※この小説は原作終了後の世界を扱っております。その為、階級や役職等が原作の時代とは異なる場合がありますがご了承下さいませ。



 
 「久し振りにどうだ?たまにはいいだろう?」
 「こっちが飲めないのに誘って・・・楽しいか?」
 「まぁ・・・そう言うなって。今日はちょっとした理由があって・・・」
 「理由??また誰かの秘密を握ったとかそういうのではないだろうな・・・」
 「おい・・・って、その言い方はどうかと思うぞ?俺がいつも誰かを張っているみたいな・・・」
 「実際そうだろう?」
 「だからその言い方は・・・。たまたま、そういうシーンに出くわすだけで・・・」
 「たまたまね・・・。全く、卿に見られたくないところ見られた者は気の毒だ。ある意味それは才能なんだろうな、卿の」


 ミュラーは本人はそのつもりが無くても、同僚のゴシップシーンに出くわす事が多い。
 そして、これまた自覚が無いのだが、つい・・・それを他人に話してしまったりする。
 どちらかというと口の堅いキスリングからすると、ミュラーのポロリ発言は首筋が冷や冷やするのだが、彼は自覚が無いし、またその話も特に害がある訳ではないので、誰もミュラーを責めない。
 これは人徳と言うか、ミュラーの才能なのだった。


 「とにかく・・・今日は付き合ってもらうからな」
 「しつこい・・・」
 「いいから、付き合え」
 「・・・分かりました、元帥閣下」


 ミュラーにしつこく(?)誘われ、キスリングは渋々頷いた。
 いくら士官学校時代の同期で、当時、かなり仲が良かったとはいえ、今ではミュラーの方が遥かに階級が上・・・。
 さすがに元帥に逆らうつもりは毛頭ない。
 だが、ひとくさり、「元帥閣下」の部分を嫌味っぽく言ってやった。
 ミュラーは気づかなかったのか、キスリングが了承した事で、にこやかな笑みを浮かべた。


酒に弱いキスリングは滅多に飲みに行かない。
 行ってもからかわれるだけだったし、飲みに行かないのには彼なりの理由もあった。
 有事の際には何をおいても皇帝を守らねばならない立場にある彼は、酒を飲んで酔い潰れている訳にはいかないのだ。
 そして、その理由を聞かされると誰もが言葉に詰まり、無理に酒席には誘わなくなった。
 あれこれと理由を付けて誘い出すのは・・・ミュラーぐらいなのだった。


 士官学校での同期。
 だが、スタートラインは一緒でも、ゴールが同じとは限らないのがこの世界の非情なところだ。
 現在、皇帝の親衛隊隊長であるキスリングは大将で、ミュラーは宇宙艦隊司令官で・・・キスリングよりも2階級も上の元帥だ。


 だからと言って、キスリングは現在の地位に不満は全くない。
 ただ、他人はミュラーの階級に対して敬意を示すのに対して、キスリングはやや軽んじられる。
 それが癪に障る程度だが、そんな事で怒るほどキスリングは狭量な男ではない。
 ミュラーにしてもキスリングを親友だと思っているのか、2人だけの時はタメ口を聞いても別に怒らないし、逆に丁寧な言葉遣いをすると途端に顔を<しか>めて、「2人でいる時ぐらい普通に話せ」と、人の良い笑顔を見せながら軽く肩を叩く。


 そんな訳で、キスリングは「飲みに行くなら・・・いつもの店がいい」と付け加えた。
 2人を前にして、ミュラーにだけ気を使うような店には行きたくない。
 対等に扱ってくれる店・・・それが、キスリングの注文だった。


 「許諾<ヤー>。じゃぁ、あの店に行こう」
 
 ミュラーが頷き、キスリングは約束の午後5時に店に行った。



 幼帝アレクは健やかに成長し、皇太后ヒルダ、グリューネワルト大公妃、そして、そばに控える親衛隊の隊員達に明るい未来を案じさせ、仕える喜びを味わう事が出来た。
 先代の皇帝ラインハルトが崩御された時に感じた重苦しい喪失感は、幼きアレクの成長を見届ける事によって昇華されつつあった。


