として譲らず、厨房で焼き立てのツヴィーベル・クーヘンを取り出した。


 「・・・部屋の中だけを自由に・・・まるで私と一緒ね」


 口に出した後、アンネローゼは「いいえ、違うわね・・・」と穏かな笑みを浮かべて首を振った。


 「私の場合は・・・」


 アンネローゼは静かに微笑み、お茶のセットとケーキを乗せたトレイを持って、友人の待つ部屋へと向かった・・・。






Das Ende





 100のお題より、「風切羽」です。

 アンネローゼ&男爵夫人。
 本当は男爵夫人だけを書くつもりだったのですが、それだけではなんとなくつまらないので、こんな話になってしまいました。


 随分前になりますが、結婚前、私はセキセイインコを飼っていました。
 私が・・・っていうより、家族で飼っていたのですが、学習能力が無いのか、母は3回ぐらい逃がしてしまってます。
 その度に・・・雛を買って来て・・・を繰り返す我が家。


 今年の夏、実家で飼っていた黄色いセキセイインコが熱射病で死んでしまいました。
 インコ語と人間の言葉をチャンポンで話す鳥でした。


 「どんぐりコロコロ」と「雀の学校」を教えたら、チャンポンで覚えてしまいました・・・。
 それに、「コロコロ」って教えたのに、インコは「どんぐりコロリコロリ、チーパッパ!!クービをフリフリ、チーパッパ!」って歌ってました。
 「コロリコロリ」・・・だれも、「リ」と教えていないのに、ナゼ、「コロリコロリ」って覚えたんだろう・・・ナゾです。


 このインコ、だいぶ前に実家のベランダにいたんですよ・・・何故か弱って。
 手乗りだったので、前のインコのカゴを物置から出して飼い始めました。
 ・・・これがもう、カワイイのなんのって・・・父が嬉しそうに頭に乗せていました。
 
 またしても、母が窓を開け放してしまい、外に飛んで行ったのですが、父が名前を呼びながら(名前はピーちゃんだった・・・自分で「ピーチャン!」って言っ
ていたから)歌を歌ったら、庭の大きな木から・・・飛んで来て肩に!!

 急いで家に入って、暫くしたら、餌を食べる為に鳥かごの前に。


 「あけてくれ」と。


 開けてあげたら、即、餌箱に顔を突っ込んだとか。


 父の肩に乗ったままトイレに行ったり、洗面所でバシャバシャ水浴びしたり・・・やりたい放題でした。
 でも、基本は手乗り。
 呼べば飛んでくる。


 イチゴが大好きで、イチゴの周りの種を食べているのですが、顔が真っ赤に・・・イチゴ色。

 オマケに甘酸っぱい香りが・・・。


 そして、「ピーちゃん・・・美味しいんだ」って言ったら、「ピーチャン、ピーチャン、オイシイネエ、ハイ!」って会話が成立したり。


 最初に飼っていた人は相当教え込んだに違いない。


 うちも、「ピーチャン、カワイイネエ、ハイ!」を教えたので、「カワイイ、カワイイ、カワイイネエ!!」とか言ってましたね・・・ひとりで。


 あぁ、今年の夏の暑さが恨めしいです。


 クーラー点けっぱなしで出かけたらしいのですが、父が帰って来て、肩に止まったりして遊んでいたらしいのですが、急にふらついて、そのまま・・・。
 テーブルの上でグッタリしちゃって、病院へ駆けこんだら、熱射病。
 でも、父に見とられたんですね、インコ。


 さて・・・話を戻して。


 アンネローゼの風切羽は・・・。
 アンネローゼが最後に何を言おうとしたか想像してみるのも面白いかも・・・。