 「・・・もうじきアレク様の誕生日だな」


 ミュラーの問いかけにキスリングは頷いた。


 「ごく簡単なパーティーを催すと聞いている。お通いになられている学校で、他の貴族の子弟が誕生会を催されているのを羨ましがられたそうだから」
 「あぁ・・・なるほど。そう言えば、誕生会を提案されたのは国務尚書だそうだ。ミッターマイヤー閣下もフェリックスがいるから・・・」


 ミュラーはワイングラスを手に呟いた。
 国務尚書のミッターマイヤー元帥には8歳になる息子のフェリックスがいる。
 ミッターマイヤーの親友であったロイエンタール元帥の忘れ形見であるフェリックスは、今はミッターマイヤー夫妻の子供として成長して現在6歳になる。
 ・・・もうじき7歳になるアレクには良き遊び相手であった。


 「ふと思うのだが・・・10年後はどうなっているのだろうな?」
 「10年後?」


 オレンジジュースのグラスを手にキスリングが首を傾げる。


 「ほら。先代の皇帝陛下が頭角を顕し始めたのが・・・16歳、17歳ぐらいだっただろう?そうなると10年後、アレク様はどんな皇帝になられているのかな・・・ってね。僅か7歳でも聡明なお方なのだ。先代の皇帝陛下と、皇太后陛下からの素晴らしき資質を受け継がれておられるのだから、どんなに凛々しい若者に成長なされるかと思うとな」
 「・・・なるほど」

 そう言ってからキスリングは残りのジュースを一気に飲み干す。

 「俺としては・・・戦乱の世でない事を祈りたい」

 キスリングは小さく呟いた。


 2人は軍人だ。
 だが、出来れば平和な世であって欲しい・・・。
 本心を言えば、戦争など無い方が良いのだ。
 軍人が言うには矛盾しているが、戦争が無い世の中の方が・・・良いのだと頭では思っている。


 「戦争が無い世の中か。まるで、平和主義者みたいな意見だな」
 「そうか?有事に際しての最低限の軍備は必要だが・・・今は何とか均衡が保たれている。帝国の政治体制が変われば、もう一方も早々に手出しはしてこないだろう。それになんと言ったかな・・・確か、立憲君主制とかいうものを模索し始めたとか、国務尚書閣下から聞いた。卿も聞いているのだろう?」
 「・・・あぁ。この銀河帝国に憲法というものを作るらしい。銀河連邦時代にはそれなりの憲法があったらしいが、あの辺りの歴史上の資料は・・・ゴールデンバウム王朝時代に全て廃棄されて残っていないからな。ところが、バーラト自治区には残っているのだそうだ。それで歴史学者や経済学者等が憲法の勉強やら資料作りの為に動き出した・・・。今度、政府の特使として、ハイネセンに派遣されるそうだ」


 ミュラーは、ヤンの被保護者で、彼の考えを受け継いだ亜麻色の髪の青年を思い浮かべた。
 きっと、憲法制定には、彼が関ってくるのではないかと感じたのだ。



 「あ・・・そうだ。今日は卿に飲んでもらいたいカクテルがあって・・・」
 「は??カクテルだと?」
 「あぁ・・・オススメのだ」
 「あのな・・・俺が殆ど飲めないのを知っていて、無理やりアルコールを勧めるつもりか?」
 「まぁ、いいから。マスター・・・例のヤツを頼む」


 ミュラーに言われて、マスターは軽く頷く。
 有無を言わさぬ態度にやや呆れるが、一杯だけならなんとかなるだろう・・・と腹を括るキスリング。

 マスターは、シェーカーに卵黄やら何やら入れて強めにシェイクし、大振りなグラスに注いだ。
 差し出されたグラスを前に、キスリングは躊躇いがちにミュラーを見た。


 「この・・・カクテルは強いのか?」

 そう問うが、当のミュラーは「強いか、強くないか・・・飲んでみればすぐに分かる」と言って笑うだけだった。
 「・・・飲めない人間に拷問めいた事をするのが趣味だったとはな」
 キスリングが睨み付けると、ミュラーは軽く手を振った。
 「俺はそんな酷い男じゃないぞ?これ、酒は入ってないから」
 「え??」
 「このカクテルはノンアルコールだ」
 ミュラーは真顔で答えて、「・・・だから、卿にオススメなんだよ」と付け加えた。

 そう言われて口を付けてみると、かなり甘かった。
 アルコール分を舌に感じる事はなかった。


 「なんだこれ・・・甘いぞ。まるでジュース・・・」
 「ノンアルコールだから、ジュースだよ」
 「あぁ、そうか・・・」
 「酒が弱いとか、子供や女性とか・・・。それと事情があって飲めない人とか・・・。とにかく、そういう人向けのカクテルだ。見た目はカクテルそのものなのに、アルコール分がゼロ。これなら大丈夫だろうと思って」


 ミュラーはミュラーなりに、キスリングに気を使ってくれたらしい。
 飲めないキスリングに、無理やり飲まそうとした訳ではないのだ。
 それを知って、キスリングはミュラーに少しだけ腹立たしさを覚えていた自分を恥じた。
 気まずい思いで、もう一口、グラスに口を付ける。


 「・・・これなら飲める」
 「だろう?それ、俺からの奢りだから」


 急に「奢り」と言われて、キスリングは目を丸くした。
 一応、「ダンケ」と言った後で、「これ・・・なんて名前のカクテルなんだ?」と尋ねた。
 パラパラとめくったメニュー表には、「ノンアルコールカクテル」は1つも載っていなかったので不思議に思ったのだ。


 「プッシーフットだ」
 「プッシーフット??」
 「確かスペルは・・・」
 そう言いながら、ミュラーはマスターにペンを借りて、コースターに『Pussyfoot』と書いた。
 「帝国の言葉ではないな・・・なんて意味だ?」
 「・・・え~・・・と」
 はっきりとは言わないミュラー。


 言葉を濁され、キスリングは首を傾げた。

 そこでキスリングはマスターに聞く。
 マスターはにっこり微笑んだ。


 「古い言語みたいですよ。意味は『忍び足』とか『猫の足』とか、そういう意味です」


 それを聞いた瞬間に、キスリングの表情が変わる。


 「おい・・・それって・・・」
 「卿の歩き方にぴったりだろう??」
 「う・・・」


 半分空になったグラスを見つめて、キスリングは溜息を付いた。

 キスリングは軍靴を履いていても、足音を立てずに歩く事が出来る。
 その独特の歩き方の為、「猫」だの「豹」に例えられる事があるのだ。


 「はぁ~・・・まさか、奢ってくれたのはそれが言いたかったからか?」
 「ご名答」
 「最低だな・・・」
 「うーん・・・最低ね。褒め言葉として受け取っておこう」
 「はぁ??褒めたつもりはないが?」
 「まぁ・・・いいじゃないか。こんな風に・・・一緒に飲めるのはこれがあるからだ」


 ミュラーはそう言って、キスリングの飲みかけのグラスを指した。
 キスリングはまた溜め息をついた。


 「俺をからかって何が楽しいんだ?」
 「・・・卿の顔色が変わるのが楽しいからに決まっている」
 「おい・・・それが理由?」


 キスリングは頭痛を覚えたが、怒る気は全くない。
 ただ呆れただけだった。


 「この『Pussyfoot』は、大抵・・・どこの店にもありますが、メニュー表には乗せないところが多いのです」

 急にマスターに言われて、キスリングは「え??」と聞き返した。

 「飲めない方は、『Pussyfoot』をお頼みになる場合、『裏メニューのいつもの』とおっしゃられますよ。それだけで、勘の鋭い者なら『Pussyfoot』って分かるんです。確かめると大抵、『Pussyfoot』のご注文です」
 「そうなのか・・・。それはどこの店でも?」
 「そうですね。『Pussyfoot』を裏メニューにしているところが多いのです。ノンアルコールだと、『Shirley Temple』や『Cinderella』もありますが、メニューにあると、お酒が飲めないのだと分かってしまいますから、男性は殆どお頼みはなりません。殆どが未成年か女性と相場が決まっているからです。その為に、『Pussyfoot』を裏にしてあるのです」
 「なるほど・・・だけど、飲める者が間違って、この裏メニューを頼む場合もあるのでは?」
 「それは大丈夫ですよ。飲める方はいきなり裏を頼む事はまずありません。大抵は・・・普通にビールやらワインをご注文なさいますから、それらの方が、あとから裏を頼まれた場合は、ちゃんと裏メニューのアルコールをお出しします。それに、そういうメニューの場合は酒の量や種類などを事細かく相談して作る場合が多いのです。ただ単に『裏』とだけ言うのは・・・大抵、『Pussyfoot』なのです」
 「そういう事か・・・」

 それを聞いて、キスリングはミュラーを見た。


 「・・・卿が飲めない人間を気遣ってくれたようには見えないが・・・」
 「気づかったつもりだけど。これで、その手の席で困る事はないと思うぞ?」
 「確かに・・・知っていて損はないな」


 キスリングは薄く笑って・・・残りの『Pussyfoot』を飲みほした。
 
 「甘いが・・・気に入った」





Das Ende





 この小説は・・・100のお題ではなくて、たまたま・・・飲みに行ったところでノンアルコールのカクテルを見つけて飲んだのがきっかけで書きました。


 私は下戸なので、ノンアルコールは好きですよ。
 一見・・・本当にカクテルっぽいので、コーラやジンジャーエ-ル、ウーロン茶とかと違って・・・場の雰囲気を壊しませんし。
 他がみんな飲んでいるのに、ウーロン茶だと、無粋な場合・・・あるじゃないですか。

 最近はノンアルコ-ルのビール風味のとかありますが、一昔前は、お通夜のお清めなんかで、「車なので・・・」とか、「お酒飲めないので・・・」とか、お酒が駄目な人は苦労して断っていました。

 ノンアルコールはそういう方達の強い味方でもあります。


 さて、カクテルの話。

 『Pussyfoot』が裏メニューと言うのは私の勝手な設定なので、真に受けないで下さいね。
 でも、このカクテル・・・本当にあります。


 因みに、私が良く行くお店には、『Shirley Temple』が置いてあります。
 レモン・ライム・ソーダがベースで、これにグレナデン・シロップを加えたノンアルコールカクテルで、かなり甘いです。
 名前の由来は、アメリカの名子役・・・の、シャーリー・テンプルに因んだ名前です。

 シャーリー・テンプル・・・可愛いんですよね。
 1930年代、1940年代に・・・バンバン映画に出ていて。

 今も存命ですが、何と・・・後に外交官になって、ガーナ大使をやっていた事もあるほどの人です。


 私は、「テンプルちゃんの小公女」っていう、1939年の映画のDVDを持っています。
 この作品は・・・日本では戦後に公開されました・・・しかも、公開されたのが1979年・・・40年も経ってから公開ってどうよ!!ですが。
 1939年の作品なのに・・・なんと、カラーなんです!!


 1936年のイギリス映画の『小公子』はモノクロ映画ですが、カラーなんですね、『小公女』は。
 さすがはアメリカ。
 まぁ、原作とは違って、お父さんが生きているというハッピーエンドな作品になっていますが、シャーリー・テンプルが可愛いので好きです。
 しかし、この当時、カラーで映画を取れるような大国と良く戦ったものですね・・・我が日本。


 さて、小説の方に話を戻します。

 キスリングとミュラーですが、勝手に、ミュラーと同い年で、士官学校の同期という設定にしてありますが、キスリングの本当の年齢は分かりません。
 原作に明確に書かれていませんので。

 でも、同期にしてしまうと、本当に面白い。

 大勢でいる場合は、キスリングの方が階級が下なので、ミュラーに対する言葉づかいは敬語で。
 2人でいる場合は・・・まぁ、友達って事でタメ口。←それでも、ミュラーの方が上位者っぽい??

 こういう事が出来るのが楽しい。


 キスリングの方が年上でも年下でもいいのだけど、やっぱり違和感があるので、同期にしたのは良かったです